十五歳⑤
しかしノズウェル・カルコか。
まさか、カルコ家の人間が直々に顔を見せにやって来るとは思わなかった。
元々、生活に余裕のない家では、自賠して賄おうとする人は多い。
ただカルコ家、リエッタ家の二家のものと比べて遥かに品質が劣るため、すぐにやめてしまうらしいが。
一度高品質の
そういうこともあってか、カルコ家の人間がわざわざそういった人達へ嫌がらせを仕掛けにいった、という話は聞いたことがなかった。
前例があるなら族長だって止めたはずだ。
元より、このマーレン族の集落はそこまで荒んだところでもない。
しかしこのタイミングでやってきたということは、
参ったな。
それなりに準備もしてきたのだし、俺としてはこんなところで半端に諦めたくないのだが。
ジゼルが、ぎゅっと俺の服を掴んだ。
震えている。
前を見ると、ノズウェルがジゼルをじぃっと見ていた。
気色の悪い目だと思っていると、ノズウェルがぺろりと舌なめずりをした。
ああ……こいつ、駄目な奴だ。
「……それで、何の用ですか?」
俺は言いながら、ジゼルを背に隠すように一歩前に出た。
「ね、ねぇ、ノズウェルさん、やめましょうよ。帰りましょうよ!」
「そ、そうですって。アイツだけは、本当にヤバいんです。何度も言いましたけど、オーテム狂だけは手出しちゃ駄目な奴ですよ」
後ろの二人が妙に怖々といった調子だと思ったら、どうやら俺に脅えていたらしい。
俺の魔術を讃えられているようで、なんだかこういうのちょっとだけ気分がいいな。
「煩い! 僕はなぁ、カルコ家の長男だぞっ! なぁにが、アベルだ! 僕は、この集落で一番強くて偉いんだよ!」
ノズウェルが、後ろの取り巻き二人に一喝する。
偉いというのは語弊があるとは思うが、確かにカルコ家は、集落の首脳会議でもかなり影響力を持っているらしい。
族長の言を曲げさせ、自家に不利な決め事を撤回させたこともあるのだとか。そんなことを族長が愚痴っていた。
過去にマーレン族が戦争に駆り出されたときも、カルコ家だけ素知らぬ顔をしていたそうだ。
「アベルに喧嘩を売って、キメラに変えられた奴もいるって……」
「お、俺の父様も、そんなことを妹に言ってました。なんでも悪いことをすると、アベルがやってきてオーテムに変えられてしまうって……」
取り巻き二人が、ノズウェルの肩を掴みながらそう説得する。
お、おい、誰だ。
そんな根も葉もない出鱈目を流しやがったのは。
言っていいことと駄目なことがあるだろうが。
なにちゃっかり子供の情操教育にまで転用してるんだ。
誰の許可を得てそんな真似をしている。
信じる奴も信じる奴だぞ。
虐めは主犯の他にそれを増長させる奴がいて、そこから過激化していくんだぞ。
「お前達は馬鹿か! そんなこと、あるはずがないだろう! だって、僕のパパだってそんなことはできないんだからな!」
そうだ。んなもんあるわけがないだろうが。
理由はともかく、よく言ったノズウェル。
「でも俺だって、あいつが太った鳥をシビィって呼んでいるのを見たことがあります! アーディー家のデブが、確かそんな名前だったはずです! きっとやられたんです! 違いありません!」
「ほ、ほら! あの山積みにされたオーテムが、ぼそぼそと寂しそうに言葉を漏らしているのを見たって奴がいるそうなんです! 見てください、今にも動きそうな顔をしてるじゃありませんか!」
……ヤダ、ちょっとだけ思い当たる節がある。
キメラにシビィと名付けたのは俺の落ち度だし、オーテムを喋らせていたことも何度かある。
オーテムに言葉を録音させ、後で再生する魔術があるのだ。あれがなかなか楽しかった。
大丈夫なのか、これ?
ひょっとして親父、俺のせいでめっちゃ苦労してない?
「……そそ、それに、俺は、熊殺しだって聞いた。グレーターベアの頭を切り取って、持って帰って飾ってるとか……。多分あいつ、どっかおかしいんですよ。関わっちゃ駄目ですよ、帰りましょうよぉ、ノズウェルさん!」
なんだこいつら、俺に悪口吹き込みに来たのか。
心を折りに来たのか。
言い返してやろうにも、なまじ心当たりがあるせいで否定し辛い。
そろそろちょっと泣きそうだ。
ジゼルが、ぎゅっと俺の服を強く握る。
いかん、妹が脅えている。このオカッパトリオが何をしに来たのかは知らないが、とりあえずジゼルだけでも家に帰すか。
と、そう思ったのだが、俺の考えに反してジゼルは前に出た。
「な、なんなのですか貴方達は! 私の兄様は、兄様はそんなことしておりません!」
身体を震わせながらも、芯のある声で三人組へとそう叫ぶ。
そのおかげで、俺もいくらか冷静に戻れた。
「グレーターベアに関しても、持って帰りたかったけど切り飛ばした上半身がどこに行ったのか見つからなかったと、悔しそうに零しておられました! 事実無根です! か、勝手なことばかり!」
その言い方、フォローになってないからっ!
……ち、違うからっ!
キメラの材料にしたかっただけだから……!
ノズウェルの取り巻き二人が、さぁっと顔を青くしていく。
二人同時に逃げようとして、ノズウェルに服を掴まれていた。
「いちいち、大袈裟に反応するなっ! 嘘に決まってるだろうが! それに、グレーターベアくらい、僕の魔術なら殺せるさ! 目の前に出てきさえすればな! そんなことはないだろうが!」
取り巻き二人は、ノズウェルに従って逃げ足を止める。
それでも執行を待つ死刑囚のような浮かない顔をしていた。
……このオカッパ、グレーターベアを倒せるのか?
俺の父や、ガリアでも相手になっていなかったんだぞ。
いざとなったら魔術でもどうとでもなるかとも思っていたが、これはちょっと危ないかもしれない。
なんだか少し興奮してきた。
俺が魔術の話で盛り上がれるのは、族長くらいであった。
だから他の人にも期待はしていなかったのだが、ひょっとしたらノズウェルならばという期待が見えてきた。
ステータスを確かめてみたいところだが、この状況で下手に独自魔術を使えば争いの意志ありと見られて話が拗れる可能性もある。
こちらはまだ、ノズウェルが何しに来たのかすらも知らないのだ。
とりあえず、穏便に話を進めることにしよう。
オカッパ頭のなんか変な奴がいちゃもんつけに来たと思っていたが、魔術好きだと聞いたら途端にいい奴に見えてきた。
あの特徴的な髪型も気品があるような気がしなくもない。
ぜひ友達になっていただきたい。
「後ろが煩くて悪いねぇ。ハ、そう緊張するなよ。別に取って喰おうってわけじゃな……なんでちょっと笑ってんだお前」
「いえ。ささ、どうぞ、話をどうぞ」
「…………」
ノズウェルは思い切り顔を顰める。
だが、相手のペースに持ち込まれるまいと考えたのか、咳払いを挟んでから素早く表情を戻した。