十一話
バーム鳥を一か所に集め、改造バーム鳥から魔石を引き剥がす。
それから、再度考える。
この大量のバーム鳥を、いったいどう持って帰るのか。
俺が頭を悩ませていると、二人組の男の声が森の奥から聞こえてきた。
「なぁ兄ちゃん、無理だって、もう……。警戒態勢に入ったバーム鳥は、人間の足じゃ追いつけねぇよぉ……」
「うっせぇぞバカが! 元々お前がぼさっとしてたから逃げられたんだろうがよぉ! あのクソ鳥ぶん捕まえて金貨回収できなきゃ、大赤字もいいところだ! 絶対に逃がさねぇぞ。絶対になぁ!」
荒々しい口調で、あまり品が良さそうには聞こえない。
やっぱり来てしまったか。
バーム鳥の鳴き声が引きつけた、バーム鳥以外のもの。
バーム鳥狙いの冒険者だ。
俺としては、こんな人の目がないところで他の冒険者と接触するのは避けたかった。
この街の冒険者にはあまりいい記憶がない。
まず冒険者支援所に来たときに見た、職員を脅すガストン。
次に遺跡でデモを起こす冒険者達。そこに紛れて罵声を飛ばすガストン。
変異種を狩ったら疑いの目で見てくる冒険者達。そしてドストレートに因縁をつけにきたガストン。
昼間から酒に酔って喧嘩をしている冒険者を見かけたこともある。片割れはガストンだった。
なんだ、冷静に考えてみたらガストンばっかりじゃないか。
そこまで無理して避ける必要もないな。
森奥から二人の冒険者が姿を見せる。
斧を背負った男と、弓筒を背負っている男。
どちらも歳は二十代後半といったところだろうか。
二人は顔立ちが似ていた。
先ほど『兄ちゃん』と聞こえたので、兄弟なのだろう。
斧使いの男の方が背が高く、弓使いの男の方は丸顔で少し太っている。
メアは二人の冒険者を見ると、不安なのか俺の袖を掴んだ。
この様子だと、俺が話をした方が良さそうだな。
「な、なんだこの状況……」
弓使いの小太りの男、恐らくは弟の方がそう零した。
二人ともガタイがいい。
信用できそうならバーム鳥を運ぶのを手伝ってもらうのも手だろうか。
兄の方が地に落ちたバーム鳥を見回し、それから俺に目を向けた。
「おい、ガキ。見ない顔だが、新米か? なんだこのバーム鳥は? 何があった?」
「はい。親の意向に沿えずに田舎から逃げ出してきて、最近冒険者を始めた者です。自分がアベルで、彼女がメアです」
俺はそう説明し、頭を下げた。
とりあえず下手に出ておくに限る。
先輩の方だ。何か貴重な話が聞けることもあるかもしれないし、力を貸してくれるかもしれない。
兄は依然、不審そうな目で俺を睨んでいた。
ああ、バーム鳥の説明だったな。
適当に誤魔化しておくか。
「全部、メアが弓でバーム鳥を仕留めました」
俺はメアを親指で示し、ドヤ顔で言った。
嘘は言っていない。
俺が魔術で弾いたのも、最後にはメアが弓でトドメを刺した。
俺が直接仕留めたバーム鳥は、例の改造バーム鳥程度だ。
メアが俺の袖を引っ張り、半泣きで俺を見上げる。
「メアは弓の達人ですから」
メアが物凄い勢いで首を振る。半泣きになっていた。
ちょっと楽しくなってきた。
「なにぃ? こんなガキが、この数のバーム鳥を?」
「兄ちゃん、あり得なくはないと思う。二人ともノークスじゃないし、ノワールでもない。あまり見ない容姿だ。女の方、凶暴な魔獣の多い辺境地の狩猟民族なのかも。角ありは五感が優れてるって酒場で聞いたことがある」
「ははぁん、なるほど、なるほど。雑魚狩るのだけは上手いってタイプか。上手く使えば、金になるな」
兄の方が、口許を歪ませて笑った。
「あの白ガキはどう思う?」
「杖を持ってるから魔術師だろうけど、魔術外傷のあるバーム鳥がいない。それにあの手の豆、彫刻家に似てる。元々技術家系の民族なのかも。親と揉めて飛び出してきたって言っていたし、身体も細い。狩りの経験は薄いんじゃないかな」
「おっけーおっけー、ただの役立たずだな」
白ガキって俺のことかよ……。
全部聞こえてるぞ、おい。
しかし、意外とよく見てるな。
改造バーム鳥から魔石を引き剥がしておいて良かった。
「いやいや、自己紹介が遅れたな。オレはゴードン、こっちのデブがモードン。オレが準D級、モードンがE級冒険者だ。お前らの大先輩に当たるわけよ」
兄……ゴードンが、けらけらと笑いながら手を叩く。
準D級、ガストンと同クラスか。ロマーヌの街にいる冒険者の中ではかなり上位に入る。
ゴードンは左右に腕を広げ、すたすたと歩み寄ってくる。
急というか、妙に親し気な調子だった。なんというか、軽薄そうな男だ。
「一つ、先輩としてオレが教授してやろう。最初の頃はよくわかんないだろうけどよぉ、冒険者には質ってもんがあんだ」
なんの話だ?
