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二十三話 ゼシュム遺跡⑭

 俺は走り、早歩きのエベルハイドへと追い付いた。


 散々歩き回り、魔術を使い倒したせいか、ちょっと息が切れた。

 そろそろアベルポーションを飲むかと思い、懐を弄る。


「……あれ、もう切れてたっけ」


 エベルハイドに渡そうとして……それから違法だと指摘され……ホブゴブリンの襲撃が……あれ、返してもらってない?

 置きっぱなしにしてしまったのだろうか。


 あれが持ち歩いている分の最後の一本だったようだ。

 馬車にはまだまだ積んであったはずだが……今から取りに戻るわけにもいかない。


「あの、エベルハイドさん……まさかとは思うんですけど、遺跡の奥に何があるか、知ってたんじゃあ……」


「やはり貴様は、勘がいい」


 やっぱり、知っていたのか。

 だったらどうして、知らない振りをしていたのか。

 今までの様子から見るに、領主にも黙って出資させていたはずだ。


「この扉の先には、左右に十体ずつゴーレムが並んでいる。天空の国(アルフヘイム)の技術の集大成だ。案ずるな、遺跡を守っているわけではない。ただの使われていない兵器だ」


 ……俺になら、喋ってもいいと考えているのか?


「その更に奥には、何があるんですか」


「そうだな。我らゼシュムに伝わる、昔話をしてやろう」


 それからエベルハイドは、語り始める。

 前を向いて、歩みながら。


「宗教戦争に敗れた我らゼシュムのエルフは、地上へと追いやられた。我らエルフにとって、それは最大の屈辱である。安らかな、されど確実な種の衰退。ある意味では死刑よりも惨い。血が滅ぶまで何代にも渡り、嘆き、天を妬むことしかできぬのだからな」


 エベルハイドの話を聞きながら、二つ目の扉を越える。

 今までとは違い派手な塗色のなされた通路が広がっていた。


 壁が半楕円状に引っ込んでおり、その窪みには三メートルはあろう真っ白な土人形が座っていた。

 ゼシュムのゴーレムだ。

 エベルハイドの言葉通り、左右に十体ずつある。


 俺のすぐ背後で、調査隊員やウェゲナーが感嘆の声を上げる。

 俺だって、今の空気でなければゴーレムに飛びつきたいところだ。


「だが、我が祖先は諦めなかった。地上のノークスを蹂躙、略奪し、強固な要塞を築き上げた。なんのためか? すべては天を落とし、再び我らゼシュムが玉座につくためだ」


 今世間で言われているのは、ノークスからの迫害に遭ったエルフが対抗策として築いたのがゼシュムの遺跡だ。

 しかし、これではまるで正反対だ。

 先に襲ったのがエルフだったとは。


「やがてゼシュムのエルフは、地上でも忌避されるようになった。そんな中あろうことか、ゼシュムの王がノークスと恋に落ちたのだ。王は自らの側近に命じ、強力な結界を敷いてゼシュムの要塞を封印した。

 完全に壊してしまえば、ゼシュムのエルフが迫害に遭うとでも思ったのだろう。和解案としてゼシュムの要塞を封印することで、同時にノークスへの脅しを掛けたのだ。もっとも、……結局王は、他のエルフに殺されたがな」


 エベルハイドが語ったのは、表向きには綴られなかったゼシュムの歴史だ。


 エベルハイドの話が衝撃的だったのか、メアが俺の手をぎゅっと握った。

 メアの方を見ると、不安気に俺を見ていた。


「じゃあ、神の矢は……」


 俺はエベルハイドに視線を戻し、尋ねる。


「当然、天空の国(アルフヘイム)を射抜くための兵器だ。あれさえあれば、国でもなんでも、この世のものならばすべてが手に入る。世界で最も価値のある宝よ。天秤に掛けてノークスの女を選ぶなど、なんと愚かな王か」


 ゴーレムの並ぶ通路の真ん中まで来たところで、エベルハイドは足を止め、身を翻す。


「さて、貴様らは用済みだ」


 エベルハイドは言いながら、腕を振り下ろす。

 その照準の先は、ゴーレムにはしゃいで調査隊達に弁を振るっているウェゲナーだった。


শিখা(炎よ) এই হাত(球を象れ)


