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一話

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「「ガストン! ガストン! ガストン! ガストン!」」


 闘技場は熱狂に包まれていた。

 数千人はいるであろう観客の誰もが腕を振り上げ、同じ名前を叫んでいる。

 それは前世で見た、有名ロックバンドのコンサートのようでもあった。


「ガストン! ガストン!」


 俺も周囲に釣られ、腕を振り上げて叫ぶ。

 俺を見たメアも、同様に腕を振り上げてガストンの応援を始めた。


「ガストン! ガストン!」


 血の沸くような興奮が脳の神経を焼き切り、俺を熱狂へと駆り立てる。

 楽しい。滅茶苦茶楽しい。

 観客席は、確かな一体感に包まれていた。



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 ゼシュム遺跡の反省を活かし、今回は堅実に手短な森へと挑むことにした。

 ここなら手頃な魔獣しかいないし、移動に馬車を用いる必要もないので、経費も安くて助かる。


 マイゼンとは予定が合わなかったため、メアと俺の二人旅である。

 どうやら以前のパーティーメンバーである二人に頼られたらしい。

 きっと考えなしに解散したはいいものの、リーダーが抜けるとパーティーが成り立たなかったのだろう。

 マイゼンは『やれやれ、仕方がない』と言いつつも、かなり嬉しそうに引き受けていた。


 ……ただカップル二人はマイゼンに配慮することなくイチャイチャと身を寄せ合っていたが、あれでマイゼンは平気なのだろうか。

 三人組ではなく、完全に二人と一人にしか見えなかった。

 メアはうっとりとした表情で『ああいう仲良さそうなカップル、メア憧れちゃうなぁ』なんてほざいていたが、カップルよりもプラスワンマイゼンの方に注目してやってほしい。

 マイゼンが嬉しそうなのがまた辛い。

 あいつ、絶対にあそこ抜けた方がいいぞ。


 森には魔獣災害モンスターパニックで湧いたユニコーンの生き残りがおり、ユニコーン狙いの銭ゲバ冒険者で溢れていて厄介ごとが起きやすい……という話ではあったが、どうやら他の狩り場を独占したかった冒険者の流したデマだったらしい。


 デマの主犯は吊し上げられ、冒険者支援所の裏で袋叩きにされていた。

 殴られて青痣だらけになった顔で『ザマァミロ! お前らが無駄足踏んでる間に一儲けしてやったぞぉ!』と言い放ち、より一層苛烈に攻撃を加えられていた。

 殺人事件に発展しなければいいのだが……。


 しかし相変わらずというか、なんというか……。

 調査隊と対立して遺跡の権利争いを繰り広げているときにも思ったことだが、この街の冒険者達はしょうもない争いが好きらしい。

 いや、本人達は皆必死なんだろうけれども。


 ユニコーンは、とうに狩り尽くされていたのだ。

 なんでもロマーヌの街に来ていた行商人が、ユニコーンの毛皮を相場からさして落とさずに大量に買い取ってくれたのだとかで、冒険者が異様に張り切っていたのだとか。


 行商人……ジェームではないだろうな。

 あの人、結構かつかつそうだったし。幻獣の毛皮を買い占めている余裕なんてあるとは思えない。

 まだ街にいるのだろうか。ぜんっぜん話を聞かないが。


「そ、そろそろ……休憩しないか……」


 俺は汗を拭い、近くにあった岩に座った。


「え、ま、またですか? い、いえ! なんでもありません。いや、メアもちょうど足疲れてきたところで、言い出そうと思ってたんですよ! わぁ、丁度良かった! ふー助かりましたぁ」


 俺の提案に、メアが答える。

 ……わかりやすく気を遣われるのが、一番辛かったりするんだよなぁ。


 俺はヒョットルを取り出し、口をつけて中の水を飲み干す。


 ヒョットルというのは、瓢箪のような植物の実の中身をくり抜いて作られた水筒のことである。

 防腐加工されており、壊れにくいよう魔術も掛けられている。

 魔法具店『キメラの尾』一番の売れ筋商品らしい。

 因みに、248Gだった。あそこの店主もなかなかわびしい生活を送っていそうだ。


「本当に、大丈夫ですか? あ、あの、一旦引き返してまた馬車で来るというのも手かと思ったのですが……どうでしょうか? そっちの方が、たくさん持ち帰れますし、いいんじゃないかな……とか、メア的には思ったりするんですけど」


 ありがたい提案だが、受け入れるわけにはいかない。

 馬車を雇うのはかなりの金が掛かる。

 こんな近場にわざわざ使っていたら確実に赤字になる。


「……大丈夫、大丈夫だから。たまには身体動かさないと、身体が鈍っちゃうしな」


「な、なるほど……身体が鈍る……なるほど……」


 メアは何か言いたげな様子ではあったが、すぐに口を閉ざした。


পানি(水よ)


 魔術で水を出し、ヒョットルの水を補給しておく。

 これで荷物の減量化が図れるのは大きい。


 通常、冒険者は水の持ち運びが一番の難点であったりするらしい。

 今回向かうのは森なので川もあるのだろうが、ダンジョンだったりするとそうもいかない。

 魔術師がいても、属性や種類によって向き不向きは大きい。


 俺は足のふくらはぎを手で叩き、軽く揉む。

 すでに筋肉痛が始まっていた。

 まさか狩り場に森を選んだ最大の障害が、こういった形で出て来るとは思わなかった。

 森につく頃には俺、動けなくなっているんじゃなかろうか。


 と、そう考えたとき、遺跡でのマイゼンとのやり取りが頭を過った。


『そうだ! マイゼン、俺を背負ってエベルハイドを追ってくれ!』

『え、ええ……。あ、ああ、うん、わかったけど……』


 おお、そうだ。

 その手があったじゃないか。


「なぁメア! 俺を背負……って……」


「ん、どうしましたかアベル?」


「い、いや、なんでもない」


 ……さすがに女に背負ってもらうのはまずいか。

 どうにか足が持ってくれたらいいんだが。

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