五話
すぐ裏の通りまで、ガストンと二人で歩いた。
途中でこちらを訝し気に見ている通行人がいたが、ガストンが一声怒鳴るとそそくさと顔を伏せて逃げて行った。
これだけ怖がられているのなら、後をつけられている心配もしなくてよさそうだ。
「この辺りでいいか」
俺は足を止め、周囲を見回す。
人の目はない。
「さて俺様をこんなところに連れて来てどうするつもりなのか、そろそろ聞かせてもらおうじゃねぇか」
ガストンは握りこぶしを作りながら、俺を睨んだ。
戦う気満々のようだ。
まぁ、あの状況だったらそう思ってもおかしくはないか。
「ちょっと待ってくれよ。俺は、本当に話し合いがしたいだけなんだ」
俺の言葉を受け、ガストンは唖然と口を開けた。
俺としては、ガストンと戦うことには何の意味もない。
ここでガストンをボコボコにしたとしても、他の冒険者の妬みの声は止まないだろう。
そうするのであればこっそりではなく、むしろ大々的にボコボコにする必要がある。
ちょっと俺の気が晴れるという程度である。
だから今回は、単に交渉のためにガストンをここに呼んだのだ。
「なにぃ? この俺様を馬鹿にしてやがんのか、あぁん?」
「確かにあの魔獣は、俺が狩ったものじゃあない」
「ほう、認めるのか。賢い選択だなクソガキ。だが、俺様に謝ってそれで済むと思ってやがるのか? 確かに俺様は心が広く、口が堅い。しかしそれは筋があってこそのものだ。わかるだろう?」
ガストンは歯茎を見せて卑しい笑みを浮かべ、俺へと顔を近づけてくる。
要するに不正を黙っている代わりに、見返りを寄越せということだろう。
冒険者支援所の治安のためだのどうだのと言っていたのはどこへ行ったのやら。
しかしガストンが本気で施設の現状を憂いていたのならば、この交渉は不可能だった。
ガストンが正義漢ではなくてよかった。
いや、そんなわけないと思ってたけど。
「待ってくれ、事情があるんだ。まずそれを聞いてもらっていいか?」
「事情だぁ?」
「実は冒険者資格を剥奪された人から、代理で換金する命令を受けているんだ。だから俺自身には報酬金は入って来ないし、こっちは毎日の生活に精一杯なもんで、悪いけどガストンさんに払える金はない。名前は言えないけど……かなり危ない奴だから、言いふらそうなんて考えない方がいいぜ。俺も、失敗したら殺されちまうかもしれない」
この嘘が通れば、一気に話を持っていけるはずだ。
だが、なかなか返答がない。
即席で都合よく作った話だから、さすがに無理があったか。
「ほう、そんなところだとは思っていたがな」
馬鹿でよかった。
「だが、そんなもんは関係ない! 秘密を守ってほしかったら、金を寄越せ金を! 報酬金から回せないのなら、泥棒でも恐喝でもやって金を集めろ! 貴様だって、死にたくないはないだろう? 寛大なる俺様が不正に目を瞑ってやると言っているのだから、金を寄越せ!」
ガストンは声を荒げ、俺を恫喝して来る。
本当にとんでもない奴だな。
利用しても心が痛まないから、今はそっちの方が俺としてもやりやすいが。
「ここからが交渉だ。俺が例の人から金に換えろと渡された討伐部位やら素材を、ガストンさんにそっくり引き渡すというのはどうだ?」
「な、なにぃ?」
「俺も最初は楽にランクを上げられるかもしれないって喜んでたんだけど……やっぱり俺みたいに実力不相応な奴が持っていっても、周囲から勘繰られるだけだし……。その点ガストンさんなら、ほら、強いし格好いいから周囲も不審がらないし、口も堅い! 例の人も、納得してくれると思うんだ。ただ不用意に顔を見せたがらない人だから、間に俺を挟むことにはなるだろうけど」
「な、なるほど、納得が行った。まぁ、俺様は強くて格好良くて義理堅いからな!」
ガストンはそう言い、ガハハと豪快に笑った。
こいつ、思ったより乗せやすいな。
「あの魔獣はややこしいから俺の名義で通させてもらうが、次からは先に引き渡す。ただし、金は後でちゃんと俺に返してくれよ。そうしてくれないと例の人との繋がりも潰えるから、ガストンさんにとっても不利益だろう?」
「つ、つまりだ、次から俺様に手柄をくれるということだな? そういうことだな? そういうことでいいんだな?」
ガストンは目を血走らせながら、俺へと詰め寄ってくる。
「ああ。頼む、俺を助けると思ってこの条件を呑んでくれないか?」
「ガハハハハハッ! 貴族に仕えることさえできるのならば、ガキから搾り取るはした金などに興味はない! わかった、この優しい優しい俺様が、貴様の提案を呑んでやろう!」
ガストンは目を輝かせ、ガッツポーズを取っていた。
よほどランクを上げたかったのだろう。
これで俺としても今後、周囲から妙な目で見られることなく、安定して換金を行うことができる。
ウィンウィンである。
ランクを餌にしている以上、ガストンも約束を破るような真似はしないだろう。
何か拗れたら、そのときは力技で解決してしまえばいい。
しかし冒険者支援所や貴族だって馬鹿ではない。
ガストンも言っていたが、審査が緩いのはD級までなのだ。
ガストンのランクがこの位置で留まっているのも、多分誤魔化しでランクを上げるのが難しくなってきたせいであろう。
だからちょっとやそっと偽の手柄が入ったところでランクが上がるとは思えないし、万が一何かの手違いでC級に上がったところで、ガストンが貴族に仕える機会が来るとも考え難い。
貴族だってハズレを掴みたくはないのだから、充分な下調べを行ってから雇おうとするはずだ。
まず間違いなく、ガストンはそこで省かれる。
ただ、こちらからそんなことを言う必要はない。
今は適当に持ち上げて、その気にさせておこう。
何か問題ごとが起きるまで、しばらくは俺の傀儡となってもらう。
「今まで機会に恵まれず燻っていたが、ようやくこの俺様の実力が認められるときがきたのか! やはり俺様はついている! ガッハッハッハァッ!」
一人でどんどんと膝を叩き、ガストンは喜んでいた。
冒険者支援所では不正が不正がと言っていたのに、調子のいい奴だ。
この調子だと、しばらくは大丈夫そうだな。