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十六話

 ガストンが行列を掻き分け、前へ前へと突き進んでいく。

 無理が通れば道理引っ込む。皆ガストンに目をつけられたくないのか、大人しく道を開けていた。

 ガストンは満足気に受付へと肘を乗せ、大口を開けて笑う。


「おい女、さっさと査定をしてもらおうか! この俺様の功績をなぁ!」


 バーム鳥を纏めた袋を前へと突き出す。

 ゴードン兄弟がガストンに遅れてバーム鳥をカウンターへと乗せる。


「おい、開けろ!」


 ガストンが命令すると、ゴードン兄弟が縛っていた袋の紐を解く。


「ま、まさか、これすべて……」


「そうだ! バーム鳥だ! 俺様が一人で仕留めたぁ! すべて俺様の功績だぁ!」


 受付嬢へ、というよりも施設内全体に聞かせるようにガストンが答えた。


「あの数のバーム鳥を一人で!? そ、そんなこと、できるわけがない……」


 様子を見守っていた冒険者の一人が、小さくそう零した。


「なんだぁ! 文句があるのなら堂々と言ったらどうだぁ! 今ふざけたことぬかしやがった奴は出てこい!」


 ガストンが顔を真っ赤にして恫喝する。

 身を翻して逃げようとした男が、ガストンに襟を掴まれ、捕らえられる。


「もう一度言ってみやがれぇ!」


「ち、違う! 違うんだ! 難癖つけたわけじゃあ……でも、無理だ! どう考えても絶対に無理だ! ましてや今は、バーム鳥の発情期ですらないのに……」


「なに馬鹿なこと言ってやがる。俺様がバーム鳥より速く動いただけだ! 文句あんのか? ああ!?」


「バ、バーム鳥よりも速く!?」


 ガストンが言った言葉を男は復唱する。


「それに俺様ができないんだとしたら、このバーム鳥の山をどう説明付けるんだ? ああん?」


「そ、それは……」


 俺は野次馬として冒険者達に紛れ込みながら、よくもああいけしゃあしゃあと言えるものだと思っていた。


「俺様はなぁ、自分じゃ何もできないのに好き勝手人のやることにはケチをつける輩が大っ嫌いなんだよぉ! 次そんなことを口にしてみろ!」


「す、すいません! すいません!」


 前ガストン、まったく同じことしてなかったか……?

 あれくらいふてぶてしくないとこの街ではやっていけないのだろうか。

 ちょっとマーレン族の集落に帰りたくなってきた。


「はっ! 次はないと思え!」


 ガストンが男を降ろし、受付へと戻って行く。


「なぁ……本当に仕留めたと思うか?」

「で、でもあるのは事実だし……そうとしか……」

「実はガストンって滅茶苦茶強いんじゃないのか?」


 ぼそぼそと、周囲が声を潜めて噂話を始める。

 ガストンの強気な態度もあってか、周囲の空気が変わりつつあった。

 さすがガストン、俺だったらこうはいかなかっただろう。

 脅された人には悪いが、あのふてぶてしさに今は感謝しよう。


「そ、それであの……レポートは」


「これだ! おら!」


 ガストンは懐からぐちゃぐちゃに包んだ紙を渡す。

 メアの書いたレポートだった。

 い、一応読める範囲ではあるな……。


「メ、メア、頑張って書いたのに……」


 ちらりとメアを見ると、ちょっと目に涙が滲んでいた。


 受付嬢はレポートを丁寧に広げ、眉を顰める。


「なんだ? 文句があるのか?」


「そ、その……この木を振り回したというのは……」


 それを聞いて、ガストンも一瞬表情が固まった。

 俺は思わず顔を手で覆った。

 俺も疲れていたので、矢の描写を加えてもらった時点で安心し、見落としていたようだ。


「……あ、あ、あ」


 さすがのガストンも言葉に詰まっているようだったが、すぐに表情を引き締める。


「ひ、引っこ抜いて振り回したのだ! 何の文句がある!」


 と、通しやがった。

 ちょっと一瞬迷ったけど、結局通しやがった。

 無理だろ。できるもんならやってみろよ。

 さすがに駄目かと思ったが、先ほどの脅しが効いたのか、バーム鳥の時点で感覚が皆麻痺していたのか、それに対して文句を漏らす者はいなかった。


「その話はもういいだろう。さっさと査定を行え!」


「す、少し待ってください! とりあえず、ざっと見たところ……軽く、50万G以上にはなるかと……」


 俺はその額を聞き、心中でガッツポーズを取る。

 この調子ならメアへの借金もすぐに返せてしまいそうだ。


 一瞬ガストンの目の色が変わるが、ゴードンの視線を受けて舌打ちをする。


「金などどうでもいいわ! 俺様のランクはどうなる!?」


 ガストンが受付のカウンターを叩きながら前のめりになる。


「え!? え、ええ!? す、すいませんそちらの方はまた厳正な判断の上となっておりますので……」


 金を引き渡さなければならないことを思い出し、興味が失せたのだろう。

 ……あの様子だと金はすんなりと渡してくれるかもしれないが、早々にボロが出そうだ。大丈夫だろうか。


「すげぇやガストンさん! いつの間にこんなに獲物を仕留めたんですか! 水臭いじゃないですかあっしらを置いて! 酒でも奢ってくだせぇや!」


「そうですよそうですよ!」


 ガストンの普段の取り巻きが、ガストンへと近づいて行く。

 ガストンは苛立たしそうに目を細める。


「あぁ? おい貴様ら、この金は……」


 ガストンは口を滑らせそうになり、ゴードンから睨まれる。

 すっと口を閉じる。


「……チッ、そのうちな」


「やったぁぁ!」

「さっすがガストン兄貴ィ!」

「50万Gだぜ50万G! 今夜は酔い倒れ亭を貸し切りましょうぜ!」


 きゃっきゃと取り巻き達が騒いでいる。


「お、おい! またそのうちだと……」


 ガストンは若干引き攣った顔で取り巻き達へと喚く。


「しゃぁぁぁぁっ! ガストン兄貴ならいつかはやってくれると思ってやした!」

「あっしが予約してきまさぁ!」


 ガストンの取り巻き達がどたどたと施設から駆け出していく。

 ガストンは真顔で走って行く取り巻きの背を見送った後、俺を見つけたらしく、すっと視線を移してきた。俺を見る顔も真顔だった。

 ……い、いや、その金は絶対に返せよ?

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