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とある集落の話3(sideゼレート)

 一方その頃、マーレン族の集落では、集会所での話し合いが行われていた。

 某オーテム狂の失踪についてと、それに付随する他の問題である。

 集落で発言力を持つ家の主に加え、今件の問題ごとの中心であるアベルの父、ゼレルートもこの集会に呼ばれていた。


 集会は、族長を中心に行われる。

 集められたのは、十数名程である。

 従来ならば族長に反発して集会を欠席していたノーマン・カルコも、この日は顔を出していた。


 ノーマンは息子ノズウェルが交換市場で大ポカ連打をやらかした一件以来、カルコ家の家業である香煙葉ピィープ栽培が上手く行かなくなってしまっていた。

 つい最近まで、そのショックで寝込んでいたほどだ。

 族長の慈悲によりただのゴミと化していた香煙葉ピィープの在庫の山を格安ながらに魔鉱石貨幣と交換してもらい、どうにか体調を持ち直したばかりである。


 ノーマンは族長の呼び出しを断れる立場ではなかった。

 それにもしかしたらこの先、族長主体で進められる新しい香煙葉ピィープの栽培に関わる仕事を任される可能性もある。

 この場を欠席し、族長の機嫌を損ねる理はなかった。


 族長家に代わり集落を仕切るという野心が消えたわけではない。

 しかし、今は族長家に遜り、失った権威を回復しなければならない。


 ノーマンは計算高く、冷酷で頭の切れる男だった。

 メンタルが弱く、予想外の事態に対してパニックになる点を除けば概ね優秀であった。


 一方、アベルの父であるゼレルートは浮かれていた。

 ベレーク家が少数人数の集会に呼ばれることなど、今まで一度もなかった。


 確かに息子は集落の掟を破りはしたが、幸いにもアベルは成人の儀を既に終えている。

 それに集落を出てはいけないという掟は、出た人間がだいたいロクな目に遭わないからと設置された掟である。

 破ったからといって、身内が責められる類のことではない。


 それよりも香煙葉ピィープの権利である。

 カルコ家が今まで族長に近いまでの権威を持っていたのも、香煙葉ピィープの権利をほぼ独占していたことに由来する。


 ゼレルートは、アベルが行方を眩ました以上、父である自分に香煙葉ピィープの権利がまるまる回ってくるものだと信じていた。 

 今回の話し合いも恐らく香煙葉ピィープの権利に関する話だろうと思い、昨夜は遅くまで眠れなかったほどだ。

 朝もずっとそわそわしていたら、妻と娘に睨まれた。


 ゼレートは決して悪い人間ではない。

 息子の失踪に対し、自分の思惑を押し付け過ぎたのかもしれないと後悔の念を持っていた。

 しかしそれはそれ、これはこれと切り替えていた。

 今回の集会はベレーク家の歴史的な大事件であると、ゼレートはそう捉えていた。


 身内同士で結婚することの多いマーレン族は親戚筋の仲は強固になるが、その分完全な他家に対して排他的になりがちであった。

 権力、財力の偏りも大きく、これを覆せる機会はそう多くない。

 元々ベレーク家はパッとしない家系であり、今代に至ってはアベルの奇行で色眼鏡で見られ続けていた。

 そんなベレーク家にとって、交換市場の香煙葉ピィープ戦争は、奇跡的な大逆転なのだ。


 もう、そわそわしないわけにはいられなかった。

 ゼレートは悪い人間ではない。ただ、権力には弱い人だった。


 あの引き籠り息子が外に出て上手くやって行けるとも思っていなかったので、その内帰ってくるだろうと高を括っている面もあった。


 しかし、後悔も反省もしていないわけではないのだ。

 アベルが戻って来たら譲歩しようと、そう考えていた。


 ゼレートはここ最近、族長の屋敷に通っている。

 そのうちに無理に妹であるジゼルと結婚させなくとも、族長の孫娘であるフィロと結婚させるのも手かもしれないと考え始めていた。

 そちらの方がアベルの抵抗も薄いだろう、と。


 婿養子として取られることにはなるだろうが、アベルを族長家に売り込めば香煙葉ピィープの権利についても、かなり有利に働く。ダメ押しの一手になる。

 その場合の最大の障害はジゼルになるが、どうにかなるだろうと軽く見ていた。

 ゼレートはここ最近とんとん拍子に話が進むので、少し調子に乗っていた。


 人の欲に限りはない。

 上が見えれば、這い上がりたくなるのは本能である。


「どうも。以前、俺の息子が迷惑を掛けたようで、申し訳ない」


