十五歳⑥
「これといって用ってわけでもないんだけどね。あの族長の弟子が
なるほど、そこ繋がりか。
普通の人が私的使用の分を作るのならば、問題はなかったはずだ。
だが、俺は族長と近しい仲にある。
族長は昔、
だがそこには、カルコ家の影響力を落とすという意味合いもあったはずだ。
族長からして見ても、利己的な目的で集落の方針に口出しできるカルコ家は邪魔だったのだろう。
俺が族長の策略を引き継いたのだと、そう判断されてもおかしくない状況だった。
実際、今回の
「用件はわかりました。安心してください、そこまで数を育てるつもりはありませんから。ただの好奇心半分ですよ」
「どうやらそうらしいな。ただの一本だけとはね。場合によっては脅してやれとパパから言われていたが、気にとめる必要もなかったか。まぁ、でも、いい拾いものがあった」
なんだか見逃してもらえる雰囲気のようだ。助かった。
後ろでおどおどしているチビとノッポも、安堵の表情を浮かべていた。
あの二人も、なんだか苦労してそうだな……。
「それは助かりましたけど……その、拾い物とは?」
「いやいや、オーテム狂に美人の妹がいるとは聞いていたが、ここまでだとは思わなかった。ついでに顔を見てやろう程度の気持ちでいたが、気に入った。ちょうど最近、パパが煩くってね。そろそろお前も結婚しろって」
あれ、なんだか変な話に流れていないか?
「おい、そこのお前、僕の嫁にしてやろう。前に出てこい」
「あん?」
さっきまで丁寧語を心がけていたのに、つい素で声が出た。
このファザコンぼんぼんガッパ、何をほざいている。
「ノノ、ノズウェルさん! それはさすがにまずいですよ!」
「見てくださいあの目! 絶対怒ってますよ! 謝りましょう! 勿論、俺も一緒に頭を下げますから!」
ノズウェルは拳の甲で、ノッポの顔面を殴りつける。
「さっきから、ぎゃんぎゃん煩いと言っているだろうが! お前達はイベン・ボアか!」
イベン・ボアというのは、豚のような魔獣である。
よく食べ、よく鳴く。
肥えていて脂身が多くて美味しい。
マーレン族内では、中級程度の悪口として用いられることが多い。
「う、うう……帰りたい……」
ノッポが鼻を押さえながら呟く。
もう帰らせてやれよ。そこの賑やかし二人組、ノズウェル的にもなんの役にも立ってないだろ。
俺はちらりと、ジゼルを見る。
ジゼルは俺の背に回り、小さく震えている。
「おい、前に出ろと言っているだろうが! 聞こえないのか! この僕が、言ってるんだぞ!」
ノズウェルが近づいてくる。
「ちょ、ノズウェルさん!」
取り巻きのチビがその肩に手をやってノズウェルを止めようとしたが、あっさりと振り解かれる。
俺も前に出て、ノズウェルと顔を合わせて対峙する。
「悪いですが、うちのジゼルはカッパアレルギーなもので」
「カ、カッパァ?」
「貴方みたいな頭をした魔物のことですよ」
「な、なんだと!」
ノズウェルが、俺の襟を掴む。
何か素早く撃てる魔術を使ってやろうかと思ったが、なんとか冷静になる。
確かにこのカッパ頭をすっ飛ばしてやれば今は最高にすっきりするだろうが、人間相手に魔術を使えば、また父に迷惑を掛ける。
ましてや相手は、カルコ家だ。
ここは我慢だ。せめて、向こうが手を出してくるのを待つべきだ。
「妹は、貴方のことを気に入っていないようですので。本題が済んだのでしたら、もう帰ってください」
ノズウェルが、ぐっと俺の襟を引っ張る。
近い近い! 顔が近い!
「……いい話を聞かせてやろう。僕のパパもね、兄のいる女を娶ったのさ。ママの兄の悔しそうな顔が最高だったと、そう言っていたよ」
……うん?
