十九話 ゼシュム遺跡⑩
ホブゴブリンの討伐は無事に終了した。
「もう、もう無理……」
「十回は死んだかと思った……」
大怪我を負った調査隊員は見当たらなかった。
だが、相当疲弊を強いられる戦いだったようだ。
「一生分ゴブリンと戦った……。しばらく、ゴブリンは見たくない」
「ホブゴブリン、魔獣の中でも人型に近いからあまり斬りたくないんだよなぁ……」
「グノムよりマシさ。手を出せなくてほっといたら、馬車を焼かれたことがある。あれほど危険な魔獣はいない」
皆床にしゃがみ込み、お互いを慰め合っていた。
「不甲斐ない連中だ。アベルよ、これでいいのか」
エベルハイドが、ホブゴブリンの腕を引き摺って俺の元へと向かってくる。
その後ろには、ホブゴブリンを背負った調査隊員が二人ついてきている。
「案ずるでない、魔術で麻痺させておる。丸二日は動けんだろう」
「どうもありがとうございます」
俺の前に三体のホブゴブリンが並べられる。
目が合うのもなんだと思い、とりあえずひっくり返しておこうと考えたのだが、俺の力では持ちあがらなかった。
調査隊員に手伝ってもらおうと目線を向けたのだが、首を傾げられた。
口に出すのも恥ずかしかったので、このままで進めることにした。
「ひぃっ!? ここ、これ、何に使うつもりなんですか? ねぇアベル、聞いてますか!?」
メアが俺の肩を掴んで揺さぶる。
「……私からも、確認して置こう。具体的に、どの用途でゴブリンを使うつもりなのだ」
グリフォン像の封印術は、掛けられたときの手順を綺麗に逆行することで解除できる類のものだ。
はっきりいって、かなり厄介だ。
とはいえ勿論下準備があるので、解析の手間を考えても仕掛ける方が遥かに苦難だが。
「……恐らく、正攻法でこのグリフォン像の封印を解くには、魔獣の持つ特異な魔力を用いる必要があるのではないかと」
「それは間違いあるまい。問題は、その先。どこにいる、なんという魔獣か、だ」
「御明察恐れ入ります。どのような魔力が必要で、その魔力を持っているのはどのような類の魔獣かは見当がつきました。ただ、絞り切れないといいますか……」
「……そう、そこがネックである。魔獣を特定し、ここへ連れてくるのに何年掛かることか。それも多重結界である。似たような仕掛けが、まだまだ施されておることが考えられる。果たして、私の余生で足りることやら」
エベルハイドががっくりと肩を起こす。
「それに封印術を掛けられたの、二千年近く前なんですよね。正解の魔獣が、絶滅しているという線もあります」
「……多少進化して変質していても、代用は効くだろう」
言いながら、エベルハイドは唇を噛みしめる。
この人もわかってはいるのだろう。
「元から希少な魔獣を用いていたと、そう考えられませんか? これだけ性悪な仕掛けを施してくる相手ですから、それくらいはやってくるはずです。俺ならそうします」
「不可能だと、そう言いたいのだな。私が遺跡の入り口部の封印を解こうとしているときも、そう笑われたものだ。ときには、質の悪い者から直接的な罵倒も受けたことがある。だが現に、私は入り口の封印を解き、領主の協力を取りつけるところまでこぎつけたのだ。こんなところで、諦めるわけには……」
「いえ、ホブゴブリンを生体魔術で弄って魔力の変換機にできないかと」
「む?」
「幸い、仕掛け元の方もゴブリン系統であるようだったので。調整すれば強引に魔力を捻じ込んで解除できるかもしれません」
この手の封印術は、掛ける方が慎重に行う必要がある。
ゴブリンを弄ってちょっとずつ性質を変えていき、反応があったところで無理矢理押し進めればチャンスはあるはずだ。
少々強引な手ではあるが。
「な、なるほど、その用途で……確かに、不可能ではないかもしれん。魔術の触媒なら、基本的なものならば運ばせている。マイナーなものも馬車に戻ればある」
「残りの封印術も似た系統のものなら一気に片付けられるかもしれません」
「ゴールが、見えてきたな。ついに、ついに、私がゼシュムの……」
エベルハイドがごくりと唾を呑み込み、グリフォン像に触れる。
「感謝するぞ、アベル」
「いえいえ、このメモがあったからこそ思いついたことですよ。それに、成功すると決まったことではありません。むしろ、ここからが本番ですよ」
「……メア、よくわかんなかったんですけど、具体的には何をするんですか? ねぇ? なんかヤバいことしようとしてませんか?」
メアが不安そうに俺の袖を引っ張ってくる。
「ちょっとゴブリンを生体魔術で弄るだけだ。生きたまま性質を変えて、欲しい魔力を出させる」
俺は木彫りナイフを取り出し、縦に振るう。
特に空気を切る音は鳴らなかった。
「うし」
俺はホブゴブリンを見下ろす。
ホブゴブリンの顔が、恐怖に歪んでいるように見えた。
「絶対ヤバイことしようとしてますよね!? そのナイフでどこを切るつもりなんですか!?」
「グロイの苦手なら見ない方がいいぞ。あ、エベルハイドさん、魔石、あります? そこそこいい奴が必要だと思うんですけど」
「最高級品質のものがある。おい、持って来い」
エベルハイドは調査隊の一人を呼びつけ、袋を受け取る。
「上級の魔石だ。王級のものも二つほど混じっている」
「え、マジですか!? 中級の下くらいで良かったんですけど……うわ、本当だ王級だ。初めて見た。ちょ、ちょっと触ってみていいですか? 絶対俺、盗んだりしませんから!」
「そのくらい構わんが」
俺は王級の魔石を、恐る恐ると手で触れ、ゆっくりと持ち上げる。
世に出回ること自体少ないためなんとも言えないが、手早く捌こうとしても1000万Gにはなるはずだ。
「よく、よく手に入りましたね、これ! どうしたんですか、これ何に使うつもりなんですか! うわ、来て良かった! 眼福眼福! むしろ生きててよかった! 凄い、感触が違う気がする! そんなわけないのに!」
「エベルハイド様が、遺跡の調査のために全資財を手放して掻き集めた魔石です。とはいえ、半分程は領主様が出資という形で買ったものですが」
調査隊の人が説明してくれた。
なるほど、こういう面でも援助してもらっていたんだな。
……しかし遺跡の封印を解くためとはいえ、こんな高価な魔石をここまで数揃える必要はあったのだろうか。
確かに必要に駆られるケースに遭遇する可能性もあるが、額が額だ。
いくらなんでも、必要になってから買えばよかったのでは……。
俺が首を傾げていると、どことなくエベルハイドの瞼に力が入っているのがわかった。
無表情を装ってはいるが、目元に違和感がある。
俺はよくジゼルから『兄様の表情を見ればわかります!』と言われていたので、必死に誤魔化す術を模索していた。
そんな俺だからこそわかる。
絶対この人、無理して平静保ってる。
ひょっとして魔石を領主に申請したの、ただ単に魔石欲しかっただけなんじゃ……。