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二歳

 俺が二度目の生を受けてから、もう二年が経つ。


 最近ある程度ならば歩き回れるようになったが、二階へ行くには梯子を使う必要があるし、あまり外にも出してもらえないので、基本的に俺の世界は自分の家の一階であった。


 ここ二年で得た情報によれば、どうやらマーレン族という民族のベレーク一家の長男として俺は生まれ変わったらしい。

 名前はアベルである。フルネームで、アベル・ベレーク。


 白い肌に赤い瞳は、マーレン族共通の特徴らしかった。

 俺もそうだった。

 両親を見てある程度わかってはいたのだが、それでも初めて鏡を見たとき唖然とした。


 最初は取り乱してばかりだった俺も、この二年の間にだんだんと現状を受け入れつつあった。

 とはいえ前世では片親で、その残った方も自由奔放な馬鹿親父だったため、俺としては両親のいる生活というのはどうにも違和感を覚えるものであったけれども。


 言葉もある程度覚えてはきたのだが、未だにここが地球のどこに位置している国なのかわからない。

 聞いたこともない大陸だった。

 前世でもっと地理を勉強しておけばよかったなーなんて、そんなことを思う。

 世界地図を父親にねだったこともあるのだが、そんなものがあったら俺が見てみたいと返されてしまった。


 家の内装にも電化製品らしき類のものは見当たらないし、あまり発展している地ではないらしい。

 今のご時世にこんな地があるとは思いもしなかった。

 スマホとテレビが恋しい。


 俺の両親は朝起きると寝室にある装飾の施された窓に向かって目を瞑り、「我らマーレンの先祖の霊に祈りを」と言って左手で宙に十字を切る。

 二人して妙に真剣な表情をしていて、初めて見たときちょっと泣きそうになった。

 今世の父はよく「アベルよ、お前も祈りを捧げるのだ」と俺にもこの祈りを真似させようとして来る。

 俺はとにかく幼児であることを活かし、よくわからない振りをして誤魔化すことにしている。

 ただこれも時間の問題だ。

 いつかきっと、俺も毎朝アレをやることになるのだろう。


 この祈りは朝起きたときだけではなく、悪いことをしたときも同様に左手で宙に十字を切り、「我らマーレンの先祖の霊よ、許しを」と言わなくてはならないらしい。

 あまり詳しくは知らないが、それで大概のことを先祖の霊は見過ごしてくれるらしい。

 案外、我らマーレンのご先祖様は懐が広いようだ。


 あと、食文化。

 これが一番難敵であった。

 基本的に黒くて硬いパンと、ホワイトスープという山羊の乳で作ったシチューを薄めたようなものが食事だった。


 それはいいのだが、たまに食卓に豚の頭や蛇の血を煮詰めた飲み物が並ぶのは勘弁してほしかった。

 特定の日に食する、儀式的な食べ物らしい。


 ここでは、日数計という円盤がいくつも組み合わさったものをカレンダーとして扱っていた。

 手動で動かすのだが、数周に一度日数カウントが変わったりして、日本でいう閏年を考慮する機能がついていたりする。

 日数計を見るに日本と同じく一年十二ヵ月だったのだが、基本日数が352日だった。

 それを知ったとき、ひょっとしたらここは地球ではないのではないかと気が遠くなった。


 食生活以外に受け入れられないものといえば、後はオーテムか。

 オーテムとは、木を彫って作った円柱状の人形のようなものである。人形とはいっても足の作られているものは少なく、ほとんど顔のある手や羽の生えたドラム缶状態だが。


 オーテムは家の内外問わず大量に飾ってある。

 変なメイクが施されており、不気味で仕方がない。

 見かけも不気味だが、なんのためにあるのかわからないのが一番不気味だった。

 夢に出て追いかけ回されたこともある。


 オーテムは宗教観的に大事なものなのかと思ったら、母が棚の上にある書物を取るための土台に使っていた。

 いや、でも使い終わってから宙を十字に切って先祖の霊に許しを求めていたので、やっぱり大事なものなのかもしれない。

 いやいや、でも、許しを求めるくらいなら最初からするなよ。

 子供じゃないんだからさ。

 

「どうしたの、アベル? そんなにじっとオーテムを見て」


 椅子に座って本を読んでいた母が、俺を見る。

 実母であることはわかっているが、不意に顔を合わせると未だにどきりとする。

 この人、何歳だ?

 多分、三十は行っていないだろう。


「母様、オーテムは何のためにあるのですか?」


 俺はオーテムを撫でながら、母に尋ねる。


「あら、アベルはもうオーテムに興味があるの? これは将来有望ねぇ」


 母はそう言って嬉しそうに笑う。

 なんだ、ここの民族にはそんなにオーテムが好きなのか?


「オーテムはね、ゼレ様が呪術の訓練に作っているものなのよ。お祝いや飾り目的のものもあるんだけど……」


 ゼレ様、というのは父のことだ。

 父はゼレートという名前であり、近所の人からもゼレやらゼレさんやらと呼ばれているのを見たことがある。ゼレというのは、愛称のようなものらしい。

 しかし、なぜ母が父を呼ぶときは様づけなのだろうか。

 夫を立てる風習でもあるのかもしれない。それにしては愛称呼びだし仲もいいのだが……これは、日本人としての感覚とのズレだろうか。


 まぁそんなことはひとまず置いておいて……まさか、母から呪術という言葉が出て来るとは。

 マーレン族は信仰深いばかりではなく、魔術的なものを信じている節もあるようだ。

 かなり遅れていると、そう思わざるを得ない。

 本当にこのマーレン族の村から、スマホやテレビのある日本へ帰還することはできるのだろうか。


「それで今アベルが撫でているのは、この子……ジゼルのお祝いのためのものなの」


 母はそう言って目を閉じ、自らの膨らんだお腹をそっと撫でた。

 そう、母は二人目の子供を身籠っていた。


 因みに呪いというか占いのようなもので、性別は女の子だとわかっているそうだ。

 眉唾物だと思うが、不思議と両親はその占いを妄信していた。

 外れたときどんな顔をするのか、ちょっとだけ楽しみだったりする。


 俺は母の傍に寄り、許可を取ってからその腹に手を添える。

 この子も前世の記憶持ちだったら、前世トークで話が弾んでいいんだけどな。

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