十五歳⑦
翌日、俺はジゼル、シビィを連れて森を訪れた。
シビィはぽっちゃり体型だが、かなり使える奴なのだ。
まず、運動能力が高い。動けるデブなのだ。
弓術は同世代のマーレン族の中ではそこそこ上位に入るし、足も意外に速い。
俺の影響でオーテム彫りにも力を入れている。
「悪いな、手伝わせて」
「いえいえいえ、俺はホント、アベルさんの役に立てて凄く光栄なんで、じゃんじゃんこき使ってください!」
シビィは口ではこんなことを言っているが、ジゼルがいなかったら絶対参加していなかったに違いない。
まぁ、しかし、それでいい。
目的がはっきりとしているのであれば、そっちの方が扱いやすい。
本当に俺を尊敬してくっ付いてきているのであれば、俺としてもそれに報いなければならない。
相手の望んでいる人間像を演じ続けることができなければ、失望を買うことになる。
その点、シビィは物凄く楽だ。
「兄様がご迷惑をお掛けして申し訳ありません。いつも、いつも、ありがとうございます」
ジゼルがシビィに向け、頭を下げる。
「い、いやぁ~そんな、別にぃ? 俺がやりたくてやってるだけだし、ほら。でもジゼルちゃんにそんなこと言われちゃったら、俺張りきっちゃうなぁ~」
気持ちいいくらいデレデレしているシビィに、ジゼルが若干引いていた。
しかし、それでも笑みはなんとか保っている。
ジゼルにとってもいい機会だ。
ジゼルは、家族外との接触がちょっと少な過ぎる。
シビィはジゼルと話すことができる。
ジゼルはシビィのお蔭で家族以外と触れ合う機会を得る。
そして俺も、シビィという貴重な労働力を得ることができる。
これぞウィンウィン、皆ハッピーである。
あれ、俺だけ誰の役にも立ってないぞ。
昨日ノズウェルに山さんをへし折られた俺はあの後、徹夜で資料を読み返した。
部屋の中で土を混ぜこぜし、あーでもないこーでもないと首を捻りながら研究を行った。
勿論、生きるオーテムの改良のためである。
俺は当初、それなりに頑張って失敗作ができたら妥協しようというのが意気込みであった。
だが、山さんを折られ、俺は決意した。
俺の成人の儀までに、カルコ家を超える品質の
カルコ家の
伊達に俺がオーテム狂呼ばわりされていたわけではないことを証明してやるのだ。
最初はカルコ家の生きるオーテムを全部操って近くの池へと入水自殺させてやろうかと考えていたのだが、それは却下した。
カルコ家は、この集落内で大きな影響力を持っている。
俺が物理的に復讐したら、父がまた頭を下げて回る羽目になるだけであることは目に見えている。
こちらから下手に攻撃してはいけない。
しかし何もしないのであれば、死んだ山さんにあの世で顔向けできない。
だったら何も後ろ暗いことをせず、かつカルコ家に大ダメージを与えてやればいい。
別にカルコ家が
単に誰も百年近くに渡ってカルコ家の
リエッタ家も
取り巻きの二人の内、チビの方がリエッタ家だったようだ。
当然ばら撒きをすれば何かしらの報復はくらうかもしれないが、向こうが露骨に攻撃して来たら露骨にやり返す名目が立つ。
そのときは魔術勝負でがっつり沈めてやる自信がある。
回り諄い手回しをしてくるかもしれないが、カルコ家の
すぐにそのような真似はできなくなっていくだろう。
元よりこちらから何もせずとも、カルコ家はこのまま放っておけばジゼルを強引に娶るため、何か仕掛けてくるかもしれない。
ノズウェルの口振りからして、恐らくそのつもりのはずだ。
あんなカッパにジゼルをやるつもりはない。
カルコ家の力を削いでおくのは、対策としては最善手だ。
カルコ家は、
族長が言うには、身内に
つまりこれはジゼルをカッパに嫁入りさせないための正当防衛であり、集落のためであり、山さんの弔い合戦である。
引け目を感じるところなど何もない。容赦なく叩き潰させてもらう。
俺は森の中を五分ほど歩いたところで、足を止める。
この辺りは、若いフーテルの木が多い。ここを中心にすることにしよう。
「いいか、シビィ。この辺りの木がフーテルだ」
「へぇ、これがですか。俺にはあんまし他のと区別がつきませんけど」
シビィが興味なさそうに返事をする。
嘘でもいいから、もうちょっとやる気を見せてほしい。
「この辺りの木、二メートル前後のものを全部オーテムに変えるぞ」
「えっ? しょ、正気ですか?」
シビィが、大きく目を開く。
それから慌てながら周囲を見回す。
「ああ。そうだ、言いそびれていたな。ちゃんとガリアさんに、今から三日間出掛けてきますって言ったか?」
「どこで寝る気ですか!? もしかしてここ!?」
「安心しろ。いくら俺だってそんなことは言わない」
「ですよね……び、びっくりしました」
「寝ずに彫るに決まってるだろ」
「ははは、やだなぁ、アベルさんの冗談ってちょっとわかり難いんですよ」
シビィが笑うのに釣られ、俺も笑う。
二秒ほどそれが続いてから、シビィが真顔になる。
「……マジですか?」
「ああ、時間がないからな」
「帰るぅ! 帰りますぅっ! 俺、用事思い出しました!」
「頼むシビィ! お前しか頼れる相手がいないんだ! 結界張るから、夜も寒くないぞ! 二十四時間頑張れるぞ! なんなら、特製ポーションを……」
「ごめんなさい! さすがに勘弁してください!」
「……ジゼルもいるぞ」
「……ふ、ふつかなら、頑張れる……かな……」
ちょろい。
森で直接生きるオーテムを作るのならば、わざわざ運んで植え直す手間も省ける。
前回わざわざ家の近くまで運んだのは、ひとつだけだったから、という点が大きい。
魔力をやるために森に何度も足を運ぶのが面倒だったのだ。
しかし、複数作るのであれば、森でそのまま作業を行った方が早いに決まっている。
今更、毎日森に足を運ぶくらいの手間を惜しむつもりもない。
「悪い、ジゼル、伝え忘れがあったみたいだ。ガリアさんにシビィのことを伝えてきてくれ」
「わかりました! 任せてください!」
「あ、ああ……ジゼルちゃん行っちゃうのかぁ……そうなるのかぁ……。早めに帰ってきてね……」
にこりとシビィに笑いかけ、ジゼルは早足で去って行く。
ナイス、ジゼル。打ち合わせ通りの素早い動きだ。
ここでシビィを帰したら、そのまま我に返ってすっぽかしかねない。