九話
俺とメアは身を寄せ合い、木の幹に隠れていた。
少し離れた先には金貨が散らばっている。俺が先ほど投げたものだ。
「バーッ! バーッ!」
空から青緑色の体毛を持つ鳥が現れる。
大きな嘴にギョロギョロと動く目。
バーム鳥と呼ばれるモンスターである。
単体の危険度はF級だが、すばしっこいため討伐難易度は二回り上になるらしい。
臆病な魔獣であり、一度警戒されればその日一日は狩りが不可能だといわれている。
肉付きがよく脂が乗っているため多くの飲食店が欲しがっており、狩りをするに当たって割のいい魔獣となっている。
冒険者が覚えておくべきバーム鳥の行動パターンは三つである。
一つ目がパトロール。
単体で巡回し、獲物を探す。
子持ちの雌が巣の周辺を飛び回り、外敵の早期発見を目的としている場合もある。
二つ目が警戒体勢。
バーム鳥が命の危機に瀕したときに取る行動だ。
甲高い変わった声を出しながら逃げ回る。
この状態のバーム鳥を見た他のバーム鳥も警戒体勢に入る。
三つ目が発情期。
雌は狂ったように翼を広げ、けたたましい声で鳴いて飛び回る。
その声に釣られて雄がわらわらと集まってくる。同時に冒険者達もわらわらと集まってくる。
そうなれば絶好のカモとなるのだが、今はその時期ではないため期待できそうにない。
あのバーム鳥はパトロール中だ。
パトロール中のバーム鳥は、金貨を嘴で咥える癖がある。
そのため隠れて金貨を撒いておいてやると、こうして地上に降りてきてくれるということだ。
銀貨でも成功するが、金貨の方が成功率が高い。銅貨では見向きもされない。
このため冒険者の間では金貨鳥や成金鳥とも呼ばれるそうだ。
仕留めそこなってなけなしの金貨を持っていかれる冒険者の話が冒険者新聞のコラムに載っていた。
これは恐らく、外敵の目を攻撃するための習慣なのだろう。
小さく、光を反射するもの。そういう面では金貨と眼球は一致している。
やっぱり新聞を買っておいてよかった。
ありとなしでは全然違っただろう。
情報収集もほとんどこれだけで事足りる。
「ほ、ほんとにやるんですか? 金貨、持っていかれたりしませんか?」
「大丈夫大丈夫。メア、行け。あのアホ鳥を仕留めてやれ」
「は、はいっ!」
メアが大声を出しながらこくこくと二度頷いた。
……気付かれてはいないみたいだが、狩り中はもうちょっと気をつけてほしい
緊張してたから声が上擦っただけだろうが。
メアが弓を構え、木から半身を出す。
「もうちょっと……肩の位置まで上げてから、ピンと、こう、腕を張って伸ばすように」
「は、はい……。頼みますよ、シューティングワイバーン……」
一応俺だってマーレン族の集落では数回ほど弓を使ったことがある。数回ほど。
どう考えても魔術の方が早いと思ったし、ぜんぜん飛距離が出ないのですぐに練習を放棄したが。
矢が飛んだとき、丁度バーム鳥が金貨を咥え上げたところだった。
バーム鳥から大きく外れた左側へと矢が飛んでいく。
バーム鳥はこちらに気付き、地を蹴って飛び立った。
「バァッ!」
「あー! あ、あー! 金貨! あー! かっ返してっ! 返してください!」
「バー! バッバー!」
メアは二射目、三射目を放つが、掠りもしない。
がっくりと両腕を垂らし、憔悴しきった顔でバーム鳥の背を見つめた。
金貨一枚でそこまでそこまで落ち込まなくとも……。
「バァァァァアーッ! バァァアアッー!」
バーム鳥が甲高い声で鳴き叫ぶ。
なるほど、これが警戒体勢か。
周波数が先ほどまでとは全然違うし、それに妙な響き方をする。
遠くまで響かせるための魔力が声に込められているようだ。
「ああ……もう、あんなに遠くに……。ご、ごめんなさい……。メアのせいで、貴重なお金が」
「
俺は杖を振り、風の刃を撃ち出した。
障害物である木の枝を切り飛ばし、バーム鳥の背に直撃する。
「バハァンムッ!」
バーム鳥が血飛沫を上げながら落下した。
散った羽毛が身体を追って落ちていく。
バーム鳥は……よしよし、まだ生きてるな。
俺は杖を懐に仕舞った。
「よしよし……と。そういや、今なんか言ったか、メア?」
「い、いえ……」
メアはほっとしたような、どこかがっかりしたような様子で握り締めていた矢を矢筒へと戻していた。
やっぱり弓術でも魔術でも、練習ばっかりじゃなくて実践も挟まないとな。
俺がバーム鳥寄せに散りばめていた金貨を拾い集めると、メアは遠くに落ちたバーム鳥の許へと走って行った。
メアはバーム鳥の首を掴んで持ち上げ、頭を叩いて金貨を吐かせる。
「バァ……」
バーム鳥が、呻き声を漏らす。
「あ……この鳥、まだ生きてますね。トドメ刺してあげた方が……」
「ああ、そのままで頼む。ちょっと試したいことがあるんだ」
「試したいこと、ですか?」
メアが首を傾げる。
「ああ。そのバーム鳥が雌なら、雄を呼ぶ発情期の時期特有の鳴き声があるはずだ。魔力を用いて発声する類のものであれば、ちょっと身体を弄れば無理矢理出させることができるかもしれない。本来の時期ではないが、雌が鳴けば雄は寄ってくるだろう。上手く行けば一網打尽にできる。こういうときのために、俺の荷物の中に魔石がある」
「えっ、何それ怖い」
メアが真顔になった。
すぐさまぶんぶんと首を振り、表情を戻す。
「あ、あの……でも、弱ってますし……多分、弄ったらすぐに死ぬんじゃないかなぁって……」
「だから一度、俺が治療して生命力を取り戻させる。逃げられないように翼はもぐが」
「えっ、えっ……それ、大丈夫なんですか? それって生体魔術ですよね? 条例とかに引っ掛かるんじゃ……」
「大丈夫大丈夫。こういう決まり事は、要するに野性に放して生態系狂わせるなってことだから。きっちり処分すれば怒られないはずだ、多分」
「な、なるほど……じゃあ……大丈夫ですね」
「ああ、そのはずだ」
メアに頼み、バーム鳥を近くの切り株の上に押し付けてもらった。
「バーッ! バーッ! バーッ!」
バーム鳥が何かを察したように最後の気力を振り絞っての抵抗を見せる。
メアは押さえつけながら「ごめんなさい……」と小さく漏らしていた。
「
「バァー……」
バーム鳥が一気に静かになった。
目をゆっくりと閉じる。
よし、じゃあ改造を始めるか。
とりあえず、まずはバーム鳥の魔力の流れ、性質を調べるところからだな。