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二十四話 ゼシュム遺跡⑮

「ほう、あれを凌ぐか。さすがは木偶使いのマーレンよ」


 エベルハイドは手に握っていた色褪せた魔石を地に落とした。


「……エベルハイドさん、お願いです」


「今更説得になど、応じると思うか? 私は生まれてから今日まで、ずっとこの日を夢見て生きてきたのだ。三百年だ、三百年。貴様らなぞには、想像もつかんだろう」


 エベルハイドは、袋から次の魔石を取り出す。

 ……あの魔石、趣味で申請を出したのかと思ったが……神の矢とやらを使うためのものだったのだろうか。

 冷静に考えれば、エベルハイドの凶行を予測できる点はあったのかもしれない。


「……投降してください」


「くだらんな、そんなこと……」


「今の立ち位置だと、俺、絶対に負けません」


「な、なんだと?」


「どの程度手加減できるか、わかりません。ですから、投降してください」


「…………」


 エベルハイドは黙り、俺を睨む。


「お、おいアベル! この状況で挑発してどうする!」


 マイゼンが、俺の肩を掴んで説得して来る。


「いやでも、実際そうだし……。建物内だから、下手したら崩すことになるかもしれない。そうなったら、エベルハイドさんが下敷きになるかも……。これは別にエベルハイドさんを軽んじてるからじゃなくて、手加減してまたさっきみたいなのぶつけられたらまずいって意味で、むしろ重く見てるからこそ……」


「それでも言い方ってものがあるだろうが!」


「……確かに、ここでなければ私が負けていたであろう。それは認めてやる」


 エベルハイドは指先を、ゴーレムへと向ける。


যন্ত্রপাতি(ゴーレムよ) নমন(従え)


 しゃがんでいるゴーレムの内、一体が立ち上がった。

 真っ白な石の巨体。天井すれすれまである、三メートル近い背丈。


「見よアベル! これがゼシュムの兵、破壊の白き巨人だ! 短い間であったが……貴様のことは覚えておいてやる。ゼシュム再興の、最大の貢献者としてな! その名誉を抱いて死ぬがいい!」


 エベルハイドの操るゴーレムが、こちらへと向かってくる。

 一歩歩く度、遺跡全体が大きく揺れた。


 走っているゴーレムを観察していると、身体の周囲が時折仄かに発光している。

 起動と同時に魔術干渉を妨げる結界が自動展開するよう内部に組まれているようだ。


 正面から魔術で迎撃して、結界ごと粉砕するか?

 いや、でも……どれほどの強度を持っているのか、わからない。

 屋内の、それもこんな入り組んだところで本気で魔術を使うわけにもいかない。

 下手すれば全員生き埋めになりかねない。


 俺は通路脇へと移動し、しゃがんだ姿勢のまま固まっているゴーレムの身体に手を触れた。

 同じ造りのものなら、解析すれば弱点がわかるかもしれない。


「に、逃げましょうアベル! あんなの、敵いっこありませんって!」


「そうだ! あのゴーレム、二千年前のエルフの兵器だぞ! 僕達が関わっていいものじゃない!」


 メアとマイゼンが二人がかりで俺の説得に掛かってくる。


「で、でも封印解くのにすでに関わっちゃったし……俺が責任、取らないと……」


 俺はゴーレムに魔力をガンガン流し、解析を進める。

 結界ほどではないが、解析対策の妨害が多い。

 戦争時なら、ゴーレムの性能が割れれば大きく不利になる。

 かなりのプロテクトだが……俺には、エベルハイド同伴で行った結界の解除で得た知識がある。


「大丈夫ですって! アベルがいなくても、解けてたかもって言ってたじゃないですか! とっとと逃げましょう!」


「……あ、割とどうにかなりそう」


「え、ほ、本当ですか? でも無茶はしない方が……」


 俺は立ち上がり、ゴーレムから二歩ほど距離を取る。


যন্ত্রপাতি(ゴーレムよ) নমন(従え)


