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二十五話 ゼシュム遺跡⑯

 神の矢がどういったものなのかはわからないが、エベルハイドを野放しにするわけにはいかない。

 俺はオーテムをその場に置き、エベルハイドの後を追って走った。


 俺に続き、メアとマイゼンがついてくる。

 俺は立ち止まり、振り返った。


「……メアは、ここに残っておいてくれ。多分、危ないだろうから」


 マイゼンは鍛えているからそれなりに動けるだろうが、メアにそれは期待できそうにない。

 この先、何があるのかはわからない。

 遺跡の中は一通り見ているし、また魔獣が現れる、なんてことはないだろう。

 ここに残った方が安全だ。


「で、でも、不安ですし……。アベルが行くのなら、メアも……」


 しゅんと、首を項垂れさせるメア。


「大丈夫だって、すぐに戻るから」


「ほ、本当ですよね? メア、500数えたら後を追いかけますよ?」


「……いや、さすがにその倍は掛かるかな」


 エベルハイドはカップラーメンか何かか。


 ふと、ゴーレムに乗って移動しようかと考えたのだが……ゴーレムの並んでいるこの場所を越えた先は、狭い通路になっていた。


 背を屈めさせればどうにか越えられるかもしれないが、俺もあのゴーレムにそこまで細かい動きをさせられるわけではない。

 重心を前傾にすれば、バランスを取るのに苦労する。転倒に気をつけていれば無駄な時間が掛かってしまう。

 ただでさえ扱い方も半端にしかわかっていないのだ。

 ゴーレムを使うのは諦めることにしよう。


 通路の入り口の壁には、火やらエルフやらキメラやらの肖像が描かれており、如何にもな雰囲気を醸し出している。

 奇妙な絵柄だからこそ、味が出ている。


 この先に、エベルハイドがいる。

 下手に時間が掛かれば、神の矢とやらをエベルハイドが手にしてしまう可能性もある。

 先を急がねばならない。


 俺はマイゼンと共に、先へと駆け出した。


「まったく、とんでもないことに手を出してしまったな。退けと言っても聞かないんじゃ、仕方がないな。一応今は、僕がリーダーだからね。部下の手助けや尻拭いは、役割の範疇さ。リーダーとして、僕が最大限の助力を……あれ、アベル? もっと速く走らないとまずくないか?」


