十四話 ゼシュム遺跡⑤
「なんだか荒れているみたいだな。そろそろお開きになりそうな雰囲気だぞ」
調査隊は調査を取りやめても、見張りを立てておくだろうか。
人材集めからやり直すようなことを言っていた。
そこまで時間が掛かるのならば、わざわざ人材を割くようなことはしないはずだ。
調査隊が全員帰ってくれるのなら、好き勝手に遺跡の中に入り込める。
「んー……でも、調査隊の人達、特に変わったものを持っている様子はありませんよ。中に何もなかったんじゃないですか?」
「何かあるところまで入れなかったんじゃないか」
確か、神の矢といわれる宝があるんだったか。
宝は遺跡の奥に隠されているのがセオリーというものだ。
ゼシュム遺跡が長らく誰も入れなかったのは、入り口に施されていた封印術を誰も解けなかったからだ。
恐らく、遺跡の内部にも似たような仕掛けがあるのだろう。
「んでも、だったらメア達が入っても仕方なくないですか?」
「でもほら、せっかくだから記念にちょっと中を覗いておきたいかなと思ってさ。遺跡の壁の術式とかも、もうちょっと近くで調べてみたいし……。種族も時代も違うからか変わった文字だけど、ちゃんと精霊言語と呼応するようになっているから基本は変わらないし……俺の知ってる利便性の高い基本的な術式と似たものがないか探って行けば、簡単な解析ならできるかもしれない。昔のエルフがどの型の術式を使ってたのか、俺としてはちょっと関心が……」
「な、なるほど……メ、メアも興味ありますよ、うん」
メアがぎこちなく相槌を打ってくれた。
いかんいかん、好きな分野になるとついはしゃいでしまう。
「な、なぁメア、アベルはいつもこうなのか。ひょっとして僕の持って来た食糧によくないものが入ってたんじゃ……」
「……これで平常運転ですよ。翻訳すると『俺、今楽しい』です。会ったときからだいたいあんな感じだったので大丈夫です」
マイゼンとメアがぼそぼそと話している。
そ、そこまで言わなくてもいいじゃん……。
早速俺は杖を握り締め、馬車を降りる。
ちょうど、先ほど喚いていた老エルフ、エベルハイドが俺達の馬車の近くを通りかかったところだった。
エベルハイドは足を止め、俺を振り返る。
「エベルハイド様、ようやく止まってくださいましたか! ……その、こういう言い方はどうかとは思いますが……建前、と言いますか。領主様の顔を立てる意味でも、三日はこちらで調査を続けてはいただけないでしょうか?
ウェゲナー様は、様々な形で領主様に貢献して来たお方です。エベルハイド様のお気に障ることがあったのかもしれませんが……どうか、もう少し様子を見てから……。積み荷にも数週間分の準備があるのです。移動費のこともありますので……一日でとんぼ返りというのは、領主様もお気を悪くされるかもしれません」
調査隊の一人がエベルハイドへの説得を始める。
「ふ、ふん! あれだけ言っておいて、今更頭を下げられたところで協力など……」
「そやつは、何の役にも立たん。ウェゲナー如きの体面のために時間を無駄になどできるものか」
「な、な、なぁ……!?」
ウェゲナーは怒りのあまり、顔を真っ赤にして頭を手で押さえる。
毛の薄い頭から、また数本ほど抜け落ちていくのが見えた。
エベルハイドに掴み掛かろうとするウェゲナーを、調査隊達が大慌てで止める。
「……だが、帰るのはもう少し考えてやってもいい」
「エベルハイド様、それはどういう……」
エルフのおっかない爺さんが、俺に向かって歩いてきた。
な、なんだ? 勘違いか?
俺が右に動くと、エベルハイドの目がついてきた。
絶対俺の方に来ている。
マイゼンが馬車を飛び降り、俺の前へと立った。
「なんだい? 準E級冒険者である、この僕に何か……」
「邪魔だ」
エベルハイドが、ぐいっとマイゼンを押し退けた。
「貴様、マーレンだな。とっくに滅んだと聞いておったが、デマだったか」
この爺さん、身長が高い。
190……は、言い過ぎか。でも180センチは間違いなくある。
近くに立たれるとどうしても見上げるようになってしまう。
俺が一歩下がると、エベルハイドは二歩前に出てきた。
近い、近い近い。
「そ、そうですけど……」
「その杖、どこで手に入れた? 答えろ」
エベルハイドが高圧的な態度で尋ねてくる。
「これは自作ですけど……」
世界樹のオーテムを彫ったとき、余った木で作った小杖だ。
「ほう……自作だと。貸せ」
手を伸ばされ、俺は咄嗟に後ろへと隠す。
俺が苦労して作った杖だ。見知らぬ男から一方的に貸せと言われてはいそうですかとはいくものか。
「かなり魔力の高い木をベースにしておるな。よくそれだけ綺麗に加工できたものだ。しかしその型の杖は、魔術の高効率を狙ったものが主だろうに、魔力制御、精霊寄せに重きを置いておるな。違うか?」
この人、ちょっと杖を見ただけでわかるのか。
さすが長く生きていることはある。
「なぜ、セオリーを外している」
「自分の魔術で、瞬間威力に不足を感じたことはないので。魔力切れを起こし掛けたのも幼少の頃くらいです。少しでも精密性を上げられるようにして、実践用よりも実験用に特化した方が自分の今後のためになるかと思い」
「ほう、大した自信家だな。海を知らぬフォーグのようだ。だが、少なくともウェゲナーよりはできそうだ。遺跡に入りたいのだろう、ついて来い。報酬については、貴様が役に立てば領主へ私の方から交渉してやる。悪いようにはせん」
それは願ったり叶ったりだ。
ゼシュム遺跡はエルフの造ったものだ。
俺も単独で解析できる自信はないが、数百年生きてきたエルフが色々と教えてくれるのならば心強い。
領主の方に取り分の多くを持っていかれそうではあるが、好き勝手動いて目をつけられる心配がないというのは嬉しい。
それに上手く行けば、何も見つからなくても調査の役に立てば報酬が出るかもしれない。
「このウェゲナーを蹴っておいて、そのようなガキを引き入れると!? どこまで、どこまでこの私を愚弄すれば気が済むのでしょうなぁ!」
「おお、落ち着いてくださいウェゲナー様! ようやくエベルハイド様も、ここに留まると仰ってくださっているのですから!」
再び顔を赤くして吠えるウェゲナーを調査隊達が止める。
「ほんっ! 好きにすればよろしい。だが、これで何の成果も上げられなかったときは、私の方からも領主様に進言させていただきましょうぞ。あのエルフを叩き出せ、と!」
ウェゲナーは顔に皺を寄せ、エベルハイドへと指先を突き付ける。
エベルハイドはウェゲナーを邪魔臭そうに睨んでから、すぐに興味が失せたように俺の方を見た。
「ではよろしく頼もう。マーレンの若き魔術師よ」