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八話

 結局世界樹オーテムを売り飛ばす決心がつかなかった俺は、メアと二人で街を歩き、金が手に入りそうなところを探した。


 聞き込みをしたところ、冒険者支援所という魔獣の皮や角を換金してくれる施設があるらしい。

 魔獣を狩るだけで金が手に入るのならば、下準備もコネもいらないはずだ。

 魔術さえぶちかませばどうにでもなる自信がある。

 興味があるのならば施設で聞いてくればいいと言われたため、とりあえずはそこへと足を運ぶことにした。


 こんなことならば、ガルムの遺体も回収しておいた方が良かったかもしれない。

 ジェームならば知っていたのではないかとも思ったが、後の祭りだ。

 ぼやいたところで何にもならない。


 早速冒険者支援所の中に入り、メアと共に受付へと並んだ。

 列はなかなかに長い。

 一人一人の処理に結構時間がかかるようだ。


「そういえば、メアは魔術か何か使えるのか?」


 メアは、杖も武器も持ち歩いてはいない。

 魔獣を狩りに行くときは、街に残しておいた方がいいかもしれない。


「う~ん、魔獣と戦えるほどかと言われると……。メアが魔術を使おうとすると、周囲があまりいい顔をしませんでしたし」


「そ、そうか……」


 あまり首を突っ込んでは行けなさそうな話に飛び火した。

 額の宝石一つでそこまで嫌がらせを受けるものなのか。


「おらおらお前らぁ! 邪魔だぞぉ! ガストン様のお通りだぁっ!」


 列を待っていると、背後から大声が聞こえてきた。

 振り返れば、冒険者支援所の受付のところに大柄の男が立っている。

 藍色の髪をしており、濃い顎鬚を生やしていた。

 もみあげと髭の境目が分からないタイプの人だった。


 右手には魔獣の上体を、左手には魔獣の下半身を掴んでぶら下げている。


 ガストンの左右には、取り巻きのような二人組がくっ付いていた。

 今大声を上げたのは、この内の片方だろう。


 三人揃って柄が悪そうだ。

 同じ三人組でもまだノズウェル達の方が可愛げがあった。


 三人組は列と並行に歩き、俺達の列の前にまで移動した。

 ガストンは列の前にいた男を何事もなかったかのように押し出し、横入りしていった。


「あの、困ります。ちゃんと列に並んでもらわないと……」


「列に、並ぶぅ?」


 ガストンは馬鹿にしたように言い、手にしていた魔獣を床に置いた。

 それから振り返り、後ろに並んでいる男の肩を掴み、ずいっと顔を近づける。


「おい、貴様は並んでいたのかぁ? それとも、ぼさっとつっ立っていただけかぁ?」


 並んでいたのは火を見るよりも明らかだ。

 本気で訊いているわけがない。脅迫しているのだ。


「え、えっと……その……」


「ぼそぼそ喋るんじゃねぇ! はっきり答えろ!」


 ガストンが吠えるように言う。

 男は委縮し、「た、たまたま、立っていただけです」と答える。


「紛らわしい所に立ってるんじゃねぇぞぼさっとしやがって!」


 ガストンはそのまま、男の肩を勢いよく押す。

 男は背を壁に打ち付けた後、周囲の人に起こされて立ち上がる。

 取り巻き二人はゲラゲラと笑っていた。


「……あんな典型的なドチンピラ、本当にいるんだな」


 受付の人とガストンはしばらく押し問答をしていた。

 ああいう手合いのはちょっと言っても聞かないだろうに、正義感の強い人なのだろう。


 もしもこの場で追い返すことに成功したとしても、後々余計な尾を引くことは目に見えている。

 受付の人が逆恨みを買うようなことがなければいいのだが。

 最終的には他の職員に諭され、渋々と通していた。


 無理が通れば、道理が引っ込む。

 前世でもそうだったが、法律の甘いこの世界ではより顕著なのかもしれない。

 元より、魔獣殺しを生業にしているような連中が集まる所だ。治安はあまりよくないのだろう。


「……嫌な奴らですね」


「目をつけられないようにしないとな」


 見ていて気分のいい光景ではないので魔術で叩きのめしてやろうかとも考えたが、自制した。

 下手に手を出せば、後々仲間を引き連れて嫌がらせに来ることも考えられる。

 そうなればメアにも迷惑が掛かるだろう。

 関わりを持つべきではない。


 ガストン達は用事が済むと、大声で笑いながら外へと出て行った。


 ……しかし、ああいう如何にもなのを見ると、近い将来どこかで関わり合いになりそうな気がして不安だ。

 ただの漫画の読み過ぎだと思いたいが。


 三十分ほど待ってから、ようやく俺とメアの順番がやってきた。


「先ほどは、私が至らなかったが故に申し訳ございませんでした」


 顔を合わせてすぐ、受付の人は頭を下げた。

 さっきからこの人は全員にこれを行っている。

 新人さんなのだろう。そんなに気を張っていたら心労で倒れてしまうぞ。


「い、いえ、自分も黙って見ていただけなんで、そんなふうに謝られても心苦しいと言いますか……」


 ああいうのは、災害だと思ってさっさと忘れるしかないと思うけどな。