 通路に入って少し走ったところで、俺は足を止めた。

 マイゼンも俺に続き、足を止めた。


「……ごめん、体力切れた」 


 俺は息を荒げ、膝に手を置きながら言った。


「えっ」


 スタートダッシュは良かった。

 ただでさえ遺跡解析の疲労が重なっており、特製ポーションも切れている。

 変に気を張って走れば、こうなることはわかりきっていた。


「あの……本当に悪いとは思っているんだけど……俺ここで待ってるから、エベルハイドをどうにか止めてくれ」


 エベルハイドを放置はできない。

 あの言葉が本当ならば、エベルハイドは神の矢を使って地上で戦争を始めるはずだ。

 なんとしても、ここで喰い止めなければならない。


「ちょ、ちょっと待って!? それ、本末転倒になっていないか!? 僕があんなの止められるわけがないだろう!?」


「いや、でも見過ごすわけにはいかないし。ほら、リーダーは、部下の尻拭いとかも……」


「確かに今さっき僕が言ったことだけど、謝るから取り消していい!? え、冗談だよな? まさか、ここまで来て本気で言ってないよな?」


 マイゼンが俺の両肩を掴み、揺さぶる。

 そんなこと言われても、無理なものは無理だから仕方がない。

 俺はそっと目を逸らした。


「アベルゥッ!?」


「い、いや、俺の足見てくれよ。ほんっとうにパンパンだから。なんなら、触ってもいい。むしろ、ここまで走ってきたことを褒めてほしい」


 俺は自分で足を触りながら言う。


「ここまでって……振り返ってみろ。メアがまだ、キミを心配そうに見守っているのが見えるから」


 俺はちらりと振り返る。

 だいたい五十メートルない程度と言ったところか。

 思えば俺が生まれてから、こんなに長い距離を全力ダッシュしたことは今まで一度もなかったのではなかろうか。


 しかし、さすがマイゼンは鍛えているだけはある。

 あんな長い距離を走って、息ひとつ乱していない。


「やっぱりもう帰らないかい? 僕達には荷が重……」


「そうだ! マイゼン、俺を背負ってエベルハイドを追ってくれ!」


「え、ええ……。あ、ああ、うん、わかったけど……。確かにそれなら、大丈夫かもしれないが……」


 俺はマイゼンの背に乗った。

 通路を駆ける間、マイゼンは真顔になっていた。

 俺も正直恥ずかしいが、背に腹は代えられない。

 まさかエベルハイドも、おんぶ抱っこ状態で追ってくるとは予想だにしていないだろう。


 通路を抜けると、広い空間になっていた。

 四隅の角には、複雑な術式の刻まれた巨大な柱がある。

 要塞が動いていたとき、なんらかの役割を持っていたのだろう。


 奥には派手な装飾のなされた扉があった。

 恐らく、あのすぐ先に神の矢があるのだろう。


 部屋の真ん中には、四メートル近い背丈を持つ獣型のゴーレムがいた。

 モチーフは犬か狼辺りだろうか。

 どことなく耳や尾の特徴がハウンドに似ているような気もする。


「ゴォオオオオオッ!」


 ゴーレムが起き上がり、首を回す。

 身体中に魔法石を埋め込まれており、無骨な印象を持っていた。

 明らかに魔石の数が他のゴーレムよりも多い。

 内部に組まれている分もあるはずだ。他より格上、ということか。


「……エベルハイドが、起動していったみたいだな」


 要塞奥地を守るために設置されていたものだったのかもしれない。

 これが、最後の難関だ。

 エベルハイド自身は、そこまで苦労することなく無力化させられるはずだ。


「ひっ! ど、どうするんだアベル! こっちまでゴーレムは持ってこれないっていうのに! 引き返していいか!? もう、引き返していいか!?」


 マイゼンが俺を振り返りながら叫ぶ。


「あれ……多分、引き返してもこっちまでついてくるんじゃないか」


 他のゴーレムよりも背丈は大きいが、最初から這っている姿勢のため、通路を潜り抜けられそうだ。


「そ、そうだ! あれを操作し直すとかできないのか、なぁ!?」


「無理だろうな。あの手のゴーレムは大抵、そういうの防止で起動中は結界を展開するようになってる。繊細な干渉型は、まず弾かれる」


「……それ、詰んでいないか? な、なぁ? おい、アベル?」


 マイゼンが、不安気に声を掛けてくる。


「安心してくれ。ここは広いから、割と強めに魔術をぶっ放しても問題はないだろう」


「い、いや、あれは無理だろ! さすがに格が違うぞ! 完全に兵器だからな! キミは確かに強いのだと思うが、いくらなんでも危機感が足りない!」


「いや、でも……さっきと基本は同じだろうし、あれなら、機動力さえ削げればどうにでも……」


「ゴォォオオオオッ!」


 獣型ゴーレムが吠え、それから俺達へと向かって駆けてきた。


「く、くそぉっ!」


 マイゼンが、俺を振り落とした。

 俺は重力に従って地に叩き付けられる。


 な、なんだ、どうしたんだ?

 見限られたか?

 そんな……いや、しかし、今はそれよりもゴーレムが優先だ。

 杖、杖はどこだ。早く拾わなければ、ゴーレムの餌食になる。


 俺は地を這いながら、落とした杖を探す。

 あった、手に杖が触れた。俺は杖を抱きしめながら、ゴーレムを振り返る。


「何をしているんだ! キミは死ぬ気で逃げろ! 僕が、気を引く! 三十秒くらいなら稼いでやるさ!」


 マイゼンは、ゴーレムを回り込みながら遺跡の奥へと走っていた。

 恐らくゴーレムには、要塞奥を守る命令が下されているのだろう。

 優先順位がマイゼンの方が高いと踏んだらしく、ゴーレムの目がマイゼンをロックオンしていた。


「ちょ、ちょっと! そんな命張らなくても大丈夫だって! マイゼーン! こっちに戻ってきてくれ!」


「馬鹿なこと言ってないでキミは逃げろぉっ! 僕が、リーダーだぞ!」


 あそこまで離れられると、一撃で綺麗に仕留めるというのは選択肢が限られてくる。

 俺だって、そこまで正確にゴーレムの強度がわかっているわけではない。

 これくらいならどうにかなるかな、程度だ。

 もしも推量が外れて倒しきれなかったら、ゴーレムがマイゼンを押し潰すのが先になる。


「こっちに戻ってこーい! 近づいてくれたらやりようもあるから!」


「僕は、人を守って死ねるのなら本望だ! 小さい頃に冒険者に助けてもらったとき、この命は人を助けるために使うと決めている! 覚悟なら、とっくにできているさ!」


 マイゼンは、目に涙を浮かべながらゴーレムから逃げる。

 しかし、その差はどんどん埋まって行く。まるでチーターと兎の追いかけっこだ。


「声が震えてるぞ無理するなぁっ! 本当に、頼むから戻ってきてくれ!」


「ふふ、震えてなんかない! いいか、キミは、僕のことを英雄として語り継ぐんだ。だからそのために、無事に帰ってくれ!! 早くしろ、僕を無駄死ににするつもりか!」


 駄目だ、なんかいい感じの台詞言ってる。

 今この土壇場でマイゼンを説得するのは不可能だ。


 ……これだけ広いのだし、多少力を込めても崩れることはないだろう。

 この遺跡だってそこまでヤワじゃない。二千年間存在し続けてきた要塞だ。

 ちょっとやそっとじゃ壊れやしない、多分。

 ちまちましていたらマイゼンの命に関わる。


তুরপুন(錬成せよ)


