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六話

 俺とガストンは出たときと同様、二人で並んで冒険者支援所へと戻った。

 受付のある広間の隅では、ガストンの取り巻き達にメアが絡まれていた。


「きっひひひ、あのガキ、死ぬぜぇ? この街にガストン兄貴に楯突いて無事だった奴なんていやしねぇんだからなぁ」

「あーあ、最初から狡いことなんかしなきゃよかったのによぉ。あの場で土下座してりゃ、ここまで大事にはならなかったのに。ガキが浅知恵で舐めたことしてっからこういう目に遭うんだよ。かっはっは! 調子こいた奴が沈んでくの見るのは最高だわ!」

「ひ、ひひ、嬢ちゃんよく見たら別嬪じゃねぇか。俺の女になったら、あのガキの命だけは助かるよう、ガストン兄貴に頼んでやってもいいぜ、ひひ……」


 怖くてまともに反論できないメア相手に、一方的に暴言を吐いている。

 メアは半泣きで「ア、アベル、強いですもん……本当ですもん……」と小声で漏らしていた。

 他の人は皆、遠巻きに見守っているだけだ。ガストンが怖いのだろう。


 話を拗れさせないために俺単独で向かったのだが、メアを置いて行ったのは悪手だったか。


「ちょ、ちょっとお前ら……」


 俺が駆け寄るより先に、ガストンが大股でずかずかと近づいて行った。

 顔を真っ赤にし、目に怒気を込めていた。


「貴様らぁああ! 何をしているぅううう!」


「あ、ガストン兄貴、戻っていらしたんですか。きっひひ、あのガキはどう……あれ、普通にいる?」


 ガストンは取り巻きの、ガリガリに痩せた長身の男の胸倉を掴んで持ち上げ、壁に押し当てる。


「がふぉっ! ガガ、ガストン兄貴ィ!?」


「人の功績にうだうだとケチつけて、恥ずかしいと思わんのか貴様らぁああっ!」


 ガストンは男に顔を近づけ、大口を開けて怒鳴る。


「「「ええええぇぇぇえ!?」」」


 ガストンの取り巻きの三人が、同時に叫んだ。


「ちょ、ちょっとガストン兄貴! 何があったんですか? 本当に何があったんですか?」


「何もへったくれもあるかぁあ!」


「ありますよ! 言ってること百八十度変わってますよ!」


「ああ? 俺様に刃向かうつもりか貴様ぁ!」


「ち、違いますぅ! 違いますけどぉ! でも、だって……」


「でもだのだってだの、口答えするな鬱陶しい!」


「ひぃっ!?」


 綺麗な手の平返しであった。

 俺との契約が反故になるのを恐れてのことだったのだろう。

 やっと掴めた昇級の好機を貶された気がして、むかっ腹が立ったのかもしれない。


 ガストンの急な変わり身に疑問を持ったのは、ガストンの舎弟だけではなかった。

 周囲の野次馬達も、ガストンの変化を訝しんでいるようだ。


「お、おい、何があったんだ?」

「さ、さぁ、金でも握らされたんじゃないのか?」

「やっぱあの小僧、狡賢そうだな。『頭喰らいの悪鬼』も、やっぱ裏があるんじゃ……」


 あまり気分がいいものではないが、多少はこういう声が出るのも仕方がないか。

 どの道俺はスポットライトからはすぐ外れるわけだし、言わせておけばいい。


 ……俺はそう考えていたのだが、ガストンはそうではなかったようだった。

 目を血走らせ、噂をしていた野次馬のいる方へと詰め寄って行く。


「貴様ら何をぼそぼそと言っている? なんだ、言いたいことがあるなら大声で言ってみろ! 俺様が聞いてやる!」


 しん、と辺りが静まり返った。

 ガストンはつかつかと歩き、一人の男へと近づいていく。


「何に裏があるんだって? あぁん?」


「…………」


「貴様だ貴様ぁ! 何を黙ってるんだ、言ってみろぉおお! 素知らぬ顔をしてるんじゃなぁい!」


「ひぇぇぇぇっ!」


 指定された男は、走って冒険者支援所を出て行った。


「次に余計なことを言った奴は、この俺様がぶっ飛ばすぞぉ! 安全圏からヤジ飛ばして偉くなった気になってる奴が、俺様は一番嫌いなんだよぉ! 文句がある奴は今言え! 聞いてやるぞ!」


 それに答える者は、誰も現れなかった。

 やっぱりガタイがいいのって凄い。


 敵に回すと鬱陶しいことこの上ないが、目的が一致している間は物凄く便利だ。

 俺に足りない威圧感を綺麗に補ってくれる。

 思ったよりいい拾い物だったかもしれない。


「ア、アベル……何があったんですか?」


 メアはガストンの変わり様を眺めながら、そう俺に尋ねた。


「置いていって悪かったな。大丈夫だったか?」


「ちょ、ちょっと怖かったけど、大丈夫です……」


「ガストンについては、ゆっくり説明する。とりあえず、移動しよう」


 メアを連れて休憩所に移動してから、ガストンとの間にあったやり取りを一部始終説明した。


「…………ということで、次からはガストン経由で獲物を換金してもらうことになった」


「な、なるほど……。確かに毎回こんな騒ぎになってたら身が持ちませんもんね。でも……アベルはその、これでいいんですか?」


「そこまでランクに拘りもないからな」


 ヤマサンを世界一有名な魔術師にしようなんて悪ふざけで考えてもいたが、当然生活の安定と借金の返済が最優先だ。

 秤に掛けるまでもない。


「でももう、これでレポート書けなくなっちゃいましたね。アベルの格好いいところ、書きたかったのに……」


 別に書くのは自由だと思うが……しかし、大々的に発表する場がなくなると書く気が失せるという気持ちはわかる。


「……あ、そうだ。それなんだけど、ガストンが字を書けないらしいんだ。戦うのはこっちだから、レポートもこっちで準備した方が内容で疑われにくいだろうと思って、引き受けといたんだけど……レポート、書く?」


「主役……その、あのゴツイ人なんですよね?」


「い、いや、嫌なら俺が書くけど……」


 提案してしまった俺が言うのもなんだが、メアがガストン冒険記を書くと恐ろしいことになりかねない。

 顔を真っ赤にしたガストンがレポートを丸めて投げつけてくる図が容易に想像できる。


「や、やります! メアが書きます! アベルの仕事をちょっとでも手伝うんだって、メア、決めましたから! 剣士の戦い方も調べて、なるべく破綻がないようにします! 任せてください!」


「そ、そう? いや、そんなに無理しなくても……」


 そこまで言ったところで、ガストンの言葉を思い出す。


『貴様、俺様が字を読めないのを笑いものにするつもりかぁ!』


 そう、ガストンは書けないだけでなく読むこともできないのだ。

 だったら、何を書いても大丈夫か。

 立場上、人に確認するような真似もなかなかできないはずだ。


 冒険者支援所の方だって、気軽に再提出を請求できるほど暇ではない。

 元より学のない者の多い冒険者だ。文の形式ひとつにわざわざ騒ぎ立てることはまずあり得ない。

 ある程度内容がわかればそれでいいはずだ。

 メアも自分にできることがなくて最近悩んでいるようだし、任せられるところは積極的に任せていこう。


「じゃあ悪いけど、メアに任せるわ」


「はいっ! はいっ! 施設の人が手に汗握って紙がふやけるようなのを書いてみせます!」


 過剰な気合いの入れようが不安なんだけど……まぁ、なるようになるだろう。

 さすがにまずいと思ったら横から口出しすればいい。

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