 下手に喰い下がって顔でも覚えられたら厄介だ。


「実はここの街に来たのがつい先日でして、施設のことから教えてもらっていいですか?」


「冒険者支援所のない所から来たのでしょうか?」


「はい、俺もこっちの子も、ど田舎育ちなものでして」


「えっと、じゃあ説明させてもらいますけど……えっと、どこから話せば……」


 受付の人はわたわたと手を動かした後、黒い本を取り出した。

 薄いが、大きい。マニュアルのようだ。

 やっぱり新人なのかもしれない。


 受付の人の説明によれば、冒険者支援所の主な目的は魔獣の駆除、冒険者の支援、それから人材の発掘らしい。

 魔獣の駆除は領主の義務であり、これを効率的に行うためにほとんどの街では冒険者支援所を設置しているそうだ。

 私兵団を作って駆除に当たっている領主もいるが、それでは費用が掛かる上、突発的な魔獣災害モンスターパニックに対応できないケースが多いのだとか。


 モンスターの毛皮や牙、肉、角の買い取り等を安定した値で行っているのは、そうすることで積極的に狩りを行って数を減らしてもらう、という狙いがあるらしい。

 なるべく利用するようにはしているが、保管しきれなければ処分するそうだ。


 その他にも冒険者の支援として掲示板による仲間募集の手伝いや、新聞を発行して最低限の情報が行き渡るようにしたりと、地味ながらに様々な工夫をしているそうだった。


 護衛だとか、ペット探しだとか、そういった依頼の中間マージンは行っていないらしい。

 掲示板に書いて協力者を募り、勝手に個人で交渉することはよくあるらしいが、冒険者支援所は基本的にノータッチだそうだ。


 恐らく、依頼者と冒険者の間で揉めるケースが多いのだ。

 こうして欲しくなかった、先に言わなかったのが悪い。

 そんな言い争いの間に毎日立たされていては、職員も耐えられるものではないだろう。


 冒険者支援所の援助を受けるためには、冒険者として名前と魔力紋を登録しなければならない。

 だが、これは決して冒険者にとって悪い話ではない。

 冒険者の功績は施設側に管理される。

 最初はF級冒険者としてスタートすることになるが、施設側の人間が功績から判断し、特定の要件を満たした冒険者を昇級させるらしい。


 冒険者のランクが上がる利点は様々だ。

 ランクが上がる度に証明書を発行してもらえるため、他所でそれを見せれば強さの保証になる。

 高ランク冒険者を街に多く滞在させるため、支援と称して優遇してもらえる機会も多いのだとか。

 高ランク冒険者になれば、危険地区への立ち入りや、危険生物の所有さえもケースによっては認められる。


 そして何より、C級以上になれば貴族に名指しされて召し抱えられる機会もあるそうだ。

 これが冒険者支援所の主な三つの目的の最後、人材の発掘というわけだ。


 なんだか束縛されそうで俺的にはあまり利点には思えないのだが、それを目的に必死にランクを上げようとする冒険者も多いらしい。

 まぁ、フリーターから正社員みたいなものか。


「これで……基礎的な説明は以上ですね。えっと、大丈夫ですか」


「ええ、よくわかりました。じゃあとりあえず、俺とメアの登録をして、証明書を発行してもらっていいですか? 後この辺りの地図と、新聞も……買っといた方がいいと思うんだけど……」


 俺はちらりと横目でメアを見る。


「え? あーうん、アベルに任せますよ」


 なんで私に訊くのと言わんがばかりのメア。

 だが、金を出すのはメアだ。

 必要外の分を買うのならば、彼女の許可を求めるのが筋であろう。今更な気もしないではないが。


 新聞には日々変動する魔獣の換金リスト、魔獣の目撃情報、お勧めの狩り場、冒険者のコラム、冒険者のランクの変動、ちょっとした噂、飯屋の値引き券から四コマ漫画まで載っているらしい。

 こちらは少しでも情報が欲しい立場だ。

 買っておいて損はない。


「わかりました。では登録二人分と証明書二枚の発行の手数料として2400G、地図が500G、新聞が600G、合計3500Gです」


 受付の人の声を聞き、メアがすっと前に出る。

 メアは袋から硬貨を取り出し、自然な動きで受付の人へと渡した。


 ……なんか、俺、金出してもらうのが普通みたいになってきてはいないだろうか。


「……メア、悪い」


「うに? 何がです?」


 ……メアも、私が金払うのが普通ですがみたいな感じになってきている。


 これはいけない。俺は自分を罰するため、自分の頬を軽く殴って気を引き締めた。

 メアは見ていなかったが、受付の人が『なんだコイツ』的な目で俺を見ていた。


「……で、では、こちらが地図と新聞です。番号札を渡しますので、この番号が呼ばれればあちらへと移動してください。そちらで魔力紋の採取を行いますので」


 魔力紋、とは魔力の癖のようなものだ。

 本人の魔力を測るわけではなく、単に個人識別技術である。

 魔力の指紋のようなものだ。


 俺は番号札を受け取り、受付から離れる。

 ……なんだかここ、前世の役所みたいだな。

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