十七話 ゼシュム遺跡⑧
エベルハイドを先頭に遺跡内を移動する。
途中でスーフィーという大きな鼠のような魔獣の大群による襲撃があったが、調査隊の人間がばっさばっさと切り捨ててくれた。
下手に魔術を使うと調査隊の人間に当たりそうだったし、さほど苦戦もしていないようだったので基本的に手出しはしなかった。
……ただ、調査隊に加勢していたマイゼンがスーフィーに担がれて拉致されかけたときは、さすがに魔術で援護したが。
全体としては大した負傷者もなく、無事に解決したといえるだろう。
「はっはっは! どうだ、見たかい? 僕は、三体もトドメを刺したぞ。三体も! 多分、僕が一番多いんじゃないかな」
「……トドメ刺そうとして無理に弱ったスーフィーを狙ってたから、担がれるような羽目になったんじゃないのか?」
「……い、いや、さっきは助かったよ、うん。で、でも、ほら、弱りかかっている敵を確実に戦闘不能に追い込むことは、集団戦では重要なことなんだよ。スーフィーは特に、再生能力が高いからね」
……それはそうなのだろうが、マイゼンが常にダメージを受けた敵を狙っていたのは功績稼ぎだったのではなかろうか。
一回、調査隊の人と剣がかち合っている場面もあったように思うのだが。
「な、なんだいその目は。ほ、本当だって! だ、だってほら、僕、調査隊の人に褒められたもん……」
同じ数だけ他の隊員から怒られていたような……。
ま、まぁ、それなりに貢献していたことには違いないのだろう。
「とりあえず、ナイスファイト。怪我とか本当にないよな? スーフィーは菌が多いらしいから、掠り傷でもあったら俺が魔術で殺菌しとくけど」
「お気遣いどうも。でも、僕なら大丈夫だ。なぜかあまり攻撃されなかったしね。しかし……なんで、生きたまま連れて行かれそうになったのか」
マイゼンは不思議そうに首を傾げていた。
俺は床に倒れるスーフィーの死体を見る。
薄い茶色の体毛、刺又のように先の分かれた尾。
サロープ・スーフィーに間違いないだろう。
魔獣の奇行を纏めた本で読んだ記憶がある。
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魔獣には時折、非合理としか思えない進化を遂げる種が現れる。
例えば、サロープ・スーフィーなんかがそうだ。
サロープ・スーフィーのメスは、オスよりも一回り大きい。
メスが餌を探し、外敵を排除し、巣を守り、子供を産むのだ。
オスは何をするか。何もしない。メスの妊娠時は、群れの他のメスが守る。
メスが狩りに勤しんでいる間、オスは栄養素の薄い木の根を齧って帰りを待つのだ。
この行為には特に意味はないとされている。
オスは生涯に渡って特に何もしない。
一部の地方でスーフィーの夫、というのがものぐさ者の代名詞として用いられるのはこのためだ。
さて、ここからが本題だ。
サロープ・スーフィーは、オスの方が遥かに数が少ない。
そのためかサロープ・スーフィーのメスは、オスを見かけると担いで巣へと運ぶ習性がある。
そして稀ではあるが、サロープ・スーフィーの返り血を浴びた冒険者が巣へと運ばれることがある。
これは一般的な人間の体格とサロープ・スーフィーのオスの体格と似通っており、同種の臭いの染みついた冒険者をオスと判別するためだと考えられている。
巣へと運ばれ、無事に生きて帰った者はいない。
しかしながらある冒険者一行がサロープ・スーフィーの巣を駆逐した際、人が長く暮らしていた形跡と人骨が発見されたという報告が過去にあったことから、案外待遇は悪くないのではないかと思われる。
筆者も、機会があれば試しに運ばれてみたいものである。
(引用:エドナ・エルバータ著作『魔獣には奇妙な癖がある』)
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「変わったこともあるものだな。スーフィーが獲物を生かしたまま運ぶなんて、聞いたこともなかったけど……」
「……あ、ああ、そうだな。奇妙なこともあるもんだ」
……多分、知らない方がいいだろう。
他の部分の調査が終わってから、当初の予定通り、結界の最表層部分の核であるグリフォン像のところへと戻る。
俺は像に手を触れて魔力を流し、その魔力の反響から像の内部を探って行く。
逆の手でエベルハイドのメモを捲り、関連項目をチェックする。
「どうだ、アベル」
エベルハイドが声を掛けてくる。
「う~ん……確かに、正攻法だと人間の魔力では無理そうですね。これまた、厄介な仕掛けを……。下準備にはちょっと時間が掛かります。いっそのこと、魔術で叩いて壊しますか? ただその場合、遺跡が大きく破損しますが」
「はっ、つまらん冗談だな。この像を直接壊すような魔術など、それこそ準備が必要だろうに」
エベルハイドは言いながら、壁を叩く。
この像は、壁と似た鉱石から作られているようだ。
「いえ、でも多分、力技の方が苦労せず……」
「心強いことだが、私はこの遺跡を無暗に傷付けるつもりはない」
……まぁ、そうだよな。
エベルハイドにとって、この遺跡は自分のルーツだ。
「しかし機能を封じるためだとしても、どうしてここまで強固な結界を……」
2000年間解かれなかっただけのことはある。
俺もエベルハイドがいなければ、手のつけようがなかったかもしれない。
確かに一時的に使わなくなった兵器やらを他の者に利用されないよう封印術を施しておくケースは多いそうだが、それにしてもやり過ぎだ。
二度と開ける気がなかったんじゃなかろうか。
ひょっとしたらゼシュムの偉い人の墓、みたいな役割も兼ねているのかもしれない。
奥にもお宝があるという話だった。
前世のピラミッドだって人が奥に入れないように設計された建物みたいなものだし、なんとなく通づる部分を感じる。
それなら封印術を解く気がないことにも納得が行く。
もしも仮説が合っているのならば、リターンはなかなか期待できそうだ。
「そろそろ馬車に引き返して寝た方がよくないですか? 建物の中だから時間感覚狂ってますけど、もうそれなりにいい時間ですよ」
メアが目を擦りながら声を掛けてきた。
彼女の手には、灯りのカンテラが抱えられている。
かなりの広範囲を照らせる魔法具だ。調査隊の人から借りたらしい。
「いや、もうちょっと調べてからでいいかな。つうか、ここで寝ようかなと」
「ええ……そこまで時間掛かりませんし、さすがに引き返しましょうよ」
「調査隊の人も多分、ここで寝る気満々だぞ。大丈夫大丈夫。ああ、寝るならそれ、貸してくれ」
俺が手を伸ばすと、メアがカンテラを腕で抱きしめて庇う。
「……アベルが起きてるなら、メアも起きてます!」
「そ、そうか。あんまり無茶はするなよ」