十五歳④
朝起きてから、庭に埋めたオーテムに魔力をやるのが日課になっていた。
魔法陣開発で夜更かししがちだった俺なのだが、これのお蔭で生活リズムが改善されつつあった。
ひょろりと長い身体、あまりパッとしない見かけ、派手で大味な配色。
そしてトドメにぐぃーんと伸びている鼻。
面白い外見ではあるのだが、お世辞にも格好いいとは言えない。
しかしこうも毎日魔力をやっていると、愛着が湧いてくるというものである。
俺はオーテムに魔力を与えてから、頭部を撫でる。
ヤバイ、なんだか可愛く見えてきた。
こんなキモ怖いメイクなのに可愛く見えてきた。
「名前……つけてみよっかな」
前世でも俺は怪しげな植物を育てていた。
そのときも、よく植物に名前を付けていたものだ。
そっちの方が育てていて楽しい。
部で育てていたミツヒデが、名前の通り花をつけて三日で枯れたときには大爆笑したのを覚えている。
世話を担当していた後輩は涙目になっていたが。
「名前、ですか?」
ジゼルは首を傾げる。
この集落ではあまり、植物やオーテムに名前をつける文化はない。
いや、前世でもさほどメジャーではなかったか。
今はもう亡くなった族長の知人にオーテムに死んだ妻の名をつけて起きたときと寝るときに挨拶をしていた人がいたらしいが、あれはちょっと別だろう。
族長は美談のように語っていたが、正直言って俺には怪談にしか聞こえなかった。
てっきりB級ホラー映画の出だしかと。その爺さんが死んでから遺されたオーテムが一人でに動きだし、スプラッターを始める展開なんじゃないかと。
ジゼルも泣いていたのでさぞ怖かったのだろうと思ったのだが、どうやら感動して泣いていたそうだった。
こういうところ、前世の分価値観のズレを感じてちょっと寂しい。
いや、そんな話で泣けるようには別になりたくはないのだが。
「ああ、美しい葉をつけてほしいという意味を込めて、このオーテムの名前をジゼルにしようと思う」
俺が宣言してからジゼルは目線を俺からオーテムへと移す。
真っ赤に塗りたくられたオーテムを見て、無言で口をぱくぱくさせる。
それから鼻先に視線をやってから、顔の向きを俺へと戻す。
「そ、それはさすがにちょっとやめてほしいのですが……」
「駄目か……」
「ご、ごめんなさい兄様…………ごめんなさい……」
少し間を置いて二度謝られた。
ちょっと我慢しようかと悩んでみたが、やっぱり嫌だったという雰囲気だった。
そりゃそうか。
「そ、そうです! ふくよかに育ってほしいという意味で、シビィさんというのはどうでしょうか?」
「お前が提案したって知ったらあいつ泣くぞ……」
シビィもよく自分でネタにしているが、あれは決して気にしていないという意味ではない。
自分でネタにすることで周囲に傷ついていないということをアピールしているという、一種の強がりなのだ。
「それにシビィは一度、シムパロットのキメラにつけたからなぁ」
「そういえばあのキメラ、最近見ませんね。凄い、シビィ凄いと、喜んでおられましたのに。どうしたのですか?」
確かそんなことも言ったか。
人間の方のシビィが、複雑な表情をしていたのを覚えている。
正直、ちょっと反省している。
「いや……実は、この前散歩のために外に放ってから帰って来なくなったんだ」
キメラのシビィを甘く見ていた。
あいつは食い意地が張っているので、餌さえやれば必ず帰ってくるものだと思っていた。
「そ、そうだったのですか……」
「父様には黙っておいてくれ」
キメラを世に放つのは、地によっては禁じられている行為であるらしい。
基本的に作ったが最後、死ぬまで面倒を見ろということである。
ここマーレン族の集落にそんな決まりはないが、それでも父はあまりいい顔をしないだろう。
俺のシビィ(キメラ)が、人様に迷惑を掛けていなければいいのだが……。
「では、他の名前を付ける必要がありますね」
「そうだな。それにこんなひょろっとしたオーテムじゃ、シビィって感じがしないからな」
俺は顎に手を当て、考える。
何か、このオーテムに相応しい名前はないものか。
このオーテムを見ていると、なぜだか懐かしい気持ちになってくるのだが……。
「山、さん……?」
「ヤマさん?」
俺の呟きを、ジゼルが復唱する。
そうだ、これは山さんだ。俺の前世での部の先輩、山さんだ。
高い鼻、痩せ細った身体、すぐ赤くなる肌。
決して格好良くはないのだが、それでもなんだか見守っていたくなる人だった。
「……ぐすっ」
「に、兄様!? どうしたのですか兄様!!」
「あ、ああ、日の光が目に入ってな」
つい、懐かしさのあまりに涙が出てしまった。
俺の中で、このオーテムの山さん呼びが確定した瞬間だった。
「とにかく、だ。このオーテムの名前は山さんに決定する」
涙を拭ってから、俺は山さんの頭に手を置く。
「オ、オーテムなのに、さん付けなのですか?」
「ああ、オーテムなのにさん付けだ」
ジゼルは納得していないようだったし、俺も名前の由来を上手くは説明できないが、絶対に変えるつもりはなかった。
俺は山さんの頭を撫でる。
「よぉーしよーし。頼みましたよ、山さん。美味しい葉っぱをつけて、族長の仇を討ってください」
「ど、どうして敬語なのですか!?」
いけないいけない、つい部の癖で敬語になってしまった。
実際呼んでみると、もう山さんにしか思えない。
俺が山さんの頭を撫でまわしてしていると、段々とジゼルの顔が赤くなってくる。
「あ、あの、兄様? やっぱり、その……私の名前でもいいかなぁと……」
「おい、お前がアベルだな?」
ジゼルの言葉を遮るように、背後から声が聞こえてくる。
振り返ると、三人の男が並んでいた。
見覚えはあるが、名前はまったく覚えていない。
嫌味な顔つきをしたオカッパ頭が一人と、その取り巻きのようなノッポとチビが二人だった。
歳は、全員俺より二つか三つ上といったところか。
少なくとも、すでに成人の儀は迎えているはずだ。
ただ、オカッパ頭は威圧的なのだが、取り巻き臭い二人はなんだかおどおどとしているようだった。
いったい何の用なのだろうか。
「そうですが、貴方は?」
なんとなく、面倒臭そうな奴らだ。
吉報を持ってきてくれたようにも見えない。
敬語で入っておこう。
「何? 僕を知らないのか? おいおい、噂通り、随分と世間知らずらしいな! いいか、よく聞けアベル。僕は、ノズウェル・カルコだ。いくらお前でも、名前を聞けばわかるだろう?」
ノズウェル・カルコ。
ということは、例の