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二十話 ゼシュム遺跡⑪

「どうだ?」


 俺がグリフォン像に手を乗せて解析を進めていると、エベルハイドが声を掛けてくる。


「鳥系統の魔力が混じっているような気がします。クロックバードの羽ありましたよね。次は、あれをちょっと同化させてみましょう」


「わかった」


 元ホブゴブリンのゴブ郎は、脅えたように口許をがくがくと震えさせている。

 すでに数種の改造を施したため、ホブゴブリンではない。ゴブリン・キマイラとでも呼ぶのが正しい。

 このサイズのキメラを作るのは初めてなのでちょっとわくわくする。


 三体のゴブリンにはそれそれゴブ郎、ゴブ子、ゴブ島と俺の心中で名付けることにした。

 別に三体ともオスではあるが。


 エベルハイドは調査隊員から一枚の羽を受け取り、ゴブ郎の背に乗せる。

 それから小瓶の蓋を開け、中の液体をゴブ郎の背に撒く。


 エベルハイドが、ゴブ郎へと手を翳す。


আত্তীকর(同化せよ)


ぱぁっと光り、水が背に吸い込まれていく。

 エベルハイドは、杖を用いない。指輪がその役割を果たしているようだ。

 ああいうのもいいな。今度、金が入ったら作ってみよう。


「じゃあゆっくり試すので、じょじょにお願いしますね」


「ああ、わかっておる」


 俺もゴブ郎の項に埋め込んでいる魔石へと杖を向ける。

 魔石を中心に添え、首には魔法陣が刻まれている。ゴブ郎の魔力を利用するためのものだ。


 魔石へと魔力を流すとゴブ郎が手を上げ、グリフォン像の土台にへと手を触れる。

 ゴブ郎の手を通じ、グリフォン像に魔力が流れる。

 俺はグリフォン像に手を触れ、流れを解析する。


「いい感じ! 手応えありです! でもあと一歩、届かない感じが……」


 俺は魔石へと杖を向け、ゴブ郎に流す魔力を調整しながら解析を進める。


「役割を一度変えてみるか?」


「いえ、もうちょっと探らせてください……。もうちょっとクロックバードと馴染ませて……後は何か、魔力の溜まった角を……あ、やっぱ今のなし! このままで! このままでいい感じです!」


 グリフォン像が高温で熱されたように赤くなり……次の瞬間には、崩れた。

 結界を通じて連動していたため、別の位置にあったグリフォン像も粉になって四散した。


「やった! やりました! 三重構造結界の外側の部分の機能は停止したはずです!」


「……これで、先が見えてきた。この調子ならば、今日の内にすべての結界を解くことも可能かもしれぬ」


「ええ! ぱぱっとやってしまいましょう!」「おい、見たか? 今、結界が……」


 振り返ると、調査隊員とウェゲナーがドン引きしたように俺達を見ていた。


「ゴ、ゴブリンが可哀相……」


 調査隊員の一人が、ぽつりと呟いた。


「鬼だ……」

「見てみろよ、白目剥いて泡吹いてるぞ。あれもう、死ぬしかないだろ」

「なんで変な斑点できてるんだ? あれ、大丈夫なのか? 変な瘴気とか吹き出しそうなんだけど」

「なんか宙を見てないかあのゴブリン」

「多分、親の幻影とか見てるんじゃないのか?」


 お、おい、お前達もホブゴブリン狩ってたじゃないか。

 自分のことを棚に上げてそんな……。素直に祝ってくれてもいいのに。

 なんでそんな急にゴブリン愛護精神に燃えてるんだ。

 生かして残しといても、他の人間が危険な目に遭うだけなんだぞ。


「……おい、あの小僧は生体魔術の許可を持っておるのか?」


「さ、さぁ……。しかし、エベルハイド様は持っていられたはずですから、エベルハイド様主体で動いたという建前であれば問題はないかと……」


「しかし、どう見てもあの小僧主体であったぞ。あの歳で生体魔術の許可を持っておる小僧がおれば、私の耳に入っているはずだ。あれは国法違反ではないのか?」


「…………わ、私にはエベルハイド様主体に見えました」


「おい、このウェゲナーの目を見てもう一度同じことを言ってみよ、おい」


 ウェゲナーも調査隊員の一人を捕まえ、何やら不穏な話をしている。

 まさか、生体魔術にも許可がいるのか。

 自動車免許みたいなのがあるのだろうか。

 確かに俺も、素人が下手に生体魔術を使えば恐ろしいことになるのはわかるが……そんな邪魔臭い決まりごとがあったのか。


 ……法の届かない田舎に帰りたくなってきた。

 そこまで徹底した管理にはなっていないことを祈りたい。


 他のグリフォン像の許へと移動し、また二重目の結界を解除した。

 二重目の結界と連動していたグリフォン像が崩れ落ちる。残るは最後、三重目だけだ。


 ただその犠牲となり、ゴブ郎とゴブ子が死んだ。

 ゴブ郎が死んだのは体力の限界だったのだろうが、ゴブ子が死んだのは俺のミスだ。

 ゴブ島だけで最後の結界を突破しなければならない。

 ゴブ島で駄目ならば、他のゴブリンを捕まえる必要がある。


 もう少し生け捕りの数を増やすべきだったか。ここまで生体魔術が難しいとは思っていなかった。

 最後の一体ということもあり、プレッシャーもある。

 なんとか乗り切れればいいのだが……。


「頼りにしているぞ、ゴブ島」


 俺は、調査隊の人が背負っているゴブ島へと声を掛ける。

 ゴブ島は死んだ目で天井を睨むばかりであった。


 最後のグリフォン像に挑む。

 魔力でグリフォン像の解析を充分に行ってから、早速ゴブ島の魔改造へと挑む。

 一度目、二度目と同様、総当たりに近い形で、魔力傾向の偏っている魔獣の一部をゴブ島へと同化させていく。


「エベルハイドさん」


「どうした?」


「ちょっとまずいことが。この像をぶっ壊してから、連動している他の像の解析に移った方がいいかと」


 この像には、罠がある。

 正攻法で解こうとすれば作動する嫌らしい仕掛けになっている。


「気付いたか。しかし、壊せると思うのか?」


「……やってみなければわかりませんが、自信はあります。ただそのときは、通路も破損させてしまいそうですが」


「大した自信だな。心配するな、叩き伏せてやればよいだけだ。そのための戦力なのだからな。いざとなれば、私の奥の手もある」


 エベルハイドは高級魔石を詰め込んだ袋を俺へと向ける。

 エベルハイドが不安に思っていないのならば、大丈夫……なのだろうか?

 罠が作動したところでどの程度の脅威になり得るのか、正直な話、俺はよくわかっていない。

 こういった判断はエベルハイドに任せるとしよう。

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