十五歳⑪
成人の儀は無事に終わった。
元々、さほど長い儀式ではない。
呪術に強い耐性を持つといわれている植物を煮詰めた汁を飲んだり、オーテムを彫って精霊語で唄を歌ったり自作の笛を吹いて先祖の霊に祈ったりだ。
儀式に来てくれた人達には、俺が仕留めた魔獣の肉を振る舞う。
とはいっても人数も多いし、あくまでも形式的なものだ。ほとんど一口サイズの肉を配るだけで終わった。
きっと一人前になったことを示す意味合いがあるのだろう。
そして最後に、キセルを片手に空高く上がった日に対して逆の手で十字を切ってお終いだ。
全体で二時間ちょっとといったところか。
朝に始まり、昼頃には終わる。
参加してくれたのは、ざっと四十人ほどだろうか。俺のあまり知らない人もいた。
俺の知人は少ないが、父の顔は普通に広い。
普段まったく外に出ない族長が、わざわざ外に出てくれたというのも嬉しい。
成人の儀が終わってから、キセルを遠ざける。
「ふぇくしっ!」
やっぱり煙たい。
匂いはいいのだが、これだけは慣れそうにない。
「これでお前も、マーレン族の成人の一員だ。これからはもう少し外聞を気にし、魔術研究もほどほどに狩りにも出るのだぞ」
狩り中に魔術を使うことは、とっくの昔に父から許可をもらっている。
なんというか、もう、父が折れた。
だから狩りを手伝うことは別にいいのだが、魔術云々に関しては悪いが自重できそうにない。
それはともかくとして……。
「……すいません、父様、手を貸してください。服が重くて動けません。上、脱いでいいですか」
「も、もう少し小声で言わんか!」
成人の儀では特別な儀式服を重ね着し、頭にごてごてとした飾り物もつけねばならない。
これが重いことなんの。服の中は汗だくだくである。
「わ、私が手を貸しますよ兄様! お疲れさまでした!」
「悪い、もう、体力が……」
この後、交換広場で
今日はもう寝たい。オーテムを抱いてゆっくり横になりたい。
俺はジゼルに連れられ、ふらふらと建物の影に入る。
「おめでとうさん。これでゼレのところの子も、無事一人前か」
「あ……ガリアさん、どうも。来てくださってありがとうございます」
拍手をしながら近づいてきたのは、シビィの父、ガリアだった。
「しっかしその様子、もう新婚みたいだな。で、式はいつ上げるんだ」
ガリアの軽口に、ジゼルが耳まで真っ赤に染める。
赤くなった顔を隠そうと、俺のごてごての衣装に顔を埋める。
「はっは、あまり茶化さないでくださいよガリアさん」
「ん? あ、ああ、そうか?」
ガリアは納得いかなさそうに、顎に手を当てる。
確かに外から見ていればちょっと仲良すぎるように思えるのかもしれないが、その反応はないだろうに。
「しっかしいつもはアベルさんがアベルさんがばっかし言ってるのに、シビィの馬鹿はどこに行ったんだか。いや、本当に悪いな。あいつ、急に姿を消して……」
「い、いえいえ、実は自分が頼んだんですよ!」
「頼んだ?」
「ええ、ちょっとした用事があったんですが、自分は成人の儀で動けなかったもので……。すいません」
「いやいや。なんだ、アベルだったか、それなら納得だ。ったく、だったらアイツも言えばいいのに……。で、何の用事なんだ?」
そんな納得のされ方、ちょっと嫌なんだけど……。
でも、今までにも結構シビィあれこれ連れ出してるから、何とも言えないのが……。
す、すいません、ご迷惑をお掛けしました。
「これですよ」
俺は言いながら、キセルを軽く振る。
煙がさっと辺りに散った。
「変わった匂いすると思ったら、まさかそれ、自作か!? なんかやってるとは聞いてたけど、シビィも何も言わないからてっきり諦めたもんだと……」
「一気に量産してばら撒きたかったんで、なるべく伏せてもらってたんですよ。今、運搬と場所取り、情報集めをシビィに頼んでいます。いや、重ねてすいません」
「はっはっ! ついにアベルはそこまでやったか。あんまし作ったらカルコ家に目つけられちまうかもしれねぇぞ。気をつけろよ」
「大丈夫ですよ。三人で管理できる分しか作ってませんから」
「こりゃいい、傑作だな! そうか、なぁ、今予備とか持ってねぇのか?」
ガリアは豪快に笑いながら、そう催促して来る。
「ありますよ。どうですか?」
「よし、じゃあ俺が客の一号だな」
ガリアは服の中から魔法陣の入った鉱石を取り出す。
族長が価値を保証している、通貨代わりのようなものだ。
「実はきてくれた人に配るつもりだったんですよ。礼と、それから宣伝で。お試し品みたいなのですから、あんまり量はないんですけどね。ほら、あそこの麻袋の中身がそうです」
「……結構がっつり作ってないか? 大丈夫だよな? ここだけの話、あいつら陰湿だから気をつけろよ」
ガリアは笑みを消し、声を潜めて忠告してくれる。
が、もう遅い。
カルコ家がねちっこいのは知っているし、もう準備も整った後である。
こちらはすでに格安で捌き続ける準備がある。
俺はごてごての格好のせいであまり動きたくないので、ジゼルに麻袋を取ってきてもらった。
俺はその中から布に包んだ
ガリアは
煙を吐き出してから、「おおっ!」と感嘆を漏らす。
「おい! いいじゃないかこれ! 成人の儀の間、お前がクソ不味そうな顔してたから、てっきり大味だと思ってたのに」
「煙たいのがちょっと苦手なもんで……」
「ちょっとアベルさん! アベルさん! 大変です!」
俺とガリアが話しているところに、シビィが割って入ってきた。
「おい、シビィ! お前、俺に黙って……」
「げっ! ち、父上! ちょ、後にしてください! 今、ヤバいんです!」
どうにも慌ただしい。
「なんでこっちにいるんだ? 場所取りは……」
「そっちは知り合いに代わってもらってるんで大丈夫なんですけど……いや、大丈夫じゃないのかもしれませんが……。俺の判断じゃ色々と心細いんで、終わったなら早めに来てください!」
「ど、どっちなんだよ? なんだ、予想外のことでもあったか?」
「実は、準備に手間取っちゃって……場所取り、遅れたんですよ。それで慌てていって、いい位置空いてると思って飛び込んで準備進めてたら……カルコ家の真横だったんです。気付いたときにはもう、隅しか空いてなくて……。それで、移動させようかなと……。なんか、カルコ家の方も今日はかなり力入ってるみたいで、日にちも変えた方が……」
「よし、よくやったシビィ!」
「えっ?」
時は一刻を窮する。
俺は儀式用の重ね着に手を掛ける。が、汗で上手く脱げない。
「くそ、先行ってくれ! 絶対その位置手放すなよ! 死んでも守れ! 俺もすぐに向かう!」
「マ、マジですか?」
シビィは、ぽかんと口を開けたまま言う。
「ここで退く奴がどこにいるんだよ! ちょっとジゼル、脱ぐの手伝って!」
「はい、任せてください!」
「アベルゥウウ! おまっ、お前っ! 何をやっているのだァッ!!」
族長に頭を下げていた父が、俺を見て悲鳴を上げる。
だが、気にしている場合ではない。後で十字でもなんでも切ってやる。