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四話

 荷馬車を走らせてもらっている間に一日が終わり、夜になった。

 荷馬車を止め、休眠につく準備をする。


 俺は木から枝を落とし、皮を剥ぎ、顔を彫った。

 オーテムとして機能するようにするためだ。


 簡易的なものなので長持ちはしないが、元より持って運ぶだけの余裕は馬車にはない。

 使い捨てだからこれでいい。


 荷馬車を囲む四本の木をオーテムにすることで結界を張り、温度を引き上げることができるのだ。

 要するに暖房器具のようなものである。

 ついでに虫よけのオーテムも彫っておく。

 これで野宿も快適である。


「うわ、すごい! あったかい! 急に周囲の木を彫り始めたから、なんかヤバ気な儀式でも始めるのかと思っちゃいましたよ!」


 メアは興奮気にオーテムをべたべたと触っていた。

 喜ばれるのは嬉しいが、なんだかこの子、いつか壊しそうで怖い。


「こんなのあったら氷龍季ひょうりゅうきの時期も余裕で乗り切れそうですね! うわ、いいな! マーレン族ってなんでもできるんですね!」


 誰でもってわけではなかったが。

 寒いときは族長が無償で暖房用オーテムを配ってたっけな。


「いいなぁ、メア、やっぱり街よりマーレン族のところ行こうかな。そうだ、逆にアベルがドゥーム族の村に行きます?」


 どうしてそうなった。


「そんなに気に入ったのなら、移動中に作り方くらいなら教えてもいいぞ。どうせ暇だろうし」


「本当ですか! やったぁっ!」


「なに、本当に教えてほしいのか? よ、よし、夜の内に、徹夜で教える準備をしておこう。任せておけ。お前を立派なオーテム職人にしてやる」


「え、教えるだけなのにそんな徹夜で準備することがあるんですか? ちょ、ちょっと怖いんですけど。あ、あの、やっぱりメアいいかなって。気を遣ってもらってるみたいで悪いし、ほら」


