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十一話 ゼシュム遺跡②

 馬車での移動中、マイゼンがあれやこれやと冒険を聞かせてくれた。


「地の利は向こうにある。僕達は、一瞬でぐるりとゴブリン達に囲まれたわけさ。そこで僕は前に出て言ってやったのさ、一対一、リーダー同士でケリをつけようじゃないかってね!」


「おう、おう」


 俺は眠いのを耐えながら、必死に相槌を打つ。


「いや、あのときの僕の雄姿、見せてあげたいよ。かなり絵になると思うね。というか、いつか僕が貴族に雇われたときには、画家に頼んで再現絵を描いてもらおうと考えているんだ」


「おう、いいんじゃないか」


 ゴブリンは魔獣の一種だ。

 1メートル前後の背丈をしており、大きな尖った耳を持っている。

 緑の子鬼、というのがわかりやすいだろう。

 強くはないが成長速度が速く、繁殖能力も高い。その上妙に頭が良く、狡猾で残忍だといわれている。

 肥溜を溜めた落とし穴を掘る恐ろしいゴブリンもいるらしい。

 魔力場が大きく歪んでいる場所で生まれるため、ゴブリンの群れがいる近くには悪魔が潜んでいる確率が高いのだとか。


 因みにグノムゴブリン、通称グノム族と呼ばれる愛らしい少女のような姿をしたゴブリンもいるらしい。

 雄も雌も関わりなく少女のような外見をしており、人間の洋服を好んで着たがる性質があるのだとか。

 見かけは愛らしいが、中身は勿論残虐非道のゴブリンである。

 グノム族を一目見ようとダンジョンに入り、無邪気な笑顔のゴブリン達の袋叩きに遭うロリコンが後を断たないのだとか。

 人間を油断させるために生まれた種族だといわれている。


「まぁ、ゴブリンに言葉なんか通じるはずもなく、三人揃って袋叩きにされたんだけどね。僕が機転を利かせて遠くへ食糧を放り投げ、なんとか命からがら逃げ出すことができたわけさ。どうだい、凄いだろう? 強いだけでは、僕のようにはなれないよ。冒険者はクレバーじゃないとね。何も考えずに手足として動くのならばともかく、僕のように周囲から頼られる身であれば特にね」


「そ、そうか……す、凄いな、確かに。色んな意味で」


「だろう?」


 得意気に話してはいるが、今のは武勇伝だったのだろうか。

 むしろどちらかというと失敗談の類に思えるが。


 俺は眠い目を擦り、隣で熟睡しているメアを軽く肘で小突いて起こす。


「うに? どうしました?」


「なぁ、一応話、聞いてやろうぜ。マイゼンは出資者みたいなもんだし」


 俺は声を潜めながら、メアにそう耳打ちする。


「でもこの人の話、自慢話チックなのばっかりで鼻についてあんまり面白くないですもん……」


「今のは失敗談だったぞ」


「……本当ですか?」


 ああ、本当だ。

 少なくとも嘘は吐いていない。


「何をこそこそと話しているんだい? 仲間外れみたいで寂しいじゃないか」


「い、いや、遺跡探索が成功したらいいなと思ってさ」


「はっはっ! そうかいそうかい! この僕がいるんだ、安心したまえよ!」


 ……俺としては、マイゼンが喋れば喋る程不安になるんだけどな。

 一気にガツンと儲けたいと思って勝負に出たつもりだったが、早まっただろうか。


 マイゼンの語りは夜遅くまで続いた。

 よくここまでぺらぺらと喋れるものだ。

 なまじ俺が聞く姿勢を見せてしまったせいか、メアが寝ようが気にも留めないのに、俺が寝ると肩を揺さぶって起こしてくる。

 メアの態度が正解だったか。


 夜の番をずっとやってくれるのはありがたいんだけどな。

 俺を巻き添えにしなければ、だが。


「そういえばアベル。キミは、どうして冒険者になろうと思ったんだい?」


「いや、信用なくても手っ取り早く金が入りそうだったから……」


 多分、冒険者支援所にいた大多数がそういう理由だろう。


「実は僕はね、昔、冒険者に助けられたことがあるんだよ。僕って昔から無鉄砲なところがあるからさ。誕生日に父が彫ってくれた木刀を持って、一人で魔獣の巣の近くにまで行っちゃってね。魔獣に噛みつかれ、もう駄目かと思ったときにさっと現れた冒険者が、あっという間に魔獣を切り伏せてしまったのさ。そのときに僕も、彼と同じ剣で戦う冒険者になると決めたんだよ」


 案外ちゃんとした理由だった。なんだか悔しい。

 というか、自分が話すためにこの話題を持って来ただろ。


「そのときに噛まれた傷跡が結構残っちゃってね。両親から専門家に頼んで魔術で消すかどうか聞かれたんだけど、あの人に助けてもらったときのことを忘れないため、そのままにしておくことにしたのさ」


