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十五話 ゼシュム遺跡⑥

※エベルハイトに対するアベルの口調を敬語に修正しました

 エベルハイドに先導され、ゼシュム遺跡の内部を歩く。

 左右を見ながら進み、時折足を止めては壁に彫られた術式を確認する。


 後から彫られた封印術式らしきものの構造はまだおぼろげながらにわかるのだが、それ以前に彫られている術式が何のためにあるものなのかさっぱりわからない。

 俺は遺跡の壁を軽く叩く。


「エベルハイドさん、この遺跡は一体何でできているんですか?」


「我が先祖の錬金した特殊鉱石であろう。天の国の技術だ。地上のものではない」


「なるほど……道理で。この鉱石から解析を始めなければ、手がつけられないのでは」


 ただ結界で守られているため、そう簡単には引き剥がせそうにない。

 俺が本気で魔法をぶちかませば大穴を開けられるだろうが、威力を重視するとやはり加減が難しい。

 遺跡の壁に大穴を開けかねない。


 遺跡を壊すというのもなかなか気が引ける。

 それに、一歩間違えれば生き埋めになる可能性もある。

 ある程度の封印ならば強引に叩き潰せる自信があるが、最終手段にしておきたい。


 どこかに欠片でもあればいいのだが……2000年前の物とは思えないほどに綺麗だ。

 保存状態が良すぎる。これが封印の力か。

 世界樹もこのくらいきっちりした結界で保存しておけば……うん、まぁ、そうだったら俺が買えなかったんだろうけど。


「その必要はない。遺跡の術式を解明するために来たのではない。封印術式を解くために来たのだ」


「そうかもしれませんが……何かのヒントにはなるかもしれませんし」


「個人的な関心ごとの追及に付き合うつもりはない。貴様は、私が雇った身なのだぞアベルよ」


 頑固な上に頭が切れる。

 厄介な爺さんだ。


「なぁーんか、感じ悪い人ですね。半ば無理矢理引っ張ってきたくせに、そんな頭から否定しなくても……」


 メアが耳打ちして来る。


「いや、さっきのはエベルハイドさんの方が正しい。封印術と既存の術式の関連性は薄い。遺跡の術式の機能を封じているというより、遺跡全体を封印している形に近いからな。鉱石の表面的な性質さえ辿ることができれば、それだけで充分だろう。確かに一つのアプローチとしてはアリだが、他に優先するべき点はいくらでもある。さっきのは、俺の興味ごとを優先的に掘り下げて調べる名目を立てるために言った節が強い」


 意図を見抜かれて提案を断られたのは残念だが、俺としても気分を悪くしたわけではない。

 魔術に関して対等に喋れる相手は少なかったので、引っ掛けを一瞬で蹴られ、むしろちょっとわくわくしてきたくらいだ。


「そ、そうですか……な、なんだか半端に口を挟んでごめんなさい」


「ほう、私を試したつもりだったのか」


 エベルハイドが会話に口を挟んできた。

 小声で話していたのに、どうやら途中から声が大きくなってしまっていたらしい。


 まずい。

 確か遺跡に入る前、エベルハイドはウェゲナーに『貴様如きが私を測るな』と激怒していた。

 エルフはプライドが高いとは昔からよく聞く話だ。

 俺の発言は、エベルハイドを低く見ていたと取られかねない。


 今の俺達はエベルハイドの権限で無理に遺跡に入らせてもらっている形だ。

 機嫌を損ねれば、すぐにでも放り出されかねない。


「い、いえ、そういうつもりではないというか……」


「……くっくっく、言ってくれるわ、小童が」


 エベルハイドは楽し気に言い、口許を隠して歩幅をわずかに早めた。


 ……どうやら、機嫌を損ねることはなかったらしい。

 俺はほっと一息吐く。


「エベルハイド様のあのようなお顔は、初めて見ました。気難しい方で、いつも怒っているような人で……。いや、自分も助かりました。本当にあのまま帰ってしまうのではないかと」


 調査隊の一人が、俺に声を掛けてくる。

 冒険者が遺跡に入り込もうとするのを止めていた一人だ。

 えっと、確か、名前を聞いたような気が……。


『お! 図星か? 図星突かれて怒ったのか?』

『ぶっ殺してやる!』

『落ち着けアレン! こういった連中が出て来ることは領主様も想定済みだ!』


「ああ、アレンさんか……」


 男娼団と言われて激怒していた人だ。


「ど、どうしましたか、その、憐れむような目は? 俺の顔に何かついていますか?」


「いや、大変そうだったなと……」


「ははは、いえいえ、ああいう輩はよくいますから。いちいち気にはしませんよ」


 その割には結構怒ってた気が……。

 ぶっ殺してやるって言ってたよな。


「散歩はこの辺りにしませんかな、エベルハイド殿」


 後ろを歩いていたウェゲナーが、エベルハイドへと声を掛ける。


「さっきからまともに術式には手をつけず、うろちょろと動いてばかり。こういったことは、地道な照らし合わせが重要なのですぞ。私にあれほど大口を叩いておいて、この有様は……いやはや……」


 ウェゲナーが頭を掻きながらにぃっと笑う。

 こいつ、何を言っているんだ。

 エベルハイドが鬱陶しそうに目を細め、すぐに前を向き直した。


「はっ! 急いてはことを仕損じますぞ、エベルハイド殿よ」


「すいませんが、壁の封印術式は、ただ範囲内の効果の質を保つためのものです。大元となる術式があるはずです」


 俺が口を挟むと、ウェゲナーが睨んでくる。


「な、なぜロクに見もせずにそんなことがわかる! 適当なことを言うではない!」


「今のところ、ここの封印術式自体、結界で有名なピーグ族のものと作りがさして変わらない。表面は違うが、本質は同じだ」


「そ、そんなはず……しかし、しかし……」


「ほう、よく気が付いた。恐らく地に降りた我が先祖が、ピーグ族と関わっていたのであろうな。一目で気付いたことは褒めてやる」


 エベルハイドが感嘆の声を漏らす。

 それを聞き、ウェゲナーがすごすごと下がって行く。


「……若造が、いい気になるではないぞよ」


 途中で振り返り、不愉快そうに俺を睨む。

 ……変な奴に、目をつけられちまったかな。


「想像以上だ。貴様は、いい拾い物だった」


 エベルハイドが口許の笑みを手で隠しながら言う。

 口端が吊り上がっているのが手の隙間から見えた。この人の笑い顔、滅茶苦茶怖い。


「封印術式の解析がある程度進めば、一旦不足した知識や必要な道具を補うため街に戻ることになるであろう。そこにもついて来い。いや、遺跡の解析が終わってからも手伝って欲しいことがあるのだ。私の右腕となれ。そこらの貴族よりも好待遇を約束するぞ」


 ……こっちはこっちで変なのに目をつけられた気がする。

 大きく出たけど、そんなにこの人金とか持ってるのか。


 しかし、エベルハイドの下で働くというのもなかなか悪くないかもしれない。

 色々と学べることも多そうだ。

 何より、話が合う。


「まぁ、ちょっとは考えておきま……」


 視線を感じて振り返ると、メアが俺の背を寂しそうにじぃっと見ていた。

 目が合うと、そっと顔を逸らした。


「……あまり長期に渡って出向くようなことは避けたいかなと」


 メアがぱぁっと表情を輝かせる。


 言葉には出さない分、余計に圧力を感じる。

 普段明るいけど、こういうときに口出しして来る子ではないんだな。

 ……とりあえず、借金を早く返そう。

 このままだとメアの顔色を窺う癖がつきそうだ。

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