ノズウェルの話が、ちょっとよくわからない。
そもそも兄のいる女を娶ったってなんだ。ママにも兄がいるでいいじゃないか。
これも前世価値観があるせいで噛み合わないパターンだろうか。
俺は何か、マーレン族の文化について決定的な勘違いしているような気がする。
まぁ、いいか。こんな奴に気を遣ってやる必要はないし、正直に反応しておこう。
「で?」
「え? だ、だから、パパは……」
「貴方の父が、結婚相手の兄が妹を見送るときの寂し気半分喜び半分の複雑な表情に興奮する変態で、貴方もそうだと言うことですか?」
なんだかわかりやすくすると、えらく歪で限定的な変態だ。
「ぼ、ぼぼ、僕のパパの侮辱は許さんぞ!」
ノズウェルは顔を真っ赤にし、俺の襟を下へと引っ張る。
横っ腹を地面に打ち付ける羽目になった。
「がはっ!」
こいつ、やりやがったな。
俺は腹這いの姿勢から上体を持ち上げ、ノズウェルを睨む。
「「ひいいいっ!」」
なぜか取り巻き二人が悲鳴を上げた。
声を上げたいのは俺の方だ。
「に、兄様! 大丈夫ですか!」
ジゼルが、背中と腹に手を回して身体を起こしてくれる。
「ああ、悪いな」
この変態ファザコンぼんぼんがっぱ、どうしてくれよう。
「ノ、ノズウェルさぁん! 今のはちょっと……」
「……ちっ、少し、熱くなりすぎたか」
ノズウェルは服で手を払い、俺の家の方を睨む。
俺の母親が異変を感じ取り、出て来ることを警戒したのだろう。
「んんぅ? おい、アベル、あのオーテム、根本的な間違いをしているぞ」
ノズウェルが先程とは打って変わり、急に冷静になったようにそう言う。
目線の先にあるのは生きるオーテム、山さんである。
その変わりように釣られ、俺も怒るタイミングを失う。
「え、う、嘘? 今のところ予定通り……」
場の雰囲気が変わったことでか、取り巻き二人がほっと息を吐く。
「いやいや、違う。全然違う。ちょっと僕に見せて見るといい。
ノズウェルは言いながら、山さんの前へと移動する。
俺のオーテムに、何か思うところがあるというのだろうか。
なんだ? どこだ?
ひょっとしたら塗料か?
生きるオーテムの資料が古く、今では作られてない手間が掛かるものを推奨していた。
そのため、まったく別のもので代用している。まず大丈夫なはずだったが、不安があるといえばそこになる。
この男は、遠目から見ただけでそれを見抜いたのか。
「そーれーはー」
「それは?」
「こぉーんなところにあるってことだよっ!」
ノズウェルが、山さんを蹴っ飛ばした。
山さんは、ばきりと中間で折れた。
「やっ、山さんっ!?」
「「あぁァッ!!」」
取り巻き二人が、血の気の引いた顔で抱き合いながら叫ぶ。
こいつら、本当になんなんだ。
「ごめんごめぇーん、こんなに強く蹴る気はなかったんだけど、ついなんだか、苛々しちゃってさぁ。まぁ、今日のところは帰ってあげるよ。僕だって、ずぅっとお前みたいなのに構ってるほど暇じゃないから」
「て、てめぇ……!」
俺が睨むと、ノズウェルはわざとらしく肩を竦める。
「逃げろぉォおおおっ!」
「俺、関係ないんで! ただの付き添いなんで! まだ人間でいたいんでっ!」
取り巻き二人が、猛ダッシュして逃げていった。
ノズウェルがからからと笑いながら、逃げた二人と同じ向きへと歩いていく。
「兄様……その……」
「山さんが……俺の、山さんが……」
俺は起こしてくれたジゼルの腕をすり抜けて地に倒れ、両膝をついた。
「だ、大丈夫ですか!?」
ジゼルの声を聞いて顔を上げる。目前に、折れた山さんの顔があった。
じわりと、自然と涙が溢れてきた。
決めたぞ。
俺は今回、徹底的にやってやる。