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六歳①

 俺は六歳、ジゼルは四歳になった。


 俺がオーテムを作り始めたのは二年前、つまりは四歳の頃である。あれから二年間ほぼ毎日オーテムを作り続けている。


 置き場に困りはしたものの、上手く作れたものにはやっぱり愛着がある。

 父に纏めて焼かれそうになったが泣いて抗議し、なんとか庭の一部をオーテム置き場として認めてもらうことに成功した。

 子供で良かった。久し振りにそう思った。


 父も自分の子供が魔術修行に熱を上げていることには満足しているらしく、それを挫くような真似はしたくなかったのだろう。

 妹のジゼルが加勢してくれたのも大きい。父は妹に弱い。


 ただ、庭とてそこまで広くはない。

 オーテムを庭先に並べている家は少なくないが、ウチのようにゴミ山レベルに積まれているところはない。

 明らかに世間様から浮いているし、父もそのことをあまりよくは思っていなさそうだ。


 俺としてはかなり選別し、完成したらすぐ大半は壊すようにはしているものの、どんどん自家製オーテムの数は増えて行く。

 昔はひとつ作るのに一週間以上かかったものだが、今では日に三つは作れる。

 どんどんオーテムは庭を覆い尽くしていった。

 今では、百を超える数のオーテムが庭には並んでいる。


 今日も俺はオーテムを椅子代わりにし、オーテムを作っていた。

 傍らにはジゼルもいる。

 オーテムの上に座ってもいいぞと言ったのだが、「にいさまの作ったオーテムの上に乗るなんて、できません!」と返されてしまった。

 わざわざ座り易いように作ったものが幾つかあるから、俺としては座ってもらった方がありがたかったりするのだが……。


 しかし毎日作る俺も俺だが、それを毎日見ているだけの妹も妹だ。

 白い頬を仄かに赤らめ、楽しそうに俺がオーテムを作っている様を見ている。

 見ているだけで飽きないのだろうか。

 ジゼルにもオーテム作りを教えてやるかとはいつも考えてみるのだが、可愛い妹に刃物を持たせるのは、やっぱりちょっと抵抗感がある。

 もうちょっと……せめて、ジゼルが五歳になってから様子を見てみるか。

 父とも相談の上で、だな。父に黙ってジゼルにナイフを握らせたとなると、ばれたときにぶん殴られかねない。

 

「……アベル、アベルよ」


 と、父のことを考えた瞬間、丁度父が心配げに声を掛けてきた。

 考え事をしていたせいで、父の存在に気が付かなかった。

 俺は驚いてナイフを落としそうになったが、慌てて宙で掴み直す。


「な、なんでございましょうか、父様?」


「お前は、どうしてそこまでオーテムを作り続けるのだ」


「どうしてと言われましても……いえ、魔術の修行にはこれが一番であると……」


 このマーレン族の集落では、どれだけ優れた魔術の使い手であるかはステータスだ。

 親としても子が魔術の鍛錬に明け暮れることは喜ばしいことであるはずだが、最近両親の俺を見る目には困惑の色が強い。


「しかし……その、だな。俺がオーテムを初めて作ったのも八つのときだ。まだ早いとは言わんが……もう少し子供らしく、遊んでいてもいいのだぞ」


 なるほど、要するに子供っぽくないのが不安だということか。

 しかし俺の基準からいわせてもらえば、魔術修行に時間を費やす者の方が遥かに子供っぽいのだが……いや、そんなことは実際に魔法のあるこの世界で言っても意味があるまい。


 しかし子供らしくといっても、俺も前世と足せば二十を軽く超える。集落の子供に混ざり、遊ぶ気になどなれないのだ。

 オーテムを作ったりして魔術に関わっている方がずっと楽しい。

 ゲームやスマホでもあればまた別なのかもしれないが、この世界にそんなものがあるとはあまり思えない。


「例えばだが、集落の外の森へ遊びに行ってみたらどうだ? ジゼルを連れて行くのは危ないからまだ認められんが……」


 集落の外の森……か。

 しかしそこで、何をして遊べと言うのか。

 子供ならば走り回っているだけでも楽しいものなのかもしれないが、俺の精神としては、そういう時期をとっくに過ぎてしまっているのだ。


 いっそのこと前世のことを話してしまうかとまで考えるが、それは思いとどまる。

 気味悪がられて集落を追い出されては敵わないし、悪魔憑きだと処刑されてしまうことだってあるかもしれない。俺自身、自分が悪魔憑きか何かなんじゃないのかと考えてしまうこともある。

 処刑や追放がなかったとしても、家族と気まずくなるのはゴメンだ。

 俺は今の父母、妹が大好きだ。前世の家族同様に大事だと思っている。

 

「いえ、しかし……」「い、嫌っ! それは嫌、です! だとしたら、わたっ、私も行きます!」


 ぎゅっと、ジゼルが俺の服の裾を掴んでくる。

 それなりの力だ。皺になるからやめなさい。


「む、むぅ……」


 今度は父が口籠る番だった。父はジゼルに弱い。


「とうさまは、とうさまは、いつもにいさまと仲良くしなさいと、なのに、なのに、なんでそんなことを言うのですかっ!」


 ついにジゼルは泣き出してしまった。

 ジゼルは四六時中俺にべったりの兄貴っ子、おまけにまだ四歳だ。

 そこへ俺を引き離すといえば、癇癪を起こしてしまっても仕方ない。これは父のミスだ。


 俺はジゼルの背を撫でて慰めてから、動揺する父をわざとらしくキッと睨んでやる。


「ほ、ほら、泣き止みなさい! 父さんが、父さんが悪かったから!」


 よし、上手く誤魔化すことに成功した。

 俺は慰めと共に感謝の意を込め、ジゼルの背を撫でる。

 ジゼルはひっぐひっぐと嗚咽を上げながら俺の身体に寄りかかり、がっちりと胴に腕を回してくる。


 俺は狼狽える父を横目で見ながら、こっそりと舌を出す。

 しばらくはジゼルを盾に逃げることにしよう。

 妹を傷付けることになるのは不本意であるので、次からは先にあれこれ仕込んで置いて父の揚げ足を取って撃退することにしよう。

 ジゼルはいつでも俺の傍にいるので、常に盾として機能してくれるはずだ。ちょっと言い方は悪いが。


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