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三話

 たびたび休憩を挟みながら、ロマーヌの街へと帰還した。

 行き道とは打って変わって『そろそろ休憩しませんか?』『あー……ちょっと疲れてきたかもしれません。いやいや、この分はメアが持ちますから!』などなど、メアから休憩を申し出ることが多くなった。

 黒熊の毛皮やら荷物をメアに持ってもらったのだが、やはりメアもしんどかったようだ。


 ロマーヌの街についてからは冒険者支援所に移動し、今回のレポートの作成に当たった。

 しかし毎回毎回こんなものを書かなければならないのか。

 冒険者ランクの上昇の考慮に入れる他、冒険者の許可を得てから他の冒険者や学者への参考として見せたり、場合によっては冒険記として本にして売ったりするらしい。


「メアが、メアが書いていいですか! 一回書いてみたいんです!」


 ……メアに任せていたら、再提出くらいそうな気が。

 いや、そのときはそのときだ。

 本人がやりたがっているのなら、やらせてみてもいいか。


 ランク上昇の足枷になりそうな気もするが、今のところランクに関しては大したメリットも見えていない。

 マイゼンにも言ったが、必要になってから上げればどうとでもなりそうだ。

 少なくとも危険度B級指定のグリフォンは狩れたし。


 それに噂を聞いている限りでは、様々な権利が認められるのはB級冒険者からだ。

 しかしB級より上は、貴族が抱え込んだ冒険者の箔付けとして使ってる節がある。

 ちょっと功績を上げたからといって、何の後ろ盾もない人間がもらえるものではないのだろう。


「よし、好き勝手に書いていいぞ!」


「やった! アベルがめっちゃカッコよく見えるように書いてあげますから、任せてください!」


「お、おう……期待して待ってるわ」


 俺は休憩所で売っている木の実ジュースを飲みながら、メアのレポート作成を見守る。



「あ、俺の名前、ヤマサンにしといてくれよ」


「……職員に謝って登録し直してもらった方がよくないですか? 絶対後々拗れますよ?」


 そんなわけにはいかない。

 俺はヤマサンを、この世界で一番有名な魔術師にすると誓ったのだ。

 悪ふざけではあるが、簡単に折れるつもりはない。


 ……予想通りレポートは擬音語塗れではあったが、まぁ意味は通じるだろう。

 支援所だって結構混んでるんだし、職員もわざわざレポートを突っ返すのは手間だろう。

 書き直しを要求されることはない……か、多分。


 一応、黒熊の描写だけ俺の提案で書き直してもらうことにした。

 職員からしてみれば、この熊が本当に噂の変異種なのかどうかが重要な点だろう。

 ここだけはきっちりと書いておいた方がいい。


「どうですか! どうですか!」


 メアがレポートを書き終えてから、俺へと見せつけてきた。


「ス、スピード感があっていいんじゃないか」


「ですよね! 職員の人も感動で震えて、レポートをアベルの冒険記として本にしてくれるに違いありません!」


 そんなもん狙ってたのか。


「そ、それは厳しいんじゃないか。ほら、近場行って帰ってきただけだし」


「いえ! 絶対にいけます! めっちゃカッコよく書けたんで!」


「そ、そうだな……うん……」


 ……これ以上は掘り下げないでおこう。

 とっとと受付へ持っていって耳と毛皮の換金、レポートの提出を済ませてしまおう。


 席を立ったとき、周囲の目がこちらに向いているのに気付いた。


「……おいあの耳と毛皮、噂の『頭喰らいの黒き悪鬼』じゃないのか?」

「んな馬鹿な。……でも他に、あんな色の熊なんていないよな。嘘だろ、あんなひょろい餓鬼が狩れるかよ」

「でも動きは鈍いから、条件さえ整えて罠に嵌めればやりようはあったのかもしれねぇ」

「いやでも、そんな……」


 ぼそぼそと、ひそひそ話が聞こえてくる。

 魔術で背後からぶった斬っただけなんだけどな。

 確かに落とし穴とかに嵌められればどうにかなるのかもしれないが。


「死体でも拾ったんじゃないのか? それか、あの悪鬼が弱ってたか……」

「噂が誇大化されてただけで、大したことなかったんじゃないのか? そういう噂広めて自分で狩るのが得意な魔術師がいたって聞いたことがあるぞ。ほら、その繰り返しだけで領主の側近になった……」

「他の魔獣の耳を黒く塗ったんじゃないか? 似たようなことして牢に入れられたのがいたろ」


 ……偽装したり、被害を偽装したり、手柄奪ったり、か。

 前例がぽんぽん出て来るあたり、本当にここの冒険者はロクでもないな。

 いやロマーヌの街しか知らないから、全体がそうなのかもしれないが。


「な、なんだか有名人になったみたいですね」


 メアは口許を緩めながら、手にしている毛皮をちらちらと周囲に見せていた。

 有名人というか、悪目立ちじゃないのかこれ。

 あらぬ容疑を大量に吹っ掛けられてるぞ。喜んでていいのか。


 受付へ向かう途中、酔っ払いに道を塞がれた。

 小太りで、つるっと丸い頭をした中年の男だ。


「景気のいいことだなぁ、坊ちゃんに嬢ちゃんよ。それ、噂の魔獣じゃないのか? おいおい」


 中年男は酒瓶片手にふらふらと歩き、陽気に顔を赤らめている。

 だが、目の光だけは剣呑だった。


 俺は無視して先へ行こうと、メアに目で合図を送った。


「ええ、ええ! アベ……こっちの、ヤマサンが狩ったんです! ずばばーんと、一撃で頭を撥ねて! もう、もう、本当にカッコよかったんですからね! えへへへ……いやでも、外見似てるだけで噂の魔獣じゃないって可能性もあるかもしれませんから、まだわかりませんけどね。まぁでも、多分そうでしょうけど! 多分そうでしょうけど!」


 駄目だこの子。

 俺も人のこと言えないけど、悪意に疎いタイプの子だ。

 褒められてる感じだと思って完全に舞い上がってる。


「……一撃? まぁなんかのラッキーがあったんだろうが、ぷぷっ、可哀相なもんだな。俺はそうじゃないが、ここじゃランク上げたくて必死な奴がうようよいるんだから、いい嫉妬の的になるぞ。俺はそうじゃないが」


「へぇ、そんな醜い人が」


 おい、今地雷踏んだぞ。

 酔っ払いの眉間がぴくぴく動いてるぞ。


「アベル……ヤマサンは凄いから、そういう嫉妬にも気をつけなきゃいけませんね!」


「まぁ、俺はそうじゃないがな。善意から忠告してやってるだけだから」


 ……こんなわかりやすく絡んどいてよく言うよ。


 しかし、本当に面倒臭いな。

 C級以上は貴族に仕える機会が多いらしいし、足の引っ張り合いがあっても不思議ではないか。

 下からぽんっと上がってきたのがいたら思うところがあるっていうのはわからないでもないけど、ぎゃーぎゃー騒いでる暇があったら剣の素振りでもやってりゃいいのに。


 もしかしてこれから魔獣狩る度にこんな奴に絡まれなくちゃいけないのか。

 穏便に換金できたらいいんだけど。

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