「へぇ……なんか、そういうのいいな。その傷痕ってどこにあるんだ?」


「ば、場所が場所だから見せ辛いというか……恥ずかしいというか……。ど、どうしても見たいというのならば、僕もまぁ、構わないけども……」


 マイゼンは言いながら、ズボンのベルトへと手を掛ける。


「い、いい! やっぱりいいから!」


「そ、そうかい?」


 なんでちょっと残念そうなんだコイツは。


 しかし最初は色々キツイ奴だと思っていたが、話してみれば悪い奴ではなさそうだ。

 ちょっとキツイことには変わりないが。


「いやぁ、アベルはいい奴だな。皆僕が喋っていると、すぐに別の話を始めて遮って僕を締め出そうとするからな。ここまでがっつり話したのは久し振りだよ」


 ……悪い奴じゃあなさそうなんだけどなぁ。


「僕がいずれ出世したら、僕の部下として迎え入れるよう進言してあげよう。リーダーのよしみとしてね」


「ど、どうも。楽しみにしておこう」


 がさり、遠くから物音が聞こえた気がした。


「……今の、魔獣じゃないのか?」


 俺は言いながら、音の方を見る。


「ん? 何かいたかい? 丁度いい、僕の、準E級冒険者としての剣技を見せてあげよう! キミはそこからよぉーく見て、参考にするといい! 一挙一動見逃すんじゃないぞ! すべての動きにどういう意図があるのかをよく考えることだ! 僕はそうやって、ここまで強くなった!」


「ちょっ、せめて姿が確認できるまで様子を見た方が……」


 マイゼンは馬車を飛び降りて剣を引き抜き、音の方へと走って行った。


「バウッ!」


 岩陰から現れたのは、茶色の毛を持つ大柄の犬であった。

 この外見、恐らくハウンドだ。

 前回俺が倒したガルムの下位種だ。


 確かジェームは、ハウンドはそこまで警戒してはいなかった。

 彼でもどうにかできたのかもしれない。そこまで強い魔獣ではないはずだ。

 見守っておいて大丈夫だろう。


「やぁっ! ていやっ! 僕の剣の錆びとなるがいい!」


 ハウンドは剣を躱し、マイゼンに飛びかかるタイミングを計っている。

 あれ、大丈夫なんだろうか。

 結構追い詰められていないか。

 いや、でも、あれだけ自信満々だったんだし……。


「クソ、なかなかやるじゃないか……この僕の、ライバルとして認めてやろう」


 マイゼンは剣の重さに腕が疲れたのか、剣を下ろして肩で息をする。

 その瞬間、ハウンドがマイゼンへと飛び掛かった。


「バオゥッ!」


 何も大丈夫じゃなかった!

 俺は咄嗟に杖を構え、ハウンドに向ける。


「うぎょぉわわああああああっ!」


 マイゼンが叫びながら剣を振り上げる。

 上手い具合にカウンターが決まり、剣先がハウンドの喉元を掻っ切った。


「ど、どうだい? こんなものさ。わざと隙を見せ、相手に飛びかからせてやったのさ」


 マイゼンは息を荒げながら剣先を地に着け、俺を見ながらそう言った。

 今、素で叫んでなかったか。

 演技だとは思えない。なかなかあんな悲鳴出るものじゃない。


「ナ、ナイスファイト……リーダー」


「はっはっは、準E級冒険者であるこの僕に掛かれば、下級魔獣程度こんなものさ! ちょっと待ってろ、今から牙と毛皮を剥ぐから。僕、毛皮剥ぐのは本当に上手だって、受付の人によく褒められ……ん?」


「バウッ!」「バォッ!」「バゥッ!」


 三体のハウンドが、マイゼン目掛けて走ってきた。

 全員怒っている。恐らくさっき倒したハウンドの仲間だろう。


「ふぉぉぉぉおおおおっ!」


 剣を投げ出し、マイゼンがこちらへと走ってきた。


「御者を起こして逃げろぉぉおおおおっ! こいつらは、この僕が引きつけるからその隙にぃいいいいっ!」


「言ってることとやってることが全然違くないか!?」


 マイゼンが派手にすっ転んだ。


「ひぃいいっ!」


 俺は杖をハウンド達へと向ける。

 三つの魔法陣が浮かび上がる。


শিখা(炎よ) এই হাত(球を象れ)


 各魔法陣より火の玉を射出し、ハウンドの頭を撃ち抜いた。

 三体のハウンドがその場に倒れる。


「おーい、大丈夫かぁー!」


 マイゼンは恐る恐ると頭を上げ、周囲を見回す。


「い、今……何が……」


 俺が杖を持っているのを見て、マイゼンは視線を止める。

 目が、点になっていた。


「あ、ああ……うん、助かったよ。ど、どうも……」


 振り絞るようにそう言い、「えっと……リーダー、替わる?」と続けた。

 い、いや、リーダーは別に誰でもいいけど……。

 やりたかったら好きにやってくれよ。

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