 杖を振ると、しゃがんでいたゴーレムが起き上がった。


「あ、動いた」


「え、そ、それ、動せちゃっていいんですか?」


 メアが不安そうに眉を顰める。


 いや、動かして駄目なことはなかろう。

 力負けするなら、同じものを用意すればいい。

 弱点を探るつもりだったが、どうにかこうにか動かせそうだと踏んだのでやってみた。

 しかし、少し不完全だな。


「……馬鹿な、な、なぜ貴様が、ゼシュムのゴーレムの起動術式を知っている!」


 ようやくエベルハイドから焦りが見え始めてきた。

 この様子だと、エベルハイドは先祖からゴーレムの起動術式は引き継いでいたのだろう。


「いや、でも起動するところ見たし……」


「あ、あり得ん。あの暗号化を、一目で見切れるはずが……」


「その分を今、解析で補ったし……。そもそも、昔のエルフの術式の基本の型を教えてくれたのはあんただろ」


「魔石の膨大な魔力がなければ、ゼシュムのゴーレムの起動は……」


「いや、実際できたし」


 俺が答え続けると、エベルハイドは口を閉ざした。

 この様子なら、上手く脅しを掛ければ降伏を取れるかもしれない。


 俺も、あまり手荒なことはしたくない。

 エベルハイドは、数少ない魔術について対等に話せる相手だった。


「ぐ……それでも、エルフの血を引かん貴様には操り切れまい! 見よう見真似で動かしたとて、所詮は付け焼刃! 押し潰すのだ、白き巨人よ!」


 エベルハイド操るゴーレムと俺の操るゴーレムが衝突し、組み合いになった。

 俺の操る方が、押されている。

 魔法陣が不完全な分、本来の力が出せないのだろう。


「少し脅かされはしたが、ここまで……」


যন্ত্রপাতি(ゴーレムよ) নমন(従え)


 俺は、エベルハイドの操るゴーレムの背後へと杖を振るう。

 三体目のゴーレムが立ち上がり、背後からエベルハイドのゴーレムを押し倒した。


「そ、そんな、そんな馬鹿な! こんな……」


 更に杖を振るう。

 直線状にあった四体目のゴーレムが動く。

 三体のゴーレムが、一体のゴーレムを羽交い締めにした。

 その内にゴキっと音が鳴り、エベルハイドのゴーレムはバラバラになった。


「こんなこと、あるはずがない……あっては、ならんのだ! 人間の魔力で、それも一体ならまだしも……三体など……。こ、ここまで来て引けるものか! 私の手で、ゼシュムの悲願を果たす! すぐそこ……すぐそこまで、来ているのだ! 我が血の二千年、貴様なんぞに壊されて堪るものかぁっ!」


 エベルハイドは、魔石を二つ取り出す。

 俺に対抗し、更に二つゴーレムを動かすつもりだろう。


 俺はエベルハイドの腕よりも早く、杖を振るう。

 浮かべた魔法陣は、三つだ。


যন্ত্রপাতি(ゴーレムよ) নমন(従え)


যন্ত্রপাতি(ゴーレムよ) নমন(従え)


 俺に遅れ、エベルハイドが詠唱する。


「さぁ行け、白き巨人よ!」


 エベルハイドが俺へと腕を向ける。

 ゴーレムは、その言葉には従わない。


「行け、白き巨人よ! クソ、な、なぜだ!」


「その辺りのゴーレムは、俺の支配下にあるぞ。このゴーレム、起動したら魔術を弾く結界が展開されるんだろ? 上書きは無理だろ」


 俺の操った新たなゴーレム三体が、エベルハイドを取り囲んだ。


「その位置から、ここのゴーレムを起動したというのか!? 魔力減衰が生じるから、距離が開けば干渉型の魔術は、効果を失うはずだ!」


 ゴーレム三体が、エベルハイドを囲んで動きを止める。


「もう、諦めてくれ。エベルハイド、お前の負けだ」


 エベルハイドは、道の先を振り返る。


「すぐそこ……すぐそこまで、来ておるのだ……。神の矢が、あと少しで手に入る……それを……それを……こんなところで、投げ出せるものかぁっ!」


 エベルハイドは、俺に背を向けて駆け出した。

 二体のゴーレムの隙間を潜り抜けようとする。


「あ、お、おい! クソッ!」


 俺は杖をエベルハイドへと向ける。

 ゴーレムが、エベルハイドを捕らえようと動く。


বিস্ফোরণ(爆発せよ)


 エベルハイドが、床に向けて魔術を放った。

 爆音が鳴り、煙が舞った。

 エベルハイドは爆風を利用し、ゴーレムの腕をすり抜けた。


「なっ!?」


 凄まじい執念だ。

 爆風に弾かれ地に身体を打ち付けて怪我を負いながらも、エベルハイドは素早く立ち上がって奥へと目指して駆けていく。

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