「大丈夫だ、遠慮しなくても。俺、人に物を教えるの好きだからな」


「いえ、その……あ、ああ、はい」


 まさかマーレン族の集落外でオーテム彫りを伝授できる相手が現れるとは思わなかった。

 シビィはジゼル目当てだったからあまり熱心ではなかったが、暖房目当てのメアならば熱心に修行に集中してくれることだろう。


 ジェームもオーテムを見ながら、目を細めていた。


「へぇ、とてもいい魔力の流れだ」


「わかるんですか?」


「私も、剣術と魔術はそれなりに心得がありますからね。最低限、魔獣に脅しを掛けられる程度の自衛手段は持っていないと、一人旅なんてやっていけませんよ」


 ひょろい兄ちゃんにしか見えないのだが、案外戦える人らしい。

 怒らせるのはやめておこう。

 麻袋破りかけてごめんなさい。


「この辺り、なかなか夜は冷えますからね。助かりましたよ」


 にこにこと笑みを浮かべるジェーム。

 どこか作り笑いっぽいのは、この人の癖なのだろう。

 決して麻袋の件のせいではないと思いたい。


「ははは……俺はジェームさんに助けられた身ですから! 本当、雑用でもなんでも熟しますから、何かあったら言ってくださいね!」


「べ、別にそこまで言ってくれなくても。一人道連れが増えたくらい、変わりませんよ。賑やかでいいです」


 いい人だ……。


 布を被り、麻袋の上で眠った。

 慣れない馬車の移動で少し疲れたが、明日にはオーテムの彫り方をメアへ教える約束になっている。

 仮眠を取ったら準備を始めよう。


 交代で寝ずの番をすることになっているので、後でジェームから起こしてもらえるはずだ。

 ちょっと眠ってから準備を始めよう。


 夜中の間に魔術で手頃な木を倒して枝を払い、オーテム彫りに手頃な丸太を用意しておいた。


 朝起きてから、荷馬車が再度出発する。

 保存食を分けながら、森中を進む。

 オーテム彫りのイロハをあれやこれやとメアに教えていく。

 一応、手応えは良さそうだ。


 街についたら、オーテムを広めて回るのも悪くないかもしれないな。


 なんとなく魔力を感じたので、ふと後ろを見てみた。


 目を凝らしてみると、遠くに真っ黒な犬らしき獣が見える。

 かなり速い。すぐに追い付かれそうだ。


「……ジェームさん、あれ、魔獣じゃないですか?」


 ジェームは横目で後ろを確認し、小さく舌打ちした。


「あれは……ガルム!? くそっ! なんで、こんなときに……」


 ガルム、名前は本で見たことがあった。

 真っ黒な犬で、ハウンドの変異種らしい。

 指定危険度は六段階中下から三つ目、D級。

 因みにD級からは、街の近くで発見があった場合、報告の義務が課される。


――――――――――

 魔獣と呼ばれる部類の獣は、土地や個体の魔力の都合で変異種が生まれるケースがある。

 それらの出現は突発的で、予測は難しい。

 遭遇率は低いが、旅の際にはもっとも気をつけなければならない自然災害である。

(引用:エドナ・エルバータ著作『魔獣の生態』)

――――――――――


 俺の敬愛する冒険者、エドナ・エルバータは、確かそんなことを綴っていた。

 エドナの詳細は知らないが、族長の書庫にある魔獣関連の書物はほとんどエドナ・エルバータ著作であった。

 きっと博識で研究熱心な人だったのだろう。


「実際見たのは初めてだな。お、必死に追ってきてる追ってきてる」


 ガルムは目が赤いドーベルマンといった外見をしていた。

 涎をだらだら垂らしながら、こっちへと向かってきている。


「グゥルワァァァァァッ!」


 勇ましい声で鳴き、こちらへの距離を着実と詰めてくる。

 ペットに犬を飼ってみるのもありだな。俺はどちらかといえば猫派だが。


 メアが呆然とした顔で、彫りかけのオーテムを落とす。


「ジェームさん! スピード! スピードを上げてくださいぃいいい!」


 そんなに慌てなくとも。


「おいおい、どうした? 犬が苦手な……」


「とにかく、荷物を全部捨てるんだ! 軽くなるし、上手く行けばそっちに関心が移るはずだ!」 


 ジェームが、俺の声を遮って叫ぶ。


「ちょっ、そこまでしなくても……」


 俺の制止も聞かずに、メアが麻袋をガルムへと投げつける。

 ああ、勿体ない。

 まだ距離はあるので届きはしないが、それで気を悪くしたのか、ガルムがメアへと吠える。


「グルワァァッ!」


「ひぃいい! ごめんなさい! ごめんなさい! 生まれてきてごめんなさい!」


 メアは麻袋に顔を埋めながら泣き叫んだ。


「ぐ……でも……そ、そうだ! アベルさん、魔術が使えるんですよね? なるべく派手な魔術で、ガルムの気を引けませんか?」


 頭を抱えていたジェームが、俺へと叫ぶ。


「えっと、派手な奴のがいいんですか?」


「ええ! ちょっとでも派手な方が!」


「気を引くだけでいいんですか? 駆除か捕獲じゃないと、他の人が危ないんじゃ……」


「早く! なんでもいいですから、早くお願いします!」


 俺は杖を取り出し、ガルムへと振るう。


বায়ু(土よ) ফলক(刃を象れ)


 土が盛り上がって形を作り、十メートル程度の刃が地面から現れる。


「グゥルワァァ…………グゥルワ?」


 土の刃はそのまま、近くの木を巻き添えにガルムを両断した。

 大きな土埃が起き、連鎖して何本もの木が倒れる。


「……え?」


 ジェームが目を丸くし、口を開けながら背後を見る。

 馬もジェームの命令を無視して足を止め、主同様口を開いて後ろを見ていた。


「あ、ああ、うん。助かったよ。……アベルさん、強いんですね」


 言いながら、ジェームは目を擦っていた。

 何度か見返せば光景が変わるのではないかとでも思っているようだった。


「すいません、麻袋、ひとつ巻き添えに……」


「い、いや、大丈夫! それは気にしなくても大丈夫だから!」


 ジェームは言いながら、ぶんぶんと首を振った。

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