十三話 ゼシュム遺跡④
「あ、メア出します。赤の子鬼、杖の1で。これでこの列はお終いですね」
「それじゃ俺、剣の11で」
馬車に戻った俺達は、マーレン族の神託札で七並べを行っていた。
とはいってもこの神託札は、トランプに似せて俺が作り直したものだが。
神託札にはトランプと違ってマークがなかったため、剣、杖、聖杯、貨幣のマークを加えている。
これらのマークはこちらの世界で、騎士、魔術師、聖職者、商人を表すものであり、よく四つセットで出て来ることが多い。
貴族の下に位置する四大権力、とでもいったところか。
俺はこれを流用し、神託札に合わせたのだ。
このマークを作った理由は、単に浸透していてわかりやすかったからだ。
それ以上の意味合いは特にない。
しかしせっかく作ったのに、マーレン族内では神託札で遊ぶと怒られるため、下手に人前に出すことができなかった。
似た別物を作ったこともあったが、前科があったせいで父にすぐ焼却処分された。
神託札でトランプ遊びを行うことについては、シビィもあまりいい顔はしていなかった。
そのため集落内ではジゼルと二人で遊んでばかりだったが、四人でやるのと二人でやるのとではやっぱり違うものだ。
なんとなく前世を思い出す。
因みに神託札は俺ならば念視ができるが、当然そんなことはしていない。
「パ、パスで……。な、なぁ、どうして聖杯だけ完全に止まっているんだ? これはこういうことが頻繁に起きるものなのか? なぁ、アベル」
「……あ、と。私もパスで」
彼女は、馬車の操縦者として雇ったエリアだ。
歳は多分、二十歳前後だろう。
クールで無口だが、ここ二日で微妙に会話参入率が上がりつつある。
多分乗って来ないだろうなと思いながらトランプに誘ったのだが、ちょっと間があった後に参戦を表明してくれた。
マイゼンが四パスでべったになり、その後エリアが着実と聖杯の列を埋めて行った。
メアが一着、俺が二着、エリアが三着となった。エリアは中盤の三パスが響き、俺やメアに後れを取る形になった。
「ちょ、ちょっと待ってくれエリアよ。聖杯出せたのに、パスしてなかったかい?」
マイゼンが声を震わしながら尋ねると、エリアはぷいっと顔を逸らしていた。
ちょっと嬉しそうな表情をしていた。
……この人、何気に一番楽しんでいないか?
七並べで封鎖が成功したら、確かに嬉しいのはわかる。
正直、クリーンヒットさせられたらトップを取るよりも気持ちいい。
ただ嫌がらせ極振りで勝利を捨てたプレイングは嫌われるので、友達の少なそうなエリアさんにはちょっと気をつけてほしい。
「なぁ! だって……このときの持ち札がこうなってて……ほら、おかしいじゃないか! 絶対おかしいじゃないか! ほうら、ここ出してたら、二位になれていたじゃないか! アベル、これはルール的にありなのか? なぁ、なぁっ!」
……特に、ああいう負けず嫌いの人間を相手取るときは。
エリアはマイゼンが喚けば喚くほど、顔を隠して嬉しそうにしている。
……まぁ、楽しんでもらえたようで何よりだ。
次からジョーカー代わりの道化を加え、封鎖対策を行っておこう。
「もう一回、もう一回だ! そういう手がありならば、僕にだって考えがあるぞ! アベル、神託札を切ってくれ!」
因みに、神託札のシャッフルは今のところ俺しかできない。
みんなそこまで不器用には思えないのだが、カードの束をシャッフルした経験がないためだろう。
なんでも慣れだな。
俺はちらりとゼシュム遺跡の入り口へと目をやる。
皆諦めたのか、すっかりと冒険者の数は少なくなっていた。
あれほど元気に喚いていたガストンの姿も既にない。
辺りに残っている冒険者の馬車も、自分達の分を除けば三つほどといったところか。
「……そろそろ帰らないか。これ、無理だろ、もう」
「もう、一回! もう一回だけでいいんだ!」
「いや、もう半日経ったし……。帰りながらでよくないか」
「それだとエリアが外れるだろうが! それにもう夕刻前じゃあないか、どうせすぐ動けなくなるんだから、今日はここで休んで明日にゆっくり帰ればいいじゃないか!」
「でも、それだと日数が一日延びてしまうぞ。それだけ移動経費が……」
「僕がなんとかするから!」
どれだけ勝ちたいんだ……。
「あ、遺跡の方から誰か出てきますよ」
メアの言葉を聞き、俺は遺跡へと視線を向ける。
遺跡から、背の高い老人が出て来るところだった。
その後を追いかけ、調査隊員らしき人間が数人飛び出してくる。
「お、お待ちくだされ、エベルハイド殿!」
続いて小太りの男が出て来る。
「貴様では話にならんわ! ロマーヌで一番結界魔術に詳しい学者だと聞いておったのに、足ばかり引っ張りおって、笑わせてくれる! これだからノークスは嫌いなのだ! 貴様の失態は、主の名に傷をつけたと思えウェゲナーよ! この私に無駄足を踏ませた代償は高くつくぞ!」
「ここ、このウェゲナーを、足手纏いだと……!?」
背の高い、高慢な老人……どうやら彼の名前がエベルハイドらしい。
耳が高く、肌の色素が薄い。そしてあの、独特の精悍な顔つき。
間違いない、エベルハイドはエルフだ。
エルフは寿命が長い。
それなのにあれだけ老けているということは、もう四百歳は超えているはずだ。
「てて、撤回していただきましょうか! ロマーヌ随一の高名な学者である、このウェゲナーを侮蔑したことを! 確かに今回、まだ私は結果を出せてはいない! 準備しておいた仮説も外れた! だが、これが仕方のない結果であることは、あの遺跡の術式を見ればわかるでしょう! 貴方とて、素人ではないのだから、あれが高度な術式であることは……」
「貴様如きが私を測るな! 貴様のような愚図、なんの役にも立たんわ! 今回では、不可能だ。ノークスの知識人とやらに少しでも期待を寄せた私が馬鹿だった。所詮は百年も生きられぬ短命族よ。やはり、人員を集めるところから始めるよう領主に進言する。貴様はクビだ」
「な、なななな! い、言っておけ! このウェゲナーの方が、領主様に仕えていた年数は長いのですぞ! たまたま拾われただけの癖に、何を偉そうに!」
「エ、エベルハイド様もウェゲナ―様も、どうか落ち着いてください!」
どうやら揉め事らしい。
遺跡の封印の解除係が仲間割れし、エルフの老人の方が調査の一時中断を求めているようだ。