十四話
オーテム台車が三つ完成した。
大きな箱に四輪と持ち手がついた、シンプルな構造だ。
勿論オーテムらしく、正面には顔も彫っている。
久し振りにいい仕事をした。
早速俺はバーム鳥を両腕で抱えて持ち上げてオーテム台車へと積もうとしたのだが、ゴードンからストップを掛けられた。
「アベルさんよ、積み上げる前にちいと確認したいことがある。バーム鳥を捕まえたときには、おまけがついてくるときがあんだ。こんだけ数がいれば何羽かは抱えてるはずだ、オレに貸してくれ」
おまけ?
なんのことやらとは思ったが、断る理由もない。
俺は黙ってバーム鳥をゴードンへと渡した。
ゴードンはバーム鳥を受け取ると地べたに胡坐で座り込み、膝の上にバーム鳥を乗せる。
右手でバーム鳥の嘴を広げ、その中に指を突っ込む。そして逆の手で項をべしべしと叩く。
「……何やってるんだ?」
「これはハズレか。オレが逃したのが紛れ込んでるだろうから最低でも一羽は……あ、あった! もうちょい、もうちょい! クソッ! このっ! クソッ! 取れた、取れたぁ!」
ゴードンは嬉しそうに右手を引き抜く。
手には、涎塗れの金貨が握られていた。
……要するにおまけとは、他の冒険者が餌に用いて食い逃げされた金貨がたまに口内に残っている、ということだったらしい。
嬉々として差し出されても、ちょっと受け取るのに抵抗がある。
「……口から出てきた分はやるよ。元々お前ら、バーム鳥に金貨取られて追ってたんだろ?」
現状、ゴードンはただ働きしてもらっている身だ。
とはいえ突っかかってきて迷惑を掛けたのは向こうなので散々こき使ってやろうという気持ちもあるのだが、対ガストンの保険としても有用だ。
俺にない筋力を持っているし、本気で怖がっていたようなので裏切る可能性が低そうなところもありがたい。
今後とも役に立ちそうなことを考えれば、対価は用意しておいた方がいい。
モードンの弓を買い直すことになりそうだが、あまり金に余裕のありそうな連中とも思えない。
金貨の数枚程度、バーム鳥の額からしてみれば些細なものだ。
それに……あのネチャネチャの金貨はちょっと触りたくない。
「い、いいのか? 本当に? アベルさん……いや、アベル兄貴!」
感極まったゴードンが手を広げて近づいてくる。
「兄貴はやめて。ちょっと、その手を俺に近づけないで!」
……何はともあれ、十分と経たぬうちに金貨吐かせは終了し、バーム鳥の積み上げ作業が終わった。
メアとゴードン兄弟にオーテム台車を押してもらい、ロマーヌの街を目指して歩き始めた。
三等分しているとはいえ、バーム鳥の数は多い。
筋肉が売りのゴードン兄弟に比べ、メアには少しキツそうだった。
メアは時折足を止めて汗を拭い、苦悶の息を漏らす。
それからすぅっと息を吸い込み、勢いをつけて前に進んで遅れた歩数を取り戻す。
「大丈夫か?」
「いえ、もう、ぜんっぜん大丈夫です! むしろちょっとしんどいくらいの方がメアなんかには丁度いいですから!」
息を若干荒げながら言うメアは、普通にしんどそうだった。
持ち手の位置もメアには若干高かったかもしれない。
もうちょっと人に合わせて変えた方が良かったか。
次があれば考慮しよう。
せめて自分の荷物くらい自分で持とうかとも思ったが、俺もそこまで余裕があるわけではない。
魔術だって繊細なものほど精神を擦り減らすのだ。
それに足だってパンパンだ。
俺だって歩くだけで精いっぱいなのだ。いや、本当に。
帰宅の道中、ゴードンは俺とメアと見比べては不満げに目を細め、頭を掻いていた。
何か言いたげに口をもごもごと動かしていたが、俺と目が合うとさっと視線を逸らし、表情をあからさまに無理矢理戻していた。
なんだ、俺の顔に何かついているのか?
「……おい嬢ちゃん。その背の奴、オレが背負うぞ」
ゴードンがメアへと提案する。
「い、嫌です! これはメアがアベルから預けられたものです!」
メアは逃げるように歩く速度を速め、ゴードンを引き離す。
「気持ちはありがたいけどそんな大事なものも入ってないし、持ってもらった方が……」
俺は遠ざかるメアの背に声を掛ける。
メアは速度を無理に上げたせいで、よたよたと左右にブレていた。
「……アベル兄貴も、その、背の荷物くらいは持っても」
ゴードンが言い辛そうに目を逸らしながら口にする。
「い、いや……そうしたいのはやまやまなんだけど、俺も歩くのに精いっぱいというか……正直そろそろ休んでほしい……」
「そんな冗談は……」
ゴードンが俺を振り返り、何かを言い掛けた口を止めた。
「なんだ? どうした?」
「い、いつの間にそんなに汗掻いたんだアベル兄貴よ……」
……これでも、集落出てからかなりマシになったつもりなんだけどな。
「悪いメア、そろそろちょっと休憩を挟んでくれ。メア、おーい!」
前方を歩くメアへと声を掛ける。
メアがこちらを小さく振り返り、オーテム台車を止めようとして……慣性力に手を引かれ、その場でつんのめった。
「きゃっ!」
メアの身体が勢いよく倒れ、オーテム台車が段差下の道へと落ちそうになった。
マズい。
俺は杖を取り出し、地面へと突き立てる。
魔法陣が現れ、辺り一帯の地面が光に包まれる。
「
メアの足許の土が靴の裏を吸い寄せ、無理矢理態勢を整えさせる。
「あっ、……あれ?」
メアが閉じていた目を開き、きょとんと首を傾げた。
オーテム台車も前輪を道外にはみ出させながらも、その状態でぴたりと動きを止めていた。
まるで時間が止まったかのような錯覚さえ起こしそうな光景だった。
「ぶふぅっ!」
咄嗟だったので確実性を優先して範囲を広く取ったため、ゴードンの足場も同様に変質化させた。
そのためゴードンは急に止まったオーテム台車へ、地面から離れていた右足の膝をぶつけていた。
「あ、悪い。ゴードン」
「い、いやこのくらい……つつ、つつぅ……」
魔術を解除したいところだが、このまま解除すればメアのオーテム台車が道外に転落する。
下の段差までそこまで高くはないので普通に拾えるが、ひっくり返してしまえばバーム鳥が傷んでしまう。
「
俺は杖を振る。
杖先から出た光が、転落しかけているオーテム台車の真下へと到達する。
地形が変形し、土が盛り上がる。
オーテム台車の前輪の下に地面が現れる。
「よし、これで大丈夫だな」
「あ、ありがとうございますアベル……。助かりました」
メアはオーテム台車が無事なのを見てようやく緊張が解けたらしく、見るからに強張っていた身体がすっとほぐれた。
「な、なぁ、本当に何者なんだアンタ」
ゴードンは新しく現れた足場を見つめ、顔を引き攣らせていた。