六話
『キメラの尾』を出て、メアと並んで商店街を歩く。
俺は無事に購入した世界樹の枝を、腕いっぱいに抱えていた。
「いやー良かったですね。ただでさえ負けてもらっちゃってたみたいなのに、数日分の生活資金は残してもらえて。おまけに換金までしてもらっちゃったから、手間が省けましたし、いいことづくめじゃないですか」
メアが硬貨の入った袋を持ち上げる。
袋は、店主がサービスでつけてくれた。
「メア、こういうのよくわからないんで他所の店で換金してもらってたらボラれてたでしょうし、色々とラッキーでしたね。あの店主さんいい人そうでしたから、そういうのもなさそうですし!」
本当にいい人だったら、メアが俺に金を貸すのを止めていただろう。
あの店主は嬉々として話を進めていた。
俺もそれに甘えた共犯なのでもうなんとも言えないのだが。
俺がメアにこさえた借金は、200万Gちょっとである。
Gというのはゴールド、この大陸において一般的な通貨であるらしい。
物価が知りたくて店主に質問をぶつけた結果、果物ひとつが100G前後ということがわかった。
だいたい1G=1円と考えてよさそうだ。
つまり200万円相応の借金である。
「あの……えっと、メアさん?」
「ちょ、ちょっと、なんでさん付けなんですか! なんだか初対面のときより距離開いてません? どうして目を逸らすんですか!? べ、別にメア、敬語使って欲しかったわけじゃありませんよ?」
ごめんよ、メア。
金の貸し借りとはそういうものなのだ。
この後、十分に渡る問答の末、無事に『やっぱり呼び捨てで呼ぶ』ということになった。
……金、早く返せるといいんだけどな。
「とと……」
俺は少しよろめく。
指が滑ったため、素早く枝を持ち直す。
世界樹の枝は、それなりのサイズがあり、相応の重量があった。
持ち運びの移動に俺の貧弱な腕が耐えられるものではなかった。
ぷるぷると、腕の筋肉が震える。そろそろ限界かもしれない。
「ちょ、ちょっと止まってくれ」
俺は足を止め、通路の上に世界樹の枝をそっと置く。
危ない危ない、乱暴に置くところだった。
俺は自分の筋肉を労わるように擦る。
「うに? どうしましたアベル?」
メアも足を止め、こちらを振り返る。
「……あの、悪いんだけど、重いから持ってくれ」
「えっ!? あ、ああ、はい。別にそれくらい、いいですけども……」
メアは一瞬呆気に取られた表情をしていたものの、すぐに了承してくれた。
情けないが仕方ない。
許してくれ、体力がないんだ。
と、カップルらしき二人組が、唖然とした顔で俺達のやり取りを見ていた。
ふと、俺は自分の行動を冷静に見直す。
人から借りた金で自分の趣味丸出しのものを買い、あまつさえそれを『重いから』という理由で貸してくれた相手に持たせる。
それも、平均的に見れば男に筋力で劣るであろう女に。
ひょっとしなくとも俺、クソ野郎なんじゃなかろうか。
二人組の、女の方と目が合った。
女はきっと目力を強めて俺を睨む。
男がその肩を抱いてこちらに一瞥を向け、それからそそくさと離れて行った。
……や、やっぱり自分で持とうかな。
いやでも、腕、もうパンパンだし……。
久し振りに筋トレでもやった方がいいかもしれない。
「……あれ、どうしたんですか? 手、放してくれないと持てませんよ?」
「……お、お願いします」
俺は世界樹の枝を、メアへと渡す。
「とりあえず、今日はもう、どこかの宿でぐっすり休みましょうか。金策を練るのは明日からでもいいでしょう」
「そうだな。俺もこんな賑やかな所を歩くのは久し振りだから、ちょっと人酔いしてきたかもしれない」
右見ても左見ても、人、人、人。
本当に色んな人がいる。
ごつい鎧を着た人、大きな鎌を持っている人、面を被っている人。
背の低い女の子がいた。ぴんと、耳が尖っている。
あれは、恐らくノワール族だ。本で見た特徴と一致する。
一生を子供の姿で終える種族なのだ。見かけによらず力があり、手先が器用な者が多いとされていた。
この世界には、獣人もいるはずだ。これも本で見かけたことがある。
身体中毛で覆われている獣人と、耳や尻尾などの特徴だけを持っている半獣人が存在する。
一度、獣人を生で見てみたい。
どこかにいないかと辺りを見回せば、兎耳を生やした強面なオッサンが俺の隣を通り過ぎていった。
何も見なかったことにした。
宿屋を探す。
暇そうな人に声を掛け、道を簡単に案内してもらった。
「ここから真っ直ぐいけばつく。目立つ看板の魔法具屋があるから、それの向かいだ」
「どうも、ありがとうございます」
ぺこりと頭を下げ、男と別れた。
いや、優しい人がいてよかった。
「魔法具屋か。ちょっと寄ってみるか」
「向かいですもんね」
『キメラの尾』の店と似たようなものだろうが、覗いてみたい。
興味の惹かれる店はいっぱいあったので回っていればキリがないから明日からにしようとは思っていたが、せっかくすぐ近くにあるのだ。
もっとも金は最低限の生活の分しかない。そもそも、メアの金だ。
あくまでも、どんなものがあるかを見るだけだ。
宿で部屋を取って荷物を置いてから、向かいの店へと入ってみた。
ここの店主は、白髭の老人だった。
先ほどの店よりも品ぞろえがいい。なんというか、全体的に安定している。
俺は店にある瓶を手に取る。
ラベルを見て、俺は目を見張る。
「こ、これ、本当にユニコーンの血が入ってるんだよな!? す、すげぇ、うわ、すげぇ! 案外、お手頃な値段なんだな」
思わず叫んでしまった。
ユニコーンの血を用いた高級塗料である。
ユニコーンは幻獣として扱われている。
幻獣とは個体数が少なく、希少な魔獣を指す言葉だ。
要するに、レアモンスターということだ。
「最近、ユニコーンの群れが発生しましてね。
原因には諸説あるものの、詳しくはわかっていない。
しかしまさか、幻獣指定されているユニコーンでそんなことが起こるとは。
「いやぁ俺、世間に疎いもので。うわ、いい! 凄くいいなこれ!」
「そんなに喜んでもらえて本望ですよ。では、お会計は……」
「あー、いえ、今持ち合わせがなくて……」
「あらら……それは残念。私も、お客様のような人にこそ買っていただくことがこの商売の喜びなのですが……」
世界樹の枝を使ってオーテムを彫るのだ。
どうせなら、塗料の方も値を張るものを使いたいというのが男心だ。
なんとも口惜しい。数百万Gの木を買ったのに、数万Gの塗料を惜しんで大きく出来栄えを下げざるをえないのだから。
とんとんと、肩が叩かれた。
「アベル、アベル。欲しいんですか?」
メアが、硬貨の入った小袋を握りながら声を掛けてくる。
いや、でも、それを使ってしまったら、明日から宿が……。
「すいませーん、この塗料お願いします。メアが買いまーす!」
「ははぁん、仲のよろしそうなことで、羨ましいです。ではお買い上げ……」
あ、あっ、あっ……。
駄目だと思いつつも、声は出なかった。
また、俺は同じ過ちを繰り返したのだった。