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十話

 バーム鳥の両翼をメアに落としてもらい、その肉を生体魔術で傷口に適合させた。

 治療魔術で生命力を強化して衰弱死の心配を取り払う。

 その後、バーム鳥の身体に魔力を流して体内の魔力の流れを調べる。


「いや、雌で良かった。これで今回の憂いは消えたようなもんだな」


 生体魔術で無理矢理性転換させるという手もあるにはあるのだが、俺はバーム鳥についてそこまで詳しいわけではない。

 雄から雌を作るのには雌のサンプルが必要だ。


「ああ、メア、俺の荷物から魔石を出してくれ。握り拳くらいある奴。あと、赤い瓶も」


 メアは妙に丁寧な手つきで瓶と魔石を出して、俺に手渡した。

 瓶といってもそんな簡単に割れるような代物ではないし、中の液体も『キメラの尾』で買った安物の触媒なんだけどな。


 俺が瓶を受け取った後、メアが魔石を放さなかった。

 ぐいぐいと引っ張ってみるが動かない。


「……メア、どうした?」


「大丈夫です……地獄に落ちるときも……メア、ついていきますから」


 メアは涙ぐんだ声で言い、それからようやく魔石を放した。


 そ、そんな大袈裟な……。

 集落で俺が似たようなことをやったときには、ジゼルは手放しで大絶賛してくれたのに。


 まぁ、マーレン族の集落だと儀式と称して動物の臓物引っこ抜いたりと結構えぐいことやってたから、感覚が少し薄れているのかもしれないな。

 多分、そのせいだろう。


 バーム鳥の背中に魔石を埋め込み、瓶の中身を振りかける。

 濡れた魔石に手を置き、ゆっくりと波長を変えながら魔力を流す。

 反応、魔力の流れ、流した魔力の強弱、仮説。

 俺は木彫ナイフで木にデータを彫り込んでいく。


 データが充分に集まり、全貌が見えてきたところでバーム鳥を起こす。


তুলুন(起きろ)


 俺が杖を振るうと、バーム鳥がパチリと目を開ける。

 とはいえ行動は魔術で制御しているし、喉から上以外の部位に麻痺を掛けてあるし、翼も捥いであるので万が一にも逃げられることはないだろうが。


ক্রম(命じる) কান্না(鳴け)


 バーム鳥に命令を下すと、バーム鳥が大きな嘴を開いた。


「バァァァアアアアアッ!」


 この魔術は、簡単な動作を実行させる催眠術のようなものだ。

 掛けるときの条件も制御も難しく魔力の燃費も悪いが、小動物相手なら性能の悪いラジコン程度には動かすことができる。

 族長の書庫の隠し扉で見つけた魔導書に書いてあった魔術だ。

 習得に一番苦労したものだ。


 対人での催眠魔術にはもっと手軽な物もあるのだが、言葉の通じない動物にはこれしか手はない。

 もっとも、さすがに人間相手にそんな魔術は使う気がないが。


「バァァァァアアアァァァァアアアァァァァァァァァァァァアアァアアァアッ!」


 流す魔力の波長、質をずらしながら喉元へと送り込む。

 それに合わせ、バーム鳥の鳴き声が若干変化する。


「これは逃走態勢に入ったときの鳴き声だな。確実に近づいているぞ」


 逃走態勢に入ったときの特殊な鳴き声を再現できたということは、発情期に入ったときの鳴き声もすぐに再現できるはずだ。

 問題なのは、そのバーム鳥の発情期の鳴き声を俺が知らないことなのだが。

 この声がそうなのかと当たりをつけるしかない。


 ただ動物が異性へのアピールとして出す声だ、そう汚い鳴き声ではないだろう。

 それに近くにいる仲間に危険を知らせる逃走態勢時の鳴き声と違って、発情時期の鳴き声は遠くにいる異性まで届かせる必要がある。

 ということは前者と同等レベルか、またはそれ以上に遠く響くはずだ。


「バァァァァァァァァァァァァッ!」


 実験開始より二時間、ついにそのときは来た。

 綺麗な整った音色が遠くまで響く。

 耳にした瞬間、この鳴き声に間違いないと確信した。


「メアッ、ついにやったぞ! ほらほら!」


「……は、はい」


 俺がバーム鳥を抱え上げてメアに見せると、若干顔を強張らせたメアが辛うじて絞り出したようにそう応えた。

 そ、そこまで引かなくても……。


 俺はバーム鳥を切り株の上に置いた。

 バーム鳥は目をでろんと剥き、口からよくわからない液体を垂れ流しにしながらも鳴き声を上げ続けていた。


「メア、そろそろ弓を構えてくれ。来るぞ」


 俺は言いながら、バーム鳥の頭に指を乗せる。

 バーム鳥は鳴き声を止め、役目を終えたようにそっと瞼を閉じた。


「え? 来るって、何が……」


 俺が答えるより先に、森にざわめきが広がった。

 木々が揺れて葉が落ち、一陣の風が吹く。

 そして、


「「「バァァァァァァアッ!」」」


 森の四方八方から、大量のバーム鳥が姿を現した。

 その数、すべて合わせれば三十にはなるだろう。


「ひぃいっ! これ、まずくないですか? ちょっと多すぎませんか? ねぇアベル、アベル!」


 確かに予想より多い。

 本来ならばもっと小さい鳴き声なのかもしれない。

 これだとバーム鳥以外のものも引き寄せそうだ。

 早めに狩りを終えて移動した方がいいかもしれない。


「とにかく射って射って射ちまくれ。いい練習になるはずだ」


「あの鳥、目を狙ってくるってアベル言ってませんでしたか!?」


「あんまり近づいてきたのは俺が弾くから安心しろ」


 メアは泣きじゃくりながら弓を構え、バーム鳥の群れへと放つ。

 先頭のバーム鳥には当たらなかったが、その背後にいたバーム鳥へと命中した。

 一体のバーム鳥が地に落ちてから、他のバーム鳥が状況を察し、一斉に身を翻す。


 バーム鳥は空中で拗れ、互いにもつれ合い、ぶつかって地に落ちる。

 大混乱の中、仲間を蹴飛ばして我先にと逃げ出すバーム鳥もいた。

 その一方でぐったりとしている俺の改造バーム鳥に近づいて翼を広げ、懸命にプロポーズをしている暢気なバーム鳥もいた。

 ちょっと頭の個体差がありすぎるんじゃなかろうか。


 ただ仲間を蹴飛ばして逃げたバーム鳥は、メアが他のバーム鳥を狙って外した矢が頭に命中して地に落ちた。

 プロポーズしていたバーム鳥は、転がっているバーム鳥をげしげしと足蹴にしてから動かないのを確認し、つまらなさそうにさっと飛び去っていた。

 俺はその様子を『世の中最後は運なんだな』と、少しドライな感傷に浸りながら見守っていた。


 狩りが終わったとき、辺りには二十体ほどのバーム鳥が倒れていた。

 残りの十体には逃げられた……というよりも、逃がした。

 正直、狩りすぎた。

 こんなに持って帰れない。一度、馬車か何かを連れてくる必要がありそうだ。


「終わった……ようやく」


 メアは息を切らしながら、その場にへたり込んだ。


「メ、メア、上手く射ててましたか? アベルの力になれましたか?」


 不安そうに尋ねてくる。


「これだけ狩れたら上々だろ。全部換金したら、それなりの額になるはずだ」


 ただ問題なのは、どうやって全部持って帰るかということだが。

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