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十六歳①

 俺はささくれを鑢で削り、塗料を塗っていく。


 木でできた大きな箱が出来上がる。

 先頭部分には顔がついている。これも広義ではオーテムに入る。

 昨日シビィと協力して作った車輪を取りつければ、これで完成だ。 


「うし、できあがったぞ!」


 四輪木偶台車、名付けてオーテムトロッコだ。


 この集落では、野菜の値が高い。

 畑として開拓し辛い地質やすぐ畑を駄目にしてしまう魔草が原因だ。


 香煙葉ピィープのお蔭でひと財産できて余裕のある俺は、次にトラクターを作って農業を発展させてみようと考えたのだ。

 このオーテムトロッコはその第一歩である。


 これをどんどんと改良していき、最終的には草を切り飛ばし土を混ぜ、ついでに魔導ビームも撃てるオーテムトラクターを作ろうと企んでいる。

 まずは、魔力さえ充電すれば誰にでも操作可能になるようにしたい。

 これが最初の難関だな。


 前々から構想はあったのだが、材料がまったく揃いそうになかったため諦めていた。

 だが、今の俺ならば希少鉱石でもじゃぶじゃぶ手に入る。

 資財は正義だ。


「こ、これ! これが本当に動くのですよね!? 乗れるのですよね!?」


 ジゼルが興奮気味に言い、オーテムトロッコへと近づく。


「ああ、乗って移動ができる。ジゼルも、実験段階で俺が車輪を魔術で回しているのは見たことがあるだろ?」


「す……すごい! すごいです! 乗ってみたいです!」


 ジゼルが期待の眼差しで俺を見る。


 しかし、魔術のある世界で、トロッコくらいでそこまで驚かれることになるとは。

 これくらい地球にもゴロゴロしているのに。


 とはいえ、その気持ちはわからないでもない。

 俺だって久々に見た車輪付きの乗り物に、正直ちょっと興奮している。

 目にしたのはかれこれ十六年振りになる上、それも自分で作ったものだ。

 兄としての威厳を保つためにも平静を装っているが、今すぐにでも踊り出したい気分だ。


 ジゼルの期待に今すぐ応えてやりたいところだが、それはできない。


「ん~……もうちょっと、安全確認を行ってからだな」


「え……ど、どのくらい……」


「一週間はほしいな。意外な盲点があるかもしれないし」


「そ、そうですか……」


 そこまで残念そうな顔をしなくても……。

 一瞬心が揺らぎかけるが、首を振ってその考えを打ち消す。


 気を緩めてはいけない。前世でもどれだけ自動車事故があったことか。

 そもそも俺が死んだ理由だって自動車事故なくらいだ。

 ましてや、このオーテムトロッコは調整中である。

 スピードを出さなければ大丈夫……とは思うが、事故とはそういった油断が積み重なって起こるものなのだ。


 スピードを出さなければ大丈夫……が、次はこれくらいなら大丈夫、もうちょっとなら大丈夫、と緩和されていくものだ。

 俺はジゼルがきゃーきゃー横で面白がっていたら、気がどんどん緩んでいく自信がある。

 よーしお兄ちゃんもっと速度上げちゃうぞーなんてことにもなりかねない。


 ジゼルに万が一のことがあれば、俺は一生後悔する。

 ジゼルを乗せるのはもっと後だ。

 しばらくは俺が一人で乗り、色々と試行錯誤を繰り返し、欠点を洗い出し、応用を重ねた後だ。


 しかしジゼルがここまでオーテムトロッコに執着を見せるのは意外だった。

 こういうのは、どっちかというと男の方が好きなイメージがある。

 シビィも完成予定図を見たときは、涎を垂らしながら紙面を食い入るように見つめていたものだが。


 ……因みに、シビィは今日、アーディー家の先祖の霊へ祈る日だそうだ。

 前世でいう盆や法事のようなものだ。


 今日がオーテムトロッコの完成予定日だったため、シビィはあの手この手でサボろうとしていた。

 実際朝、シビィはこっちに来た。

『アベルさん、アベルさん! なんとかオーテムを囮に父上を出し抜いて抜け出して来ちゃいました!』

 なんて言っていたが、俺の家に先回りしていたガリアの姿を見つけると、一気にドヤ顔が泣き顔へと変わっていた。

 ガリアの方が一枚上手だったらしい。

 そのままシビィはガリアに引き摺られて連れられて行った。


 俺はシビィの家の方を向き、そっと頭を下げる。


「兄様、どうなさいましたか?」


「いや、シビィも完成に立ち合いたかっただろうと思ってな」


 安全性の確認が取れてから、アイツも乗せてやろう。


 集落の中で走らせるのは野良フィロが飛び出してくるかもしれないから危険だ。

 魔術で軽くしながら押して森近くまで運び、それから魔術で車輪を動かしてみるか。


 ゆっくり走らせて移動させるくらいならいいのではとは俺も思うのだが、何せ今日出来上がったばかりだ。

 予想外のことがあるかもしれない。

 警戒するに超したことはない。安全第一で行こう。


 ……しかし、問題が一つある。

 例え魔術で軽くしたとしても、このトロッコを押しながら歩いていたら、途中で体力が尽きて倒れてしまいそうだ。


 ジゼルに頼むか?

 しかし、兄の威厳が……。


 ……もう、この方向での威厳は諦めてもいいか。

 俺が非力なのは今更だ。

 俺も改善しようと筋トレとかちょっとやってみた時もあったが、文字通り三日坊主だった。


 ジゼルだって、俺が頼るといつも嬉しそうに引き受けてくれる。

 俺だってジゼルに頼られると嬉しい。

 兄妹仲を深めるためには、適度に頼ることも大切なのだ。


「兄様……その……」


「どうした?」


「あ、安全の確認が終わったら、最初に私を乗せてください! フィロさんや、……シビィさんより先に。……だ、ダメですか?」


「安心しろ、元よりそのつもりだ。ただ車輪の都合で小さいし、二人で乗ると少し狭いかもしれないぞ」


 このオーテムトロッコは完全に魔術制御だ。

 今後、起動さえすれば誰でも操作できるようにしたいのだが、今は俺しか運転することができない。

 必然的に俺が乗り込むことになる。


「いえ大丈夫です! むしろ、もっと狭くても大丈夫です!」


 ジゼルは、俺の服をぎゅっと掴みながらそう言う。


「……う~ん、ちょっと酔うんじゃないか」


「そ、そうなのですか……」


 ちょっと残念そうだった。

 まだまだジゼルの兄離れは先になりそうだ。


 ジゼルのこういった様子を見ていると嬉しくはあるのだが、同時に不安になる。

 ジゼルももうすぐ十四歳になる。

 この調子では、成人の儀を終えても兄離れできないかもしれない。


 オーテムトロッコの調整から帰ってきてから、ジゼルの目を盗んで父に相談してみるか。

 いつか相談しよう相談しようと考えながら、ずっと後回しにしてしまっていた。

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