「……いえ、いえいえ、お気になさらず。より優れたものが出回るのは、当然の理でしょう」


 ゼレートは隣席のノーマン・カルコを見ながら、俺はこいつのようには落ちぶれまいと心に誓った。

 ノーマンはすっかりと物腰が低くなっており、以前まであった尊大さが完全に失われていた。


 ノーマンはノーマンで、卑屈に構えながらも、心中ではゼレートの含みのある態度に怒りの炎を燃やしていた。


「皆の衆よ。よくぞワシの呼び出しに応じてくれた。問題ごとはいくつかあるが……まず最初に、ワシの非について謝罪せねばならん」


 全員が集まって落ち着いてから、族長が口を開いた。

 集会所がしんと静まり、誰もが次の言葉に耳を澄ませた。


「アベルの残した香煙葉ピィープの栽培法であるが……再現は、不可能じゃった。あれは、アベルにしか作れん。丁寧に記されていたからこそ、そのことがよくわかった」


 がしゃんと、二つの椅子が倒れた。

 ゼレートが両肘を床につけ、その場に崩れ落ちたのだ。


「む、むむ、む、アベルめ……」


 沈むゼレートとは対照的に、ノーマンは勢いよく立ち上がっていた。


「いよっしゃぁああああああ!」


 ノーマンは大声を張り上げ、喜んだ。

 興奮のあまり円卓に身を乗り上げ、手で大きく十字を切って先祖の霊に感謝した。

 その様子に周囲はドン引きであったが、ノーマンにとって、そんなことは些事であった。


 再びカルコ家が独占し、権威を取り戻す好機が早速回ってきたのだ。


「再現不可能! ハッハッハッハァーッ! だとしたら、こんなところにもう用はない! アベルとアベルの香煙葉ピィープが消えた今、怖いものなどなにもないわ! 老いぼれよ、そしてベレーク家よ、この俺を見下したこと、高くつくと思え!」


 ノーマンはそう言い放ち、後生大事に持ち歩いていた魔鉱石袋を机の上に叩きつける。

 唖然とする他家の者達を一瞥した後、悠々と歩いて集会所を出て行った。


 しかし、一度覚えた香煙葉ピィープの味は、なかなか抜けきるものではない。

 一度アベル産の香煙葉ピィープを吸ってしまえば、カルコ家産の香煙葉ピィープなどただの腐葉土である。

 後日、ノーマンは今件の非礼について族長に土下座して許しを請うことになるのだが、そのことを今の彼は知らない。


 族長は咳払いを挟み、乱れた二つの椅子をそのままに話を再開する。


 味の薄い香煙葉ピィープを作り、アベル産の香煙葉ピィープに混ぜることで嵩増しを図ると、族長は言った。

 引き延ばしている間にゆっくりと配合を変えていき、別の物にすり替えるのだ。

 これで香煙葉ピィープの衰退は免れられないだろうが、集落内の混乱は免れる。


 族長としては、魔鉱石硬貨の流通を強化できた時点で、香煙葉ピィープへの執着はすでに薄れていた。

 香煙葉ピィープが衰退しようが、別に困ることなど特にない。

 むしろ個人の生活を逼迫し、貧富の差を生む香煙葉ピィープをあまりよく思っていない節まであった。

 この機会に消し去れるのならば、むしろ好都合である。


「では、今件は内密に進めるよう頼む。下手に洩れれば、暴動が起きかねん。それから、リエッタ家はカルコ家の説得をするよう。カルコ家の協力があれば、開発もスムーズに進む。それに現状では、急いたノーマンが洩らすことも考えられる」


 そうする前に恐らく己の失態には気付くだろうが、念には念を入れ、である。

 カルコ家は扱いが難しいものの、香煙葉ピィープの専門家である。栽培にも手慣れている。

 仲間に引き込む必要があった。


「では…………ん?」


 族長はふと、壁の方を見た。

 妙な魔力の流れを感じたのだ。


「……すぐに戻る。少し待っておれ」


 族長は集会所を出て、周囲を見回す。

 すでに何者かの気配は消えていた。

 しかし先ほど魔力を感じた壁の反対側付近の土が、僅かに窪んでいた。

 オーテムを置いていた跡である。


 誰かが気配を殺し、ここで盗聴していたのだ。

 その何よりの証拠だった。


 集落内でそこそこ魔術を使い熟せる者を、族長は全員把握しているつもりだった。

 しかしオーテムに盗聴させながら気配を抑えられる者に心当たりはない。

 また、そこまでリスクを冒し、集会を盗み聞きしようと目論む者にも心当たりはなかった。


 不穏なものを感じながらも、族長は集会所へと戻った。

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