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二十二話 ゼシュム遺跡⑬

 遺跡の通路を歩く。

 ずっと閉ざされていた扉に、エベルハイドが手を触れる。

 グリフォンのあった台座には、今はもう何もない。


খোলা(開け)


 エベルハイドが唱えると、石の扉が上がった。

 それと同時に、遺跡の外側からも大きな音が聞こえる。


「窓が、開いたみたいですね」


 そういう構造になっていたことは、パッと見でわかっていた。


「……そのようだな」


 エベルハイドが短く答える。

 自発的に抑えているようではあったが、声色から昂揚を感じた。

 こんなときくらい素直に喜んだらいいのに、本当に堅物根性が据わっている。


「ほほー、ついに、この先に神の矢と称される宝が……! 待たれよエベルハイド殿、先頭はこのウェゲナーが……」


 ウェゲナーは途中まで言って、エベルハイドに睨まれてすごすごと引き返していった。

 あんた、本当に何しに来たんだ……。


 扉を越えた先には、長い通路が広がっていた。

 戸の内側には、魔石が置かれていた。結界の原動力だ。


 王級だ。それが、いくつも置かれている。

 奥へ直進せず寄り道すれば、もっとたくさん見つかるはずだ。


 二千年前のエルフマジパネェ。

 結界に消費され続けて大きく価値は落ちているだろうが、それでも宝の山だ。


 回収してから行こうと思ったが、エベルハイドは奥へ奥へと進んでいく。

 どうやらそういう雰囲気ではないらしいと察して、後回しにすることにした。

 俺も、それくらいの空気は読めるのだ。

 惜しいが。滅茶苦茶惜しくはあるが。


 しかし、あれを無視するほどの宝が本当にこの先にあるんだろうか。

 劣化していない当時なら、合わせて百億近くの価値があったはずだ。

 魔石の相場が違ったのかも知れないし、エルフの故郷である天空の国(アルフヘイム)では王級魔石がざくざく出てきていたりした可能性はある。


 エルフは基本的に排他的だから、わざわざ交易のためなんかに降りてきたりはしないだろうし、他の者もそれを許しはしないだろう。

 物価が大きく違ってもおかしくはない。


 エベルハイドは通路を歩きながら、口を開く。


「感謝しておるぞ、アベル。私はもう長くない身、死ぬまでに間に合って良かった。悲願を託せる子孫もおらんからな」


「またまた御謙遜を。エベルハイドさんなら、どうにかやっていましたよ」


「解析は、一つの見落としが十年足を引っ張ることもある。あれだけ大口を叩いておっただけのことはある」


「へぇーエベルハイドさん、子供いないんですね。なぁーんかメア、意外です」


 俺にくっ付いて歩いていたメアが、口を挟んでくる。

 俺は大慌てでメアの口を塞いだ。


「ちょっ、な、何するんですかアベル!」


「ぐぉっ!」


「あれ、普通に振り解けた」


 普通に振り解かれた。

 なんかもう、恥ずかしい。


「い、いや、その話は、タブーっていうか……」


「……構わん」


 エベルハイドは前を向きながら言い、言葉を続ける。


「エルフはディンの魔力がほとんど届かぬ地上では、代を重ねる程に身体の能力が衰えていく。特に落ちるのが、出産能力だ。元より天空の国(アルフヘイム)のエルフですら、ディンの近づく日を待たねば子を孕むことはないのだからな」


 そのため天空の国(アルフヘイム)で暮らすエルフは、そうでない者より優れているとして区別するため、ハイエルフと呼ばれることが多い。

 エルフは自尊心の高い者が多いと、そう聞いたことがある。

 エベルハイドにとっても、この仕分けはさぞ屈辱なことだろう。


「私は生まれてから三百年近くになるが、ついに子を持つことはできなかった」


 ……エベルハイドは四百歳は超えていると思っていたが、三百歳だったか。

 寿命の方にも退化が出始めているのだろう。


 エルフは種族至上主義の傾向が強い。

 エベルハイドも他種族と子を成す、という選択はなかったようだ。


「私は生まれてからずっと、この遺跡の結界解除に人生を捧げてきた」


「さんびゃっ……」


「私だけではない。父や祖父、世代を掛けて結界の解除に挑んできた。ようやく私の代で、結界の一番外側の部分の解除に成功したのだ」


 道理で、まるで見てきたかのように纏められたメモだったはずだ。

 あまりにきっちりしているから、封印を施した人間が子孫にヒントを残してくれていたのではないかと勘ぐったほどだった。

 千年越しの集大成だったか。

 あれがなければ、俺も手も足も出なかっただろう。


「ついに、ついに私は、ここに足を運んだ……。私は、間に合ったのだ」


 そうしてエベルハイドは、手で口を覆う。

 初めて、しっかりと笑った。


 だがその笑いは、少し嫌な種類の笑いだった。

 笑い返そうとした俺の口許が、引き攣ったのを感じる。


 俺は思わず、足を止める。

 エベルハイドは俺を置き去りに、先へ先へと歩く。


「エベルハイド……さん?」


 俺は立ち止まったまま、呟く。


 それから、考える。

 他の人はともかく、エベルハイドは絶対に魔石の価値が分かっていたはずだ。

 なぜそれを無視し、迷うこともなく奥を優先するべきだと判断することができたのか。


 ゼシュム遺跡に何があるのかを解き明かしたいと、エベルハイドは言っていた。

 だから遺跡の奥に何があるかなんて、エベルハイドも知らないはずなのだ。

 遺跡の奥を見ることが目的だから魔石を無視することができたのだと、好意的にそう解釈することはできる。


 できるが、どうにも引っ掛かる。

 さっきの笑みも気になる。


「どうしました、アベル?」


 横を歩いていたメアが声を掛けてきた。


「い、いや……」


 気のせいだ。

 気のせいに決まっている。


「嫌な気配がするんだろう? わかるさ、僕もこういう勘はいいからね。いいかい、僕から離れるんじゃないぞ。魔術師の盾になるのが、剣士の役割の一つだからね」


 後ろを歩いてきたマイゼンが寄ってきた。


「……そんなこと言って、アベルの近くが一番安全だと思ってるだけじゃないんですか?」


 メアが俺の右肩を引っ張る。


「当たり前じゃないか! だとしたら悪いか! 僕も必ず支援を受けられて安全だし、アベルも不意打ちを防げるから安全だろうが! 実利的な効率もあるんだぞ!」


 マイゼンが俺の左肩を引っ張る。

 なんだこの嫌な構図。


「おい野良魔術師よ。このウェゲナーを守……」


 ともかくすぐに歩みを再開し、エベルハイドを追いかけた。

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