 まさかとは思っていたが、警戒はしていた。

 俺は杖を横に振るう。


 エベルハイドの浮かべた魔法陣に線が入った。

 エベルハイドの手元が爆ぜ、煙が広がった。


「ぐっ!」


 魔法陣の掻き消し。

 高度な技術ではあるが、実践的ではないと本には書かれていた。

 魔術師同士が対峙した場合、掻き消せる状況ならば他の魔術を撃った方が早いからだ。

 それに相手の詠唱が速ければ、失敗も多々ある。


 掻き消しを封じるため、魔法陣の核になる部分を暗号化してわかり辛くしている場合もある。

 エベルハイドの魔法陣もそうだった。

 まったく核が掴めなかったため、ヤマを張って線を引くことになった。

 その結果、完全には消しきれず、暴発することとなった。


 以前ノズウェルと対峙したとき魔法陣を描き換えて魔術の向きを反対にしてやったことがあるが、あれは例外中の例外だ。

 普通の魔術師は、魔法陣の転写から詠唱は一瞬だ。

 暗号化まで仕掛けられていたら、解析してから描き換えている猶予などまずない。


「ひ、ひぃ! なな、今、私に魔法陣を……。エエ、エベルハイド殿よ、何を考えておられる! 返答次第によっては、ただではおかんぞ!」


 ウェゲナーはその場にひっくり返り、煙の向こう側にいるであろうエベルハイドへ指先を向けていた。


 煙が薄れたとき、エベルハイドは大きく遠ざかっていた。

 

「やはり、貴様は優秀だなアベル。この私の術式を止めるなど、ハイエルフでもできるものはほんの一握りであろう。誇ってよいぞ」


 エベルハイドは口許に笑みを携えたまま、拍手をする。


「……どういう、つもりですか」


 俺はエベルハイドに杖を向けたまま、そう言った。


「神の矢は、ノークスなぞの手には余る。あれはゼシュムの末裔たる私のものだ。領主の兵など、もう用済みだ」


「ふふ、ふざけるでない! 貴様ぁ! このウェゲナーを謀ったというのか!」


 背後から、ウェゲナーの声が聞こえてくる。

 エベルハイドはウェゲナーには興味がないらしく、目をやることもなかった。


「神の矢を放つためには、それ相応の魔石が必要だ。結界の残りと私の手持ちを合わせても、三発と撃てぬ代物。私は地上を制圧して魔石を集め、いずれは天空の国(アルフヘイム)を手中に収める。天と地、文字通りこの世のすべてを手に入れるのだ」


「……制圧って、そんな」


 制圧とは言っているが、要するに兵器を用いた略奪だ。

 力を見せつけるため、実際に神の矢も使うだろう。

 どれほどの威力があるものなのかは知らないが、そんなことをすれば、何人も人が死ぬことになるのは明らかだ。


 エベルハイドの手が、俺へと伸ばされる。

 魔術の前動作かと思い、俺は身構える。


「アベルよ、私の右腕となれ。さすれば世界の半分を貴様にくれてやる」


 エベルハイドは左の手のひらを向け、そう宣言した。


 俺の横にくっ付いていたマイゼンが前に出て、剣を抜いた。


「狂人が! アベル、あのエルフ、どうにかできるか?」


「ちょ、ちょっと待ってくれマイゼン!」


「まさかキミ、従うつもりじゃ……」


「エ、エベルハイドさん。今だったら、聞かなかったことにする。だから……」


 エベルハイドは俺の言葉を聞き、鼻で笑った。


「ふん、確かに魔術は一流だが……所詮は子供だな。しかし、貴様と正面からぶつかるのは骨が折れそうだ」


 エベルハイドが魔石を一つ手に持ち、腕を真上に振り上げる。

 大きな魔法陣がエベルハイドを囲むように浮かび上がった。


ক্রোধ(眠りの)বন(森の)পূতিবাষ্প(瘴気よ)


 エルフの秘術なのか、まったく聞いたことのない詠唱の並び、魔法陣の構造だ。

 警戒されたせいか、詠唱から発動までが先ほどよりも早い。

 それに、距離が開きすぎている。今から魔法陣に干渉して妨害するのは不可能だ。


 あっという間に魔法陣が黒い光を放ち、どす黒い煙を放った。

 煙はたちまちに広がり、俺達の方へと向かってくる。


 規模が大きい。

 黒い煙は通路を完全に覆っていく。

 魔石の魔力を使って嵩増ししたらしい。


「うっ……হন(運べ)!」


 俺が唱えると、俺の目前に世界樹で彫ったオーテムが現れる。

 転移の魔術だ。

 俺は宙に浮かぶオーテムを両腕で抱える。


পুতুল(人形よ) পান(吸え)


 オーテムを中心に魔法陣が浮かび、発光する。


 オーテムの口へと、黒い煙が吸い込まれていく。

 俺は逃げようとするマイゼンの足を引っかけ、その場に転がした。


「痛っ! ア、アベル、何を……」


「オーテムの近くが一番安全だ! メアもっ!」


 黒い煙は俺達の傍まで来ると、オーテムに吸い込まれていく。

 だが吸い損ねた分が後ろへと通り抜け、あっという間に調査隊員やウェゲナーを呑み込んだ。


 黒い煙が収まったとき、立っているのは俺とメア、マイゼン、それからエベルハイドだけだった。


 ウェゲナー達は倒れてはいるが、死んではいない……はずだ。

 魔力の感じからして、命を奪う類のものではない。眠らせて手早く無力化するための魔術だろう。

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