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十五歳⑨

 香煙葉ピィープ畑を作り始め、三日目。

 ずらりと並ぶ、五十体近いオーテム。

 そしてそれらを守る山さん二号、三号。


 いや、なかなか苦労した。

 あまり範囲が広くなりすぎると管理が難しいので、生きるオーテムを植え替えて一か所に固めている。


「ありがとうな、シビィ、ジゼル。これで後は、上手く行くのを待つだけだ」


「い、いえいえ、ジゼルちゃんのことを思えば、これくらいなんとも……」


 シビィはオーテムに話しかけていた。

 本当に大丈夫なんだろうか。

 二日目、三日目はそこそこ休眠を取っていたはずなんだけどな……。

 俺の感覚でこき使い過ぎたか。

 香煙葉ピィープ栽培が成功したら、きっちり恩返ししよう。


 俺も、ポーションの副作用で頭が痛い。吐き気がする。

 とにかく一旦帰って休みたい。


 と、帰路へと目を向ければ、誰かがこちらに向かってくるのが見えた。

 三人いる。

 案の定、例の奴らである。


「ああ、あれ、先頭の奴、カルコ家の一人息子じゃあ……」


 シビィが三人組のリーダー、ノズウェルを睨みながらそう零す。

 さっきまでオーテムと話をしていたのだが、ようやく正気に返ったらしい。


 俺達が家に帰っていないと聞き、不審に思って様子を見に来たのだろう。

 カルコ家がどういった手段を取ってくるかはわからない。

 ここで向こうがどう出るか、それにどう返すか次第で今後のこっちの動きを制限されかねない。

 俺は頬を叩き、気合いを入れ直す。


「ハッ! まさか、こんなことをしていたとは。思ったよりお前、馬鹿なんだな!」


 俺はノズウェルを見てから、後ろの取り巻きに目を向ける。

 びくっと肩を震わせた後、そっと目を逸らされた。

 もう帰してやれよ……。毎度毎度、なんのために連れてきてるんだ。


「で、今回は何の用で?」


「何の用でだぁ? とぼけるなよ。なんだ、このオーテムの数は? 僕の家に喧嘩売ってるってことでいいんだよな? おい」


 ノズウェルは目を細め、俺に近づいてくる。


「な、なんだよお前ら! そっちこそ、アベルさんに喧嘩売ってただで済むと思ってるのか!」


 シビィが声を荒げ、俺の前に出る。

 それから、三人組を一人ずつ睨む。


 シビィは結構、俺やジゼル以外に対しては気が強い。

 いや、俺も初対面のときはあんな感じだったか。

 今の言い方だと、虎の威を借る狐感が凄いが。


 ノズウェルがシビィの言葉を鼻で笑う。取り巻きの二人がぶんぶんと首を振る。

 それを見たノズウェルが、舌打ちをしてから二人の頭を引っ叩いた。 


 俺は手を伸ばし、シビィを諌めながら二人の間に入る。


「別に、香煙葉ピィープ栽培しちゃ駄目って決まりはないでしょう」


「決まりが及ばなけりゃ、何してもいいって? その言葉、よぉーく覚えておくがいいさ。僕の家に楯突いて、暢気にやってけるとは思わないことだね」


 ニタリと笑い、ノズウェルは来た道を戻っていく。

 今日は思ったより引くのが早い。


「も、もう帰っていいんですか?」


 取り巻きもほっとしたようにノズウェルに声を掛ける。


「ああ、警告はしてやったから、もういいだろう。あの量のオーテムを見て確信したよ。何も考えちゃいない、行き当たりばったりの馬鹿の発想だ。悔しくって悔しくってつい、後先考えず動いちゃったんだろうねぇ」


 ノズウェルは取り巻きのノッポにそう返してから、わざとらしく肩を竦ませる。

 それから、こちらを小さく振り返る。


「放っておいてあげよう。だってさぁ、気になるじゃないか? いったいあれだけの数のオーテムを作って、誰に魔力補給を手伝ってもらうつもりなのかなぁ? いやはや、可哀相な奴だ。馬鹿が移っても困る。その香煙葉ピィープ畑、上手く行くといいね。楽しみにしているよ、アベルくん。さぁ、帰ろう帰ろう」


 魔力供給?

 俺は何か、見落としているのか?


 横を見ると、シビィが顔を青くしていた。

 そそくさと早足で去る取り巻き二人とノズウェルを見送った後、俺はシビィに尋ねる。


「な、なぁ、あいつら、何を考えてたんだ? その顔、見当ついてるんじゃないのか?」


「だ、だから、そのままですよ。あの三人、多分他の村人に俺達を手伝わないよう呼びかけるつもりなんです! ど、どうしましょう!」


 手伝うも何も、俺はこの先管理は一人でできると思っていたのだが……見通しが甘かったのだろうか。

 シビィでもわかることなので、さして専門的な話でもなさそうだ。


「えっと、どういうことだ?」


「し、知らないんですか? カルコ家の屋敷の裏で香煙葉ピィープを栽培しているところがありますが、魔力の供給は魔力制御の上手い人を三十人近く雇って毎朝やってるみたいですよ。結構あれ、魔力取られちゃうから……一人や二人でできることじゃないって……」


「うん?」


「だから、人が集められなかったら、すぐ魔力枯渇で駄目になっちゃうんですよ! アベルさんが言ってたことじゃないですか!」


 確かに、香煙葉ピィープ栽培は魔力供給の出来る人材集めが難点のようだった。

 生きるオーテムは、糧となる魔力が尽きればすぐに死んでしまう。

 一日でも供給を欠かせば枯れてしまうだろう。

 香煙葉ピィープ栽培が広まらない理由の一つである。


 リエッタ家が香煙葉ピィープの栽培を行うときも、カルコ家に頭を下げて人材を流してもらっている状態だと聞いている。

 なるほど、だからあいつは余裕ぶっていたのか。

 理由が分かって良かった。


「ど、どうします? 魔力供給の出来る人なんて、限られてますよ。ほとんどカルコ家と繋がりの強い人ばっかりのはずですし、絶対頼んだからってきてくれませんよぉっ!」


「シビィ、落ち着け」


「落ち着けませんよっ! どど、どうするんですかこれ! む、無駄だったんだ! このままじゃジゼルちゃんが! そうだ! もう、あいつの家、ブッ飛ばしてやりましょう! それが一番早くてすっきりします! この際、俺がやったことにしていいですから、そうしましょう!」


「おい、シビィ」


「そ、そうだ! 俺の父上、結構器用なんです! 手伝ってもらいましょう! カルコ家に恨みを持っている人、知ってますよ! アベルさんなら、族長様の家にも協力してもらえるんじゃないんですか? 師弟の仲なんですよね? あの方が協力すれば、ついてきてくれる人も出て来るはずです! 大事になるのは避けられませんが、もう、こうなったら戦争ですよ戦争!」


「シビィ」


「な、なんですか? なんでそう、アベルさんは平気そうな顔をしていられるんですかぁっ!」


「俺一人で賄えるから安心しろ」


 舐めてもらっては困る。

 この規模なら、俺一人の魔力で充分だ。

 十倍くらい広くても問題ない。


「えっ」


 いや、良かった。

 ノズウェルももう妨害して来ないらしい。好きにやらせてもらおう。

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