 俺は宙に杖を向ける。

 空気中の成分、精霊、魔力を組み合わせれば、ヒディム・マギメタルという金属が生成される。

 この金属は作り手の魔力の影響を強く受ける性質がある。

 もっとも魔力が分解されてすぐに分散する特徴があるので、何かの素材に使うことはできないが……。


 白銀色の金属が宙に浮かぶ。それに纏わりつくように、次から次へと金属が貼り付いていく。

 あっという間に、ゴーレムの頭ほどの大きさがある金属球ができあがる。

 これくらいの大きさと密度なら、無傷ということはないだろう。


「そらぁっ!」


 俺が杖を振るうと、ヒディムマギメタルの塊が真っ直ぐに撃ち出される。


「ゴォォオオオッ」


 ゴーレムが足を止め、こちらを振り返る。

 その左肩を、金属塊が弾いた。

 ゴーレムからめきっと音が鳴り、子犬のように吹っ飛んでいって壁に貼り付いた。


「……クゥン」


 それは鳴き声だったのか、停止音だったのかはわからない。


「よし、どうにか……あ」


 逆側に飛んでいっていた金属球が、広間の隅の柱の一つを大きく抉っていた。

 落ちた金属球が、辺りを大きく揺らす。床にめり込み、罅を入れていた。


「…………ありがとう、アベル。助けられたようだね」


 マイゼンが腑に落ちなさそうな表情を浮かべながら、壁に貼り付いたゴーレムを見つめていた。

 まだ、ぴくぴくと四肢が動いている。しかし、もう使い物にはならないだろう。


「ああ、ああ、うん」


 なんとなく、気まずい。


「……ひょっとして僕、足手纏いだったかな」


「と、飛び出してくれてありがとうな。ほら、えっと、俺も嬉しかったから……」


「僕は今、イエスかノーかで答えられる質問を……」


 ……しかし、派手に遺跡を壊してしまったな。

 いや、もういいのかもしれないけど……これ、後で領主の物になるかもしれないんだよな?

 こんなに破損させてたら、何か請求されたりしないだろうか。


 日本でだって、遺跡の柱に『アベル参上』と刻んだらニュースに取り上げられて大騒ぎになる。

 それを、金属球ドーン、ドーン、わっちゃらほいほいだ。

 領主が話の通じる人ならいいが……言っちゃ悪いが、ウェゲナーを派遣した時点で信用はない。


 ……どうにか、エベルハイドのせいにできないだろうか。

 そ、それくらいはいいよな?


「まぁ、これくらいで済んで良かったというべきか。遺跡が崩れでもしてたら、全員生き埋めに……」


 俺がぽつりと独り言を零すと、それと同時に遺跡が大きく揺れ始めた。

 崩れていた柱の上から、瓦礫が落ち始めてくる。

 まさか、あそこを中心に崩壊を始めているのか。


「お、おいアベル、これ、大丈夫なのか? なんだかまずくないか?」


「……あの柱、崩しちゃヤバイ奴だったかもしれない」


 役割はわからないが、何か複雑な術式が刻まれていた。

 要塞の維持に関わるものだったのかもしれない。


「まさか、遺跡が崩れるなんてこと……」


「ちょ、ちょっと! 今すぐ俺を背負って、あの奥の扉へ……」


「お、奥に行くのか? 今度こそ逃げた方が良くないか!?」


「いや、このままじゃ、エベルハイドが……」


 マイゼンが眉を吊り上げる。


「あれは放っておけ! 自業自得だ! 言っちゃ悪いが、戦わなくて済んで良かったと思うべきだ! 生きたまま連れ帰ろうとでも思っていたのか!」


「で、でも……」


 あんな人でも、調査の間は互いに魔術について語り合い、尊重し合って来た仲なのだ。


 エベルハイドは、俺のことをただの道具としか見ていなかったのかもしれない。

 だが、俺が誘いを断ったとき、少しだけ寂しそうにしていた。そんな気がするのだ。

 俺が、そう思いたいだけなのかもしれないが。


 エベルハイドが先祖の血に囚われていなければ、対立することなんてなかっただろう。

 もしもどこか、例えば街の魔法具店なんかで会っていれば、きっと……。


「……調査隊の人達も、気を失ったままなんだぞ。運び出すのにも時間が掛かる。彼らを見殺しにするつもりか? それにエベルハイドは、生きて帰ったとしても、今件が明るみに出れば死刑は逃れられないだろう」


 奥の扉を見る。

 ずっと求めていた宝を抱いて遺跡と共に死ぬのならば、街で死刑になるよりかはいくらか救いがあるのかもしれない。

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