十五歳⑧
「うし……できた」
俺はジゼルとシビィに生きるオーテムの製作を任せ、大きなオーテムを彫っていた。
軽く二メートル以上ある。上部は、切り株に乗って背伸びしながら彫った。
巨大な木を削りに削って細くしたものだ。苦労した。
山さん二号と名付けよう。
山さん二号は生きるオーテムではない。
用いたのもフーテルではなく、別種の木である。
木を切るのはシビィに手伝ってもらった。
山さん二号は、ここの
またその内ノズウェルが嫌がらせにやって来ることは見えている。
進入禁止の看板を建てた上で、この山さん二号に見張らせようという計画である。
さすがに危ないので攻撃機能はついていないが、このサイズのオーテムに迫られたら普通の人間なら飛んで逃げるだろう。
勝手に森で
元より、開墾は奨励されている。
このマーレン族の集落は農業に向いている土地が少ないらしい。
長く魔法樹の生えた地は、地中の成分が偏っている。
そのため森をただ切り開いても、思うように作物を育てることができないのだ。
少ない農地向けの土地を何世代も掛けて錬金術で拡大してきてはいるのだが、それも一進一退である。
やたらと成長、繁殖の早い魔草があり、ちょっと手入れを怠るとすぐ地質もろともおじゃんにされてしまう。
自由な開墾を認めている以上、
もっともこっちは森の木を弄るだけなので、作物に比べれば別に地を肥やすためにあれこれやる必要もないのだが。
一応特殊な土で魔力を与えはするが、それだけだ。
火入れも荒起こしもしなくていい。
成人の儀が終わって
マーレン族の農地を十倍以上に拡大できる自信がある。
そんなにいらないか。さすがに族長からストップ掛けられそうだな。
俺は山さん二号の頭を撫でようとした。背伸びしたが、手が届かなかった。
うむ、心強い。
何も知らずにこれに迫られたら、普通の人ならまず逃げる。
さて、俺も
そう思って手頃なフーテルの木を探そうとすると、オーテムに凭れかかって寝ているシビィが視界に入った。
俺はシビィの肩に手を置き、揺さぶる。
「シビィ、起きてくれ! ほら、早く! 予定よりちょっと遅れてるんだ! 頼む!」
シビィがげんなりとした顔で目を覚ます。
あれ、ちょっと痩せた?
「アベルさん……もう、いいんじゃないんですか……? こんなにオーテム並んでるの、アベルさんの庭以外で見たことありませんよ。
「いいって何がだ。まだまだだぞ。今回、ちょっとずつ条件を変えてどれが上手く行ったかを控えておきたいんだ。全然数が足りないぞ」
「予定より遅れてるのって、アベルさんがそっちの警備用オーテムに力入れ過ぎてたせいなんじゃ……」
「仕方ないだろ。俺は凝り性なんだ。ほら、彫って! 早く彫って! 一生のお願いだから! 俺にできることならなんだってしてやるから! だから今は彫って!」
「えぇ……腰が低いのか高いのか……。じゃ、じゃあ……ジゼルちゃ……」「それは無理だ」
なんでもとは言ったが、あくまで俺にできることだ。
妹を巻き込むわけにはいかない。
「もう俺帰ります! 疲れました!」
俺はうとうとしながらオーテムを彫っているジゼルをちらりと窺ってから、声を潜める。
「……シビィ、お前には説明していなかったがな、今回の
カルコ家が本気で動けば、それくらいは可能だ。
無理に振り切っても、集落内で俺の一家が孤立することも考えられる。
勿論、本当にそんなことを仕掛けてきたらこっちとしても手段を選ばず猛反撃に出させてもらうが。
そのときは
俺とノズウェル、どちらも集落内を大手振って歩けなくなるほど大恥を掻くことになるだろう。
「えぇえ!? ほほ、本当ですか!?」
「ああ、だから頼む、シビィ……」
俺は頭を下げようとして、ふと動きを止める。
この集落でも頭を下げる文化はある。あるのだが、それよりもっと重いものがある。
俺はシビィがよくやるように、目を瞑って片手で一心不乱に宙を十字で切ってみた。
ふざけているように見られなきゃいいんだけどな。
「わわ、わかりましたよ! そんなにしなくていいですから!」
「な、なにをしているんですか兄様! 手を、手を降ろしてください!」
シビィだけではなく、オーテムを彫っていたジゼルまでもが、木彫ナイフを置いて止めに入ってきた。
未だに俺は、マーレン族内でこれがどのような意味を持つのか掴み切れないでいた。
「悪いとは思っている、シビィ。ただ、あの山さん二号も必要なものなんだ」
「ヤマさん二号?」
「兄様が作っておられた、あの大きな細長いオーテムのことですよ」
さすがジゼルだ。
まだ名前を教えていなかったのに、なんとなくで察してくれていたらしい。
「そうだシビィ、俺の特製ドリンクがあるんだが、飲むか? 眠気なんてバンバン吹き飛ぶし、二十四時間どころか七十二時間、ずっと機械のように作業を続けていられるぞ。効果が切れたとき、ちょっと苦しむが」
勿論、アベルポーションも持ってきている。
試作品を重ねるごとにどんどんと性能が上がっている。
それに比例するように副作用も跳ね上がっているが。
とはいえ所詮集落内で採れる草が主材料なので、そろそろ性能向上の限界が見えてきたのが辛いところだが。
ここ一年は、副作用を抑える方向にしか開発が進んでいない。
「そ、それはちょっと遠慮させてください。なんか、人として越えちゃいけない線を越えそうで……」
シビィが顔を真っ青にしながら首を振る。
むぅ、そうか。
気休め程度にしかならないが、疲労回復の魔術を掛けておくか。