十六話 ゼシュム遺跡⑦
「ここだ。この石像が恐らく、封印中心部の効力を高めている。術式の心臓部の一つといえるだろう」
エベルハイドが指で先を示す。
二柱のグリフォンの石像が、大きな扉の両脇に立っている。
俺が結界を張るときにもオーテムを四隅に置くが、あれと似たようなものだ。
細かくいえばまた別種のものなのだが、原理は同じである。
基本的に境界部分に置く必要があるため、外部干渉によってどうにかする余地がある。
扉は中心部へ向かっているものだ。
封印が弱まればこの扉が開き、ゼシュム遺跡の奥へと入ることができるようになるのだろう。
「四重構造の結界ですかね」
多重構造結界。
結界を結界で守るため、複数の結界をパズルのように組み立てているもののことである。
完全に一つの結界を覆っているわけではなく、異なる性質のものを部分的に重ね合わせているもののことを主に示す。
相互干渉を計算した上で構築しなければならないため、ひとつ層が増えるだけで、形成と解除に必要な知識量が跳ね上がる。
ただ、族長からは二重ですらほとんど存在しないと聞いていた。
四重なんてお伽噺の領域だと思っていたが……エルフの技術なら、あり得るかもしれない。
「いや、フェイクだろうというのが私の見立てだ。ひとつは他と魔術干渉している部分が見当たらなかった。三重のはずだ」
「それを聞いて安心しました」
「……今のところ、だがな。少しあからさまだった。フェイクに見せかけた本命か……はたまた、フェイクに見せかけて他の役割を持っている、という線もある」
「なるほど、さすが師匠」
「師匠はやめろ。この程度、貴様ならば時間を掛ければわかっていただろう」
「いえ、俺は本で得た知識ばかりで、実践がほとんどありませんから」
やっぱりエルフは凄い。
長く生きているということは、それだけ鍛錬や実践経験を積んでいるということだ。
因みにウェゲナーは時折難癖をつけてきていたが、途中から完全に黙り込んでしまった。
今ではもう、最早帰りたそうにしている。
「真っ先に見せたということは、ここが最初でいいんですか?」
当然だが、一番表層部分にある結界から解除することが基本だ。
力技ごり押しという選択も、あるにはあるが……。
「私の見立てでは、な。一度全体を回るか?」
「ええ、ぜひ」
再び遺跡内を移動する。
道中で、エベルハイドから渡されたメモを確認する。
よく調べられている。
一年や二年で作れるものではない。
「ゼシュム遺跡の結界を解いたの、エベルハイドさんなんですね」
「ああ、そうだ。長年一人で調査を行い、ようやく外側の結界の解除に至った。しかし、このままでは遺跡の結界の解除を行うよりも先に、私の寿命が潰えてしまいそうだったのでな。そのため私は自らの調査の進展を領主に報告し、協力を求めたのだ」
「なるほど……」
「しかし、寄越されたのはあの役立たずだったわけだがな」
エベルハイドは忌々しそうにウェゲナーを見る。
ウェゲナーは何か言い返そうとしたようだったが、寸前のところで堪えていた。
「だが、そのお蔭で噂が広まり、貴様が来たのだ。まさか集まっていた荒くれ共の中に、このような魔術師がいたとはな。世の中、わからないものだ」
「そ、それはどうも……」
こうもストレートに褒められると、ちょっとムズ痒い。
エベルハイドが事実のことを口にしたまでだといった態度をしているから、尚更だ。
「でも領主に相談したら分け前を取られるとか、そういうことは考えなかったんですか?」
「…………」
エベルハイドは少し黙り、調査隊達に目をやる。
領主の手下の前では、言い辛いことだったか。
「私は、ここの秘密を解き明かしたいだけだ。富や名声が欲しかったわけではない。私の先祖がどのような道を歩んできたのか、ただ、それが知りたい。宝なぞ、領主にくれてやる」
「な、なるほど……」
……自分が小さく思えてきた。
エベルハイドからも、今の質問のせいで俗物野郎だと思われてはいないだろうか。
しかし領主がエルフであるエベルハイドを雇ったのかと思っていたが、逆だったか。
エベルハイドがゼシュムの子孫で、先祖の遺跡を調べていた。領主がそこに乗っかった形だったとは。
俺はぱらりとメモを捲る。
そりゃゼシュムの子孫ならば、これだけの調査も単独で行えていたわけだ。
エベルハイドが、俺の手にしているメモへと目線を落とす。
「む、その辺りのページからは、私が省略して書いている部分が多い。少し説明を……」
「ああ、いえ、前後の流れでだいたいわかります。俺がメモ書きするときと似通っている部分があるので」
「それは優秀なことだ。わからないところがあれば、無理せずに言うのだぞ」
「こういうの読むの好きなんですよ。わかりやすく纏めてあるものよりも、どこに重点を置いて進めたいのか透けて見えてくるっていうか……。もし途中で止まっても、ちょっと考えてみていいですか?」
「……ふん、好きにしろ」
壁を観察しながら歩いていると、俺とエベルハイドの話を聞いていたらしい調査隊の一人がげんなりとした表情を浮かべていた。
マイゼンも眠そうにしている。
魔術師以外からしてみれば退屈な話だっただろう。
そう思ったのだが、ウェゲナーも死んだような目をしていた。
頭両脇の少ない髪を手持ち無沙気に弄っている。そんなことやっても毛は増えないぞ。
お前はもうちょっと会話に入ってこい。何のために来たんだ。
メアが寂しそうに俯いて歩いているのが目に入った。
俺とエベルハイドがずっと遺跡の術式に関する話をしていたので、会話に入ってこられなかったのだろう。
何か声を掛けた方がいいかと考えていると、目が合った。
「ああ! アベル、あの……」
「そこのページ、書き損じがあったな」
メアの言葉に被せるように、エベルハイドが口を開いた。
「術式を崩すための魔力の変換についてだが、後述の……小娘、何か言ったか」
「……え、い、いえ…………メアのは別に、大したことじゃないので、いいです」
……そのまま、メアは引っ込んで行った。
「そうか。大したことではないのなら、後にしろ。アベルよ、ここより先に後述の前提を見てもらわねば話にならんのだが……」
「なぁ、メア。何か言いたいことがあったんじゃ……」
「おいアベル、聞いているのか。早くページを捲れ」
言い切るより先に、エベルハイドから横槍が飛んできた。
「あ、は……はい」
エベルハイドの目力に負け、俺はページを捲る。
やっぱりこの爺さん怖い。