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十五話


 ロマーヌの街への帰路の道中、ゴードン兄弟に事情を説明し、ガストンへバーム鳥を渡すよう伝えた。


「取り立ても頼んだぞ。金持って消えたりしないでくれよ」


「安心してくれ、そんな命知らずな真似はしねぇよ」


 ぶるりとゴードンが身体を震わせる。

 こっちとしては逃げられたら手出しできないんだけどな。


 ゴードン兄弟からガストンへバーム鳥を引き渡してもらい、ガストンが冒険者支援所で換金を行う。

 その代金をガストンからゴードン兄弟へと渡し、俺達の元へと持ってきてもらう。

 ……二度手間になってしまった。


 本音を言うとゴードン兄弟に受け取りをしてもらいたいのだが、またガストンから絡まれるのもごめんだ。

 特に問題が起きずスムーズにやり取りが進めば、今後もこのスタイルを続けることにしよう。


 ガストンは性格に色々と難を感じるが、継続して成果が欲しいはずだ。

 俺との契約を続けるためにもきっちりと報酬金は渡してくれる……と、思いたい。


 ただ金を目前にしたら気が変わることも十分に考えられるし、その度に説得していたらキリがない。

 ゴードン兄弟なら俺よりも脅しは効くだろう。


「しっかし、自分で行けばいいのに、なんでこんな回りくどい真似……い、いや、ケチつけるわけじゃねぇんだけどよ」


 ゴードンが自分で言った言葉を訂正する。


「成果を上げたら貴族が出張ってくるんだろ? あんまり関わりたくないんだよ。金稼ぐくらいなら問題ないって今回でわかったし」


 俺はジゼルとの婚約がうやむやになった頃にマーレン族の集落へと帰るつもりでいる。

 下手に貴族のところへ仕えでもしたら、そのときに支障が出ることだって考えられる。

 実入りは安定するのかもしれないが、魔獣狩りで充分に金集めができるのならそのメリットもない。


 それになまじ魔術に長けているからと権力闘争に巻き込まれでもしたら、命を落とす危険だってある。

 貴族お抱えの魔術師がどの程度のレベルなのかは知らないが、きっと生半可ではないだろう。

 杖を振っただけで海を割ったり山を創ったりできるに違いない。

 なんか、そんな感じのことを書いているお伽噺がマーレン族の集落にもあった。神話だったか?


「な、なるほど……まぁ、それでも金には困らんだろうけどよ……」


 ゴードンが納得したようなしていないような表情を浮かべていた。


「こっちが自由に動けて好きなときに勝手に出て行ってよくて、その上で研究資金援助してくれる貴族がいたら俺だって仕えたいけどさ」


「……そんな都合のいい奴、まずいないだろうな」


 街についてから、バーム鳥と討伐レポートをゴードン兄弟に渡した。

 台車の中身とやり取りをあまり人に見られないよう念押しし、一度別れることにした。


 因みに今回の討伐レポートも作成メアである。

 確認のため中身に目を通したところ、相変わらずエキセントリックな文体となっていた。

 文体については前回も特に何も言われなかったので大丈夫だろうが、ガストンが素手でバーム鳥を叩き落としていたので、整合性を取るためにガストンに矢を使わせてほしいと提言した。

