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十六歳②

「父様父様、少し、話があります」


 夕食が終わった後、俺は妹の目を盗んで父を呼び出し、家の裏へと移動した。


「アベルが話とは、珍しいな。なんだ、香煙草ピィープに関することか?」


 ……最近父は香煙草ピィープの話ばかりな気がする。

 俺が一発当てて、ベレーク家がちょっとした資産持ちになったのがよっぽど嬉しいらしい。

 あれから頻繁に族長の許へ足を運んでいる。

 香煙草ピィープに関することで話すことが多いのはわかるが、それにしても頻度が高い。

 族長のところに擦り寄っている感じがして、俺としては複雑だ。このまま増長して第二のカルコ家にならなければいいのだが。


「いえ、ジゼルに関することです」


「ほう、そろそろお前もそういうことを考える時期になったか。お前が切り出さなければ、この機会に俺から話しておこうと考えていたところだ」


 ん? 父が、ジゼルの話を?

 まぁ、それも当然か。口には出さなかったが、両親もジゼルのブラコンっぷりについては思うことがあるのだろう。


「で、式はいつにするのだ? なるべく、成人の儀を終えた年内の方が好ましい。先延ばしにする意味はないのだし、来月は縁起が悪いな。来週にでも……」


 あれ、何かおかしくないか?


「ちょ、ちょっと待ってください! 何の話ですかそれは!」


「む? ジゼルとお前の結婚式の話ではなかったのか?」


「……はい? え、ちょっと待ってください。なんで俺とジゼルが結婚するんですか?」


 父はここで顔を顰める。

 いや、顔を顰めたいのは俺なんだけど。


「なんだ、嫌なのか?」


「いや、嫌とかいう以前の問題でしょう! おかしいですよ!」


 疑問を口にしながらも、同時に俺の中で、今までこの集落で感じてきた違和感が繋がっていっていた。


 ジゼルが生まれたばかりのとき、まだ幼い俺にジゼルの世話を極力任せようとしていた両親。

 シビィが俺とジゼルの関係を誤解していたこと。

 ノズウェルの言っていた、『お前の妹を娶ってやる』の意味深な言い方。

 その他、今まで感じてきた価値観のズレ。


 そういえば家に、奇妙な童話があった。

 ストーリーは単純なもので、ドラゴンに攫われたお姫様を騎士が助けに行くというものだった。

 最後はお姫様は自分を助けてくれた騎士を振って、今まで欠片も出てこなかった兄と唐突に結婚して終わる。


 ジゼルは、あれを読んで泣いていたような気がする。

 ブラコン姫に弄ばれた騎士の不憫さを憐れんでいたのかと思っていたが、あれはまさか、感動の類のものだったのだろうか。


 この集落、まさか身内婚が奨励されているのか?

 そういえば、前世でも身内婚が美徳とされている宗教があったように思う。


「い、いや、俺はちょっと……その、そういう目でジゼルを見れそうにはないです」


「ふむ、まぁ、わからんでもない」


 良かった、まったく話が通じないというわけでもなさそうだ。

 そりゃそうだよな。さすが俺の父ちゃん、話がわかる。


「世帯を持つというのは、それだけ責任を負うことになる。自由奔放のアベルには、重く感じるか。だが、お前とてマーレン族の成人。これを機に、もう少し大人になることだ」


 全然違うんだけど!?


「すいません、俺は、結婚というのは、通常他家同士で行うものだと思っていたので……」


「何を言っておる。俺も妹と結婚しているぞ?」


 さも当然だというふうの父。


「えっ」


 知りたくなかった驚愕の事実。

 母さん、父の妹でしたか。


 いやいや、いやいやいやいや。

 今まで確かに、あれ、話飛んだな、何かおかしいなと思っていたところはあったけれども、まさかそんなことはないと信じていた。

 でも、いわれてみれば、確かにそういったことを示唆するやり取りは何度もあったような気がする。


「どうしたのだアベル、そんなに汗を掻いて」


「なな、なんのために! 別に他家でもいいじゃないですか!」


「ど、どうしたのだ本当に。その理屈からいうと身内でも問題はないだろう。いいか、近親であればあるほど、子孫の魔力が強くなるといわれておってだな……」


「普段は弓弓弓弓言っているのに、今更そんなところに拘るのですか!? もう、魔術なんてどうでもいいんじゃなかったんですか!?」


「どうでもいいわけがあるまい! 大事なマーレン族の文化であるぞ! むしろ普段は魔術魔術言っておるお前がどうしたのだ?」


「そうなんですけども! そうなんですけども!」


 駄目だ、一旦落ち着こう。

 ちょっとパニックになってしまっている。

 ゆっくり、冷静に話せば父もわかってくれるはずだ。


「いいですか父様、落ち着いて聞いてください。血縁の近い者同士で子を成すと、有害な劣勢遺伝子が結合して遺伝的疾患等を引き起こすリスクがあるのです。何代も繰り返していれば、そのリスクは急激に高まっていきます。有性生殖の利点を捨てていますから、身体の耐性も当然落ちます」


「落ち着けアベル、何を言っているのかさっぱりわからんぞ」


「ちょっとした風邪でも大変な大事に……」


 そこまで言って、マーレン族内での風邪の症状が激しいことを思い出した。

 やっぱり悪影響出てるじゃないか。いやでも、魔術で対処できてるから問題ないのか。

 いや、そういうの抜きにしても、精神的にちょっと受け入れきれそうにない。


「なんだ、乗り気ではなかったのか? お前はジゼルのことを、よく可愛がっておると……」


 それはあくまでも、妹として、である。

 一線を越えてしまう気はない。絶対にない。


「しかしだな、集落の決まりでは、兄妹が生まれれば男の方が成人の儀を迎えれば、年齢差が五年以内ならば結婚することになっているのだ。これもしきたりと……」


「いえ、さすがにちょっと……」


「む、むぅ。まさか、いくら変わり者のお前でも、こんなこと言い出すとは……」


 父はそう言ってから、黙る。

 俺もなんと言えばいいのかわからなかった。沈黙が続く。


「兄様! 兄様ー! 母様、兄様を見ませんでしたか? 先ほどからお姿が見えないのです。表の庭にもいませんでしたし、何か聞いていませんか? 知らぬところで力尽きて行き倒れになっているのではないかと、私は心配で心配で……」


 ジゼルの声が家から聞こえてくる。

 それを聞いて、父が家の表玄関へと歩き出す。


「ちょ、ちょっと待ってください父様! まだ話は終わっていませ……」


「……アベルがまた余計なことを始めるより先に、式の準備を整えておかねば。案外奴は流されやすいから、式さえ終えればどうとでも……」


 父が、ぼそっと言った。

 俺は、追いかけかけた足を止める。

 おいこの親父、今何を口走った。


「と、父様? 冗談ですよね?」


「む!? な、何か声に出ていたか?」


 父はあからさまに動揺している。

 間違いない。先に周囲を固めて強行し、俺を流すつもりだ。

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