<< 前へ次へ >>  更新
73/460

二十六話 ゼシュム遺跡⑰

 遺跡の揺れが、激しくなっていく。

 俺が砕いた部分の術式は何だったのだろうか。

 これは崩壊というより、別のものなんじゃあ……。


「おい、アベル! 早く背に乗れ、ほら!」


 マイゼンが屈みながら声を掛けてくる。

 ……最初に提案したのは自分だったが、能動的に声を掛けられるとなんだか余計に恥ずかしい。

 調査隊の人達が眠らされていてよかったかもしれない。


「あ……ちょっと待ってくれ。あの獣型ゴーレム、少し修復すれば動かせるはずだ。一度起動を解除して結界を解いてから再起動すれば、足として使える」


「今更恥ずかしがらなくたっていいだろう。僕だって、まぁ……あまり格好良くない絵面であることはわかっている」


 い、いや、恥ずかしいどうこうではなく、単にこっちの方が速いと思っただけだから……。


 壁に貼り付いていた獣型ゴーレムを風魔術で落とす。

 衝撃で魔力漏れを起こしていた部分を取り外し、細部が駄目になっていた制御装置を外してシンプルにした。

 これで簡単な動きしかさせられないが、その分俺でも充分に操作できるはずだ。


 錬金術で高密度のヒディム・マギメタルを生み出し、部分部分の強化や破損部位に当てた。

 十分程度でヒディム・マギメタルが分散して精霊と空気に戻り、ゴーレム自体が使い物にならなくなってしまうが……それだけ持てば今回の目的は果たせる。


 時間がないので三分程度で仕上げたため粗が多く、改良の余地は山ほどあるのが心残りだが仕方がない。


যন্ত্রপাতি(ゴーレムよ) নমন(従え)


「ゴォォオオオッ」


 俺の詠唱に答え、獣型ゴーレムが動き出した。


「も、もう直ったのか? こんな一瞬で……」


「まぁ基本的に切って他の部位と繋ぎ直しただけだからな。かなり単純化してるし、完全に修復したわけじゃあない。パワー自体は上がってるけど細かいところは劣化してるし、魔術で誤魔化しているだけだからすぐにまた壊れるだろう」


「よくわからないが……使えはするんだな」


「俺としては制御装置部分を簡略化するんじゃなくてきっちりと修復したかったんだけどな。それにこのゴーレム、元から魔力効率があまりよくなかったようだ。この辺りは時代のせいか、エルフの種族性のせいか……。魔力の循環における消耗率が」


「後で聞く! 後でいくらでも聞くから、今はとにかく動かしてくれ!」


「そ、そうだったな」


 俺が金属球をぶつけて破損させた部位を中心に、遺跡には罅が広がっていた。

 振動もどんどんと大きくなっている。

 俺は獣型ゴーレムの上に、マイゼンと共に乗った。

 俺が杖を前に振ると、それに従って獣型ゴーレムが駆け出した。


「アベル、入り口のところ、少しつっかえるんじゃ……」


 俺は杖を振り、魔法陣を三つ浮かべる。

 遺跡を傷付けるのはもう気にしなくていいので、思いっ切り魔術を使える。


বাতাস(風よ) ফলক(刃を象れ)


 俺は三つの風の刃を撃ち出し、出口部分の壁を崩した。

 出口が広がった。獣型ゴーレムが、そこへと飛び込む。


「ふぅ……単純な動きしかさせられないから、障害物があると少し面倒だな。マイゼン、さっき何か言ったか」


「……い、いや、なんでもない。なぁ、そんな簡単に壁を壊せるのなら、結界解除なんてやらなくて良かったんじゃないのか?」


「え? ああ、力技でもどうにかなったとは思うぞ。でもエベルハイドも嫌がってたみたいだったから」


「あれは本気にされてなかっただけなんじゃ……」


 そんなことはないと思うが……。

 確かに、軽く流された感じはしていたが。


「921……922……923……」


 通路に戻ると、メアがぶつぶつと数を数えながら突っ立っていた。

 表情が暗い。なんだか怖い。


「あ! や、やっと戻ってきた! 無事でしたかアベル? もうメア、心配で心配で……」


 メアは獣型ゴーレムの走る音に気付いてか、顔を上げた。


 メアに事情を説明しながら、他のゴーレムを片っ端から起動した。

 ゴーレムに調査隊達を抱えさせ、獣型ゴーレムにメアを乗らせる。


 移動中は魔術を乱射し、障害物や狭い通路を壊して少しでも早く進める道を選んだ。

 そうしている間にも遺跡全体の揺れは激しさを増していっていた。


 俺が遺跡を飛び出したのを先頭に、後から十体のゴーレムが続いて出て来る。

 どこに隠れていたのか、遺跡から逃げてきたらしいゴブリンの三体組が森へと走って行くのが見えた。


 外に出てから、崩壊に巻き込まれないように充分に距離を取った。

 ゴーレム達の動きを止めさせ、調査隊員達を並べさせた。


「ま、間に合った……死ぬかと思った……」


 マイゼンが遺跡を眺めながら、ほっと息を吐く。


 結局、神の矢はなんだったのだろう。

 杖か……それとも、言葉通り魔力を帯びた矢だったのか。

 危ないものには違いないのだろうが、それでも一目見たかったものだ。


「アベル、それなんですか?」


 メアが俺の手にしているものを指差す。


「ああ、壁の破片だ」


 砕いたときに飛んできたから、魔術で威力を押さえてキャッチしたものだ。


 それにしても変わった鉱石だ。

 エルフが錬金して造り出したものだろうと、エベルハイドはそう言っていた。


 手のひらの上に乗せて魔力を流して実験していると、少し軽くなった。

 波長の合う魔力が流れると、重力の影響を受けにくくなるのか?

 いや、どちらかというと浮力が生じるといった方が正しいか。

 応用次第で何かに使えるかもしれない。


「ん? 浮力?」


 話を聞いてから、引っ掛かってはいた。

 二千年前に地へと落とされたエルフ達が要塞を築いたのは天空の国(アルフヘイム)を奪還するためだと、エベルハイドはそう言っていた。


 しかしだとしたら、天空の国(アルフヘイム)から遠く離れたこの地に要塞を築いて何の意味があったのだろう、と。

 あくまでも神の矢を撃つための魔石を集めるために要塞を築き、そのことを『天空の国(アルフヘイム)を奪還するための手順』としてああ言っていたのかと解釈していたが、それでも少し腑に落ちない言い方ではあった。


 俺はまさかと思いながら、遺跡を振り返る。

 遺跡の壁に刻まれている術式が一斉に光り始め、封鎖されていたあちこちの扉が一人でに開き始めた。

 そして大きな爆音を上げ、ゼシュム遺跡が空高くへと浮かび上がった。

<< 前へ次へ >>目次  更新