 バーム鳥には矢で受けた傷があるので、ここを外したら厄介なことになりかねない。


 書き直してもらってから見返すと、ガストンが素手でバーム鳥に矢をぶっ刺す内容に変わっていた。

 ちょっと思うところはあるが……ま、まぁ、大丈夫だろう。

 ガストンならそれくらいやりかねない。その行為に意味があるのかどうかは置いておいて。


 ゴードン兄弟と別れてからは宿に戻り、余計な荷物を預けてから部屋で休息を取った。

 一日ゆっくりと寝て身体を休めた後、筋肉痛で悲鳴を上げる足を引き摺り、ゴードン兄弟と落ち合うために冒険者支援所へ向かうことにした。


 支援所の中はいつも通りごった返していた。

 ゴードン兄弟の姿は見えない。

 ひょっとしたらまだ換金自体済んでいないのかもしれない。

 とりあえずバーム鳥の一件が噂になっているのかどうかを知りたかったので、端に立って様子を見ることにした。


 ふと、どこかで見たことのある女が目に入った。

 列に並んでいるわけではなく、知人を見かけたので話をしているだけのようだった。

 女は軽そうな薄い革作りの鎧を身に纏っており、薄い茶色の髪をしている。


 確か、マイゼンのパーティーメンバーだ。

 男と二人で話し込んでいるようだったが、相手はマイゼンのパーティーメンバーではなさそうだ。

 妙に親し気だなと思ってみていると、腕を組んでどこかへ去って行った。


「……な、なぁ、あいつ、マイゼンのところのバカップルの片割れじゃなかったっけ?」


 俺は小声でメアに確認を取る。


「んー……メアもそうかなぁーと思ってたんですけど、違うんじゃないですか? ちょっと似てるだけですよ」


 メアが手で双眼鏡を作り、茶髪の女の背を眺める。


「だってほら、その人、マイゼンのパーティーの男の人と付き合ってた人のことですよね? ほら、アベルも見てましたよね? 目の前で告白してたところ」


「そ、そうだよな。うん、そのはずだよな」


 俺だって他人の空似だと思いたい。

 鎧のデザインがまったく同じだが、きっとよくある代物なんだろう。そうに違いない。

 三人組パーティーで他の二人が付き合い初めた挙句に即破綻なんて、マイゼンが心労で倒れかねない。

 ほぼ間違いなく解散案件になりそうだ。


「あっ! きゃー! あ、あの二人、キ、キスしてますよ、キス! こっ、こんな朝の人の多いところで!」


 ……本当に他人の空似だと思いたい。

 しかし、バーム鳥に関する話があまり出てこない。

 あの数が一度に狩られるのはそうそうないはずだ。

 冒険者は情報が大事なので、昨日のことがもう噂になっていてもおかしくはなさそうなのだが。


「最近あの森、やっぱおかしいみたいだな。頭喰らいの悪鬼に続いて妙な魔獣が発見されたんだってよ」

「しばらくあそこは避けた方がいいな。なんかあるぞ、多分。昨日狩りに行った奴も、妙なもんを見たって騒いでてさ……」


 二人組の冒険者が、神妙な顔で森のことを話し合っていた。

 やっぱりあそこの森は、ここ最近奇妙なことが続いているらしい。

 今度行ったら魔力場を計測して調査してみた方がいいかもしれない。

 先に領主の調査隊がまた動きそうな気もするが。


「妙なもんってなんだよ。勿体付けやがって」

「聞いてビビんな。馬鹿みたいにデカい土でできた手だってよ」


 …………つ、土の手?


「おいおい、さすがに嘘だろ。馬鹿みたいにってどれくらいの大きさだよ」

「そこらの木の倍以上の高さがあったらしいぞ。昔封印されたヤバイ魔獣の可能性もあるから、あんま喋るなって職員から口止めされたらしい。マジだったらその内大騒ぎになるだろうな」

「きな臭い話だな。……俺、そろそろこの街を出て別んとこ拠点にしよっかな」


 こ、心当たりしかない。

 完全にゴードンをビビらせるのに使った奴だ。

 あれ、残しちゃ駄目な奴だったか。終わったら崩すべきだった。

 結構上手く作れたなと喜んでる場合じゃなかった。

 あらぬ噂を振り撒いていて、今無関係な人間を街から放り出そうとしている。


 なんか弁解しといた方がいいんだろうか。

 い、いや、すぐにただの土の塊だってわかるよな。大丈夫だよな。


 結局バーム鳥は……と考えていると、大きな麻袋を担いだ三人組が施設へと入ってきた。

 ガストンとゴードン兄弟だ。三人とも大きく膨らんだ麻袋を手にしている。


「おらおらどけどけぇ!」


 ガストンはどこか弾んだ声で叫び、周囲に見せびらかすかのように袋を掲げながらずかずかと歩く。

 その後を若干引き攣った顔のゴードン兄弟がそそくさと付いて行く。

 これから換金するところだったようだ。

 どうやら荷物持ちにあの二人が選ばれたらしい。

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