六歳②
俺は母にせがんで文字を教えてもらったため、もう一通りの読み書きはできる。
いや、教えてもらったとはいえ、文字の一覧を紙に書いたものを受け取り、それを数回ほど読みあげてもらっただけなのだが。
後は文字の一覧表と本を照らし合わせ、ほとんど一人で文字は習得した。
母は熱心に教えてくれたのだが、こっちが六歳だと思ってかペースが遅く、それがじれったかった。
元よりこのマーレン族で文字の読み書きは、十までに覚えられたらいい、程度の認識のようだった。
まだ早いと、そう思っていたのだろう。
わかっていると言っているのに、何度も同じところを繰り返したり、ちょっと進んだと思えば振り返ったりを繰り返すのだ。
だから初日以降は「しばらくはいいかなと……」と飽きた振りをして逃げ、こっそり勝手に学ぶことにしたのだ。
俺は庭でオーテムの上に座りながら、魔術の本を開く。
挿し絵がふんだんに挟まれた、児童向けのものだ。
これなら読んでいても文字はまだ上手くわからないけれど、絵を眺めていただけだと言い訳ができる。
両親はまだ、俺が文字を使い熟せることを知らない。
自分が教えていたのを投げ出した後に独学でマスターしたと知れば、母としても思うところがあるだろう。
この間、子供らしくないと父から言われたばかりだ。隠しておいた方がいい。
時間が経てば、絵本を読んでいる間に簡単な文字は覚えた、と言い張ることもできる。
「にいさま、字が読めるのですか?」
ジゼルが横から首を伸ばし、魔術の本を覗いてくる。
「ああ、父様と母様には内緒だぞ」
「すごい、すごいです! あ、私、小人の森の話を読んでほしいです!」
小人の森、というのは童話集のことだ。
母がよく、寝る前に読み聞かせてくれる。
「読んでいるところを見られたくないからな……。母様に読んでもらえばいいだろう?」
「で、でも……私は、にいさまに読んでもらいたいです。だめ……ですか?」
喰い下がってくるか。
「いいじゃないか。俺が字を読めることは、ジゼルと俺との間の、二人だけの秘密にしたいんだ」
「二人だけの……ですか?」
「ああ、そうだ。駄目か?」
「だ、駄目じゃないです! わかりました、にいさまと私の、二人だけの秘密です!」
よし、押し切った。
ジゼルも喜んでいるし、完璧な押し方だった。誰も損をしない。
俺が文字を習得したかった一番の理由は、魔術の本格的な修行を始めたかったからだ。
オーテム作りは、基礎中の基礎だ。基礎を怠るつもりはないが、あれだけ作れば充分だろう。
父はまだ早いなどと言って教えてくれないが、そろそろ次の段階に入りたかった。
そこで本を読み、簡単な魔術の知識を得ておきたかったのだ。
本によれば、神託札を用いた透視や占いが初歩的な魔術のようだ。
神託札、というのはマーレン族専用のタロットカードのようなものだ。
赤札と黒札に分かれており、それぞれ十三枚ずつあって、1から13までの数字が書き込まれている。0と書かれた無色の札もあるため、全部で二十七枚である。
そのすべてに盗人や狩人、魔術師……など、ちょっと胡散臭い怪しい匂いのする絵が描かれている。因みに色が違えど、同じ数字の札であれば同じ絵が描かれている。
用途こそタロットカードに近いが、形態的にはトランプに近い。
実際、神託札を使ってジゼルとババ抜きをしたことがある。
……まぁ、あの後、父にばれてこっぴどく怒られてしまったのだが。
どうやら遊戯に使っていいものではなかったらしい。
子供っぽく遊べと言うのなら、あれくらいは見過ごしてくれても良かったのに。
宙を十字に切って神様に許しを請う例のアレをやらされた。
俺が神託札を持ち出そうとしたら、また父に何か言われるかもしれない。
ジゼルに取ってきてもらうことにするか。
神託札でババ抜きした日も、『どうせお前が唆したのだろう!』と言って、俺だけしか怒られなかった。
実際言う通りだからそのことに不満はないが、どうせ父はジゼルを怒れない。
だったらジゼルに取ってきてもらった方がいい。
「ジゼル、神託札のことを覚えているか?」
「はい、覚えています。あのババ抜きの……」
完全にジゼルの中ではババ抜きの札になってしまっていた。
まぁ、いいか。俺が訂正できる立場でもない。
どうせなら神託札ババ抜きをしていても怒られないくらい流行ってくれればいいのだが。
「そう、ババ抜きのあれを二階から取ってきてくれ。俺は一階で母様を引き付けておく」
「はい、任せてくださいにいさま!」
ジゼルは迷いもせず、そう返事をする。
うんうん、よくできた妹だ。
しかし神託札を使うのならば、父の目の届かないところにしたいものだ。
母の許可を取り、集落から少し離れた人寂しいところまで行ってみるか。