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十五歳⑫

 俺は衣装を雑に脱ぎ捨てた後、ジゼルと共に交換広場へと向かった。


 シビィは人だかりの近くにいたため、すぐに見つけることができた。


 シビィは魔獣の皮で作った絨毯の上に座り、小さくなっていた。

 絨毯の上には、香煙葉ピィープの入った麻の袋と、交換して受け取るものを積むための台車が横に置かれている。


 俺は周囲を見回す。

 場所取りを手伝ってくれているシビィの知人が来ているという話だったのに、姿が見当たらなかった。


「どうした、シビィ。先に売ってくれていてもよかったのに」


 俺が言うと、シビィは真っ青になった顔を上げる。


「だだ、だって……だって……」


 シビィは口籠りながら、ちらりと横に目をやった。

 俺もシビィの目線の先を追う。


 隣には、ノズウェル率いる例の三人組がいる。

 木で簡単な屋台のような物を出していた。

 露店の前には、ずらりと行列ができている。


 チビがせっせと交渉を行い、ノッポが受け取ったものの整理を行っている。

 なかなか忙しそうだ。


 カルコ家は族長が浸透させようとしている通貨代わりの魔鉱石を認めていない。

 元より魔鉱石通貨があまり浸透していないのは、この集落で一番持ち運びやすく価値の安定している香煙葉ピィープとの交換をカルコ家とその一派が拒否しているところが大きい。

 よほど族長とカルコ家は不仲のようだ。


 そのため交渉がすべて物々交換であり、一件一件に時間と手間が掛かっているようだった。

 ひとつひとつに価値の目安はあるはずだが、ノッポも普段はあまり交換広場になど来ないのだろう。

 変わったものを出される度に狼狽えていた。


 ノズウェルは座りながら、時折二人を怒鳴っている。

 たまに客にも怒鳴る。

 内容もあまり助言のような生産的なものではなく、「文句があるなら出ていけ!」か「早くしろ!」の二つだ。

 そして度々こちらを鬱陶しそうに睨んでくる。

 いや、お前も働けよ。

 あの二人……本当に苦労してそうだな……。


 シビィが委縮しているのは、ノズウェルの露店の前にできている行列のせいのようだ。

 あちらに並んでいる人達は、こちらを怪訝そうに見ている。

 カルコ家に真っ向から喧嘩を売るような真似をしているのだから、あまりいいようには見られていないだろう。

 初期イメージが悪いのは仕方ないか。

 シビィの知人も、この視線に堪えきれず逃げ出したのかもしれない。


「ア、アベルさん、この位置、ヤバくないですか? なんか、めっちゃ睨まれてるんですけど……」


「そりゃそうだろ。元よりここが空いてたのは、万が一にもカルコ家の機嫌損ねたくなくて皆避けてたんだろうからな。それを同種の商品で露店を出すなんて、油塗って火に飛び込むようなものだろ。俺でも怖気づいて遠慮していたかもしれない。

 それを幸いと真っ先に陣取るなんて、なかなかできることじゃない。見直したぞシビィ」


「じゃあ駄目じゃないですか! じゃあ駄目じゃないですか! だからやっぱり日を替えましょうって提案したんですよ! 今更俺のせいにしないでくださいよ!」


 シビィが半泣きで俺の首を絞めてくる。

 ストップ、やめて、本当に苦しいから。


「じょ、冗談だ冗談! 早速交換を始めていこう。な?」


 しかしまだ開始していないとはいえ、人ひとり並んでいないとは。


 ここなら香煙葉ピィープを求めて集まっている人が多いはずだし、カルコ家にも直接的なダメージを与えられると思ったのだが……裏目に出たか。

 近すぎて露骨に嫌がらせを仕掛けているのが客にも丸わかりになってしまっている。

 下手にこちらに並べばカルコ家に目をつけられる恐れもあると、そう怖がられているようだった。


 少し浅はかだったか。

 しかし、当たったとき大きいのも事実だ。

 動くつもりはない。

 俺は小遣いを稼ぎに来たのではない。

 ジゼルに手を出せないようカルコ家の力を削ぎに来たのだ。

 大成功か大失敗かしかない。


「……ちょっと俺は、家に戻る。ジゼル、行くぞ。シビィ、店を動かしておいてくれ」


「ちょちょ、ちょっと! また俺一人こんなところに置くつもりですか!? こんな空気の中で売り込みを始めろと!? 滅茶苦茶心細かったんですよ俺!」


「す、すぐ戻ってくるから……。家に準備を置いて来たままなんだ」


「無理ですよう……俺、これ以上ここに一人でいたら心が折れそうです……」


 シビィは『一人』というのを強調して言い、それからジゼルをちらりと見た。

 なるほど、仕方がない。


「ジゼル」


「はい兄様、なんでしょうか?」


 俺とジゼルの会話を聞き、シビィが顔を輝かせる。


「家に戻って、俺が昨日彫っていたオーテムを取ってきてくれ。あの、青いのと赤いのだ」


「任せてください!」


 シビィががっくりと肩を落とした。

 ジゼルは一人で家へと向かって駆け出していった。

 シビィはその背を、寂しげな表情で見守っていた。


「い……今のは……ジゼルちゃんをこっちに置いて、お義兄さんが取りに行く流れじゃなかったんですか……?」


 誰がお義兄さんだ。


「おいおい、俺をあまり買いかぶるなよ。オーテムを二つも持って走ったら、道中で倒れて動けなくなるぞ」


「……そうでしたね」


 魔術で動かしてもいいが、村中に二体もオーテムを走らせていたら危険だ。

 元より今ジゼルに取りに行かせたのは、移動を前提としていないオーテムなのだ。

 素早い反応を可能にさせるための仕掛けは施していない。

 フィロみたいな奴が飛び込んできたら接触事故が起こる。


 俺は屋台奥にいるノズウェルを睨む。

 ノズウェルは足を開いて腕を組み、ぎゃーぎゃーと取り巻き二人を怒鳴りつけていた。


「わかってるのか! 交換で失敗したら損だとか、そんなチャチな問題じゃないんだよ! 僕はパパから、決めた価値から動かすなと言われているんだ! 下も駄目、上も駄目だ! 適当にやったら承知しないぞ! まったく、僕ひとりでやった方がマシだなこれなら!」


 おう、じゃあ今すぐ一人でやれよ。


 どうやらチビが交渉でミスをしたらしい。

 だったらノズウェルがすぐに訂正すれば良かったのではと思うが、俺に口出しする理由はない。

 生暖かい目で見守っていよう。


 ノズウェルは葉五枚の束を魔獣の毛皮一枚相当の価値として捌きたいらしい。

 物の価値にズレがあるため断言はできないが、日本でいうと五千円程度である。

 今回カルコ家が露店に並べているのは新作らしく、従来から値を大きく上げているようだ。


 因みに、だいたい葉五枚一束で一日分だ。

 十束ほど纏めて買って行く人も多い。


 ノッポが大量の物資を受け取り、屋台の奥に積んでいく。

 香煙葉ピィープが売り切れるより先に交換品でパンクしそうな勢いだ。

 あんなに貯め込んで何に使うつもりなんだか。


 さて、こっちもそろそろ動き始めるとするかな。

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