「ランクだけじゃねぇぜ。役割を持っているのか、本当にそいつじゃないとこなせないことなのか、縁だけでずるずると引き摺ってないか。金と命が掛かってんだから、当然だよなぁ。新米のパーティーにゃよくあるんだ、質の格差って奴が。オレも優しいから、昔は役立たずと組んでたもんよ。今じゃ現実を知って、結局モードンとの二人組に落ち着いたがな」
「それは兄ちゃんが配分で揉めて大暴れして、悪い噂が広まったから仕方がなく……」
ゴードンが、何か言い掛けたモードンの後頭部を引っ叩いた。
しかし、言いたいことはだいたい見えてきた。
要するに、メアを引き抜こうと考えているのだろう。
余計な嘘を吐かなきゃよかったか。いや、どっちにしろゴードンは交渉に来ていたか。
むしろメアにクリーンヒットしなくてセーフだったか。
ちらりとメアの顔色を確認する。
顔を青褪めさせ、地面を睨んでいた。
俺の袖を握る力も弱まっており、今では指で摘まんでいる程度だ。その先端もわなわなと震えている。
「わかるだろぉ? 角女……メアだったか? そこの白っこい役立たずを捨てて、オレにつけ。そんなひょろっちいガキじゃ、いざというときのボディーガードにもならねぇぜ、なぁ。オレはこう見えて紳士的……」
メアの身体がよろめいたので、どうにか支えた。
支え続ける体力がなかったので、そっと近くの木に凭れかけさせた。
「大丈夫か、メア、おい!」
「やくたたず、捨てる……やくたたず……」
虚ろな目で、ぶつぶつとそう繰り返していた。
「おい、しっかりしろ! おい!」
本当にこの街の冒険者はロクなのがいない。
ガストンだけじゃなかった。
「何やってんだお前ら? まぁ、いい。とにかく角女、オレについて来いと……」
とりあえずメアのフォローよりも、こいつらを追っ払うのが先か。
「パーティーに関してはこっちの問題ですから、もう干渉しないでもらえませんか。俺もメアも、現状に不満はありませんので。それにほら、メアも体調が悪いみたいなので」
「おいおい、そんなので誤魔化されてやるかよ! おぉん? お前、痛いところ突かれたって顔してんなぁ、かははっ!」
なんなんだこいつは。
本当にちょっと苛立って来たぞ。
「いえ、あの……」
「あー、わかった。言わなくてもわかる。わかりまくってる。お前も必死なんだろうしぃ、言い合ってても仕方がないだろう。だからよ、お前が冒険者としてやっていけるかどうか、このオレが先輩としてテストしてやろうじゃねぇか。それで女もお前の気も変わるだろう。あー……弱い者虐めなんて気が引けるけど、しゃーねぇなぁ。嫌われ役を引き受けてやるのも、先輩の役割ってもんか」
ゴードンが斧を地面にぶっ刺し、パキポキと指を鳴らした。
「なんだぁ、そんなに顔強張らせて? ビビってんのかぁ? お? 安心しろ、命は取らねぇでおいてやるからよぉ。ただ二度と冒険者なんてできないくらい身体ボロボロになっちまうかもしんねぇけど、恨むんじゃねぇぞぉ? そんな事故、冒険者やってりゃよくあることなんだからよぉ。まさか覚悟がないなんて、そんな舐めたことは言わねぇよなぁ?」
ガストンにしても、どうしてこうも喧嘩っ早い奴ばかりなのか。
仕方がない、思いっ切りやってさっさと追い払うか。