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十三話

 ひと段落ついてから、ゴードンはすっかりと丸くなった。


「なるほど、アベルさんはバーム鳥を運ぶのに苦労していると! ぜひ、ぜひオレに任せてくれ! 力になる! 勿論、分け前なんて言ったりしねぇから! なんなら、オレ達がもうちょっと人員を集めてきてやっても……」


 出会ったときとは打って変わってこの態度である。

 ゴードンとモードンにはさっさとどこかに行ってほしかったが、バーム鳥を運んでくれるというのならありがたい。


 今の様子を見る限り、ゴードン兄弟が刃向かってくるとは考えられない。

 言うことをきっちりとこなしてくれそうならば、ガストンへの魔獣の引き渡しと報酬金の取り立ても丸投げすることができるかもしれない。


「……じゃあ、そういうことなら手伝ってもらおうかな」


 メアは俺の横にぴったりとくっ付き、袖を握っていた。

 俺のゴードンへの返事を聞くと、不安気に顔を覗き込んでくる。


 役立たずだと言われていたのが気に掛かっているのだろう。

 さっきのは俺に向けて発せられた言葉ではあったが、メアが気にしていたことでもあった。

 彼女に刺さっていたのは明白だ。


「こんなに強いなら、この森くらい一人でも十分なんじゃ……。あの魔術なら、バーム鳥だって楽に落とせるだろうし……」


 早速モードンが、あまり掘り下げて欲しくないところを聞いてきた。

 メアが身体を震わせるのが肩越しに伝わってきた。


「いや、俺ちょっと体力に難があって付き添いがいないと……」


「お前はバッカだなぁ、野暮なこと聞いてんじゃねぇよ。あの距離感見りゃわかるだろ、恋人だよ。オレは一目見てわかってたぞ」


 俺の声を遮って、ゴードンがモードンの頭を軽く叩く。

 何を言ってるんだこの失禁野郎は。


「いや別にそう言うわけでも……」

  

「いえ、いえ、悪いなアベルさん。コイツ本当に鈍いもんで……」


「だから……」


 反論しようとしたところで、ふと隣にいるメアの震えが止まっていたことに気が付いた。


「メ、メア……恋人……アベルと……えへ、えへへへ……」


 メアは顔を真っ赤に染め、口許をだらしなく緩めていた。

 

 ……とりあえず、今はこのままにしておくか。

 メアにゴードン兄弟から言われたことのフォローを入れるのは、余計な第三者がいないときの方がいい。


「しかし、四人でもちょっとこれはキツそうだな。アベルさん、弟を一旦ロマーヌの街まで行かせて人を集めさせましょう」


 あまり人数が増えると、噂が漏れやすくなる。

 俺としてはそれは避けたい。


 もう、『頭喰らいの悪鬼』を狩ったときのような面倒臭い思いはしたくない。

 身内ばかりのマーレン族の集落でぬくぬく暮らしていたせいもあってか、大勢から悪意の籠った目線を向けられると妙にストレスを感じる。

 心臓が毛むくじゃらになっていそうなガストンに任せたい。


 人数を押さえる方法は何かないかと、俺は改めてバーム鳥の数を数える。

 四人でも重量的には大丈夫だが、嵩が大きすぎる。手では持ちきれない。


 手では、持ちきれない……? いや、生体魔術でゴードンの手を八つにすればいけるか?

 ちょっと厳しい外見になるが、街に入る前に手術して、終わってから取り除けば問題はないはずだ。

 第三者に見られたら条例違反を通り越して悪魔として処刑されかねないが。


「ど、どうしましたかアベルさん? なんか、目が怖いっていうか……オレの肩に、何かついてますか?」


 今は何もついていない。

 これからつけようかと考えていただけだ。


 まぁ別に手を増やさなくとも、一人当たりに運べる嵩を増やせばいいだけだ。

 どうとでもなるか。


「ちょっと待ってくれ、手押し車を作る」


 俺は木の表面を木彫ナイフで削り、そこに設計図を彫った。

 バーム鳥を運ぶための道具、オーテム台車を作りたい。

 大きな木の箱に四輪がついた形状を想定している。


 とはいえマーレン族の集落近辺とは違い、この辺りの木は魔力伝導があまりよくない。

 魔力を流して運ばせる……というのは難しそうだ。

 絶対にできないというわけではないが、コストと手間が掛かりすぎる。今の手持ちでは材料も足りない。

 だから、今回はあくまで手押し車としての運用になる。


 バーム鳥は二十羽近くいる。

 七羽までなら無理なくオーテム台車に積める設計にしているので、三つ作りたい。

 バーム鳥は鶏より一回り大きい程度だ。七羽で二十キログラム前後になる。

 これなら人間一人一台で充分運ぶことができる。俺は無理だけど。


 ゴードンに指示を出して斧で木を切り倒してもらい、俺が木彫ナイフで形を整える。


 木のパーツがあらかた集まったら、次はこれを組み立てるための螺子と車輪作りだ。

 俺は地面に手を当て、呪文を唱える。


তুরপুন(錬成せよ)


 逆の手で杖を構え、地に置いた手の甲へと当てる。


 土中には多くの種類の元素が含まれている。

 鉄やアルミなんかもその筆頭だ。

 少々時間と繊細なコントロールが要されるが、必要な成分を抽出し、精霊を組み合わせてタイト・マギメタルを造り出すことができる。


 空気中の成分を利用して造るヒディム・マギメタルとは違って元の成分による結合が強いため、こちらは長時間崩れないという利点を持つ。

 最低でも一週間は今の形質を保つことができる。

 ヒディム・マギメタルのようにばんばんと量産することはできず、基礎となるのが通常の金属で魔力の介在が少ないため変わった性質を持たせることも難しいが、これはこれで有用性が高い。

 

 俺は場所を何度か変更しながら土からタイト・マギメタルを錬成し、釘や車輪を造って行く。

 ついでに全体タイト・マギメタル製の小さいハンマーを二つ用意しておいた。

 これで材料は整った。


「じゃあ後は組み立ててもらっていいか?」


 ハンマーをゴードン兄弟へと向ける。

 二人は無言でハンマーを受け取り、指で弾いたり木を叩いたりして性能を確かめ始めた。

 別にそんなやすやすと壊れる作りにはしていないから安心してほしい。

 相応の力さえ込めれば、エベルハイド自慢のゼシュムの浮上要塞でもこれ一本で叩き壊せるはずだ。かなり地道な作業にはなるが。


「ああ、設計図はそっちの木に描いてあるから」


 オーテムの絵を添えて吹き出しをつけ、なるべく理解しやすく描いておいた。


「……本当になんでもできるんだな」


「オレは、こんな相手に喧嘩吹っ掛けてたのか」


 ゴードンがパンパンに腫れた頬を擦りながら、そう呟いた。

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