十五歳③
フィロと別れてから十分ほど歩き、自宅の庭に到着した。
「ふぅ……結構、歩いたな……」
俺ははぁーっと深く息を吐き出しながら、横に立つジゼルへと声を掛ける。
「ええ、そうですね兄様。作業が終わったら、ゆっくりと休みましょう。実は昨日、母様に新しい茶葉を買ってもらったんです。ちょっと値が張るものだったのですが、いい香りがしたもので、これは兄様好みだと思って……」
息を切らし気味の俺に比べ、ジゼルは流暢に喋る。
あれだけ歩いたというのに、汗一つ掻いていない。
「そ、そうだな……楽しみにしておこう」
「兄様? どうして目を逸らすのですか? 兄様?」
庭にはすでに、木を植えるための穴が掘ってある。
朝、穴掘り用のオーテムに掘らせたものだ。
この位置なら日もよく当たるし、移動の邪魔にもならない。
俺はオーテムの担いでいる木の根についている土を手で握り、庭に穴を掘ったときにできた土の山へと乗せる。
そして懐から小瓶を取り出し、その中に入っている粉を掛ける。
この粉は、魔獣の骨粉や腐葉土、魔金属を砕いて混ぜたものである。
それから手で、二種類の土と粉を掻き混ぜる。
集落内部と森とでは、土の質が違う。フーテルの木には、フーテルの木にあった地質というものがある。
それを合わせるため……というのが、目的の半分である。
土が混ざったら小杖を振るい、魔法陣を脳内で組み立てながら浮かべていく。
「
呪文を唱える。
土の山が仄かに光る。
よし、これで土は出来上がった。
俺はその出来上がった土を、穴の中へ万遍なく塗していく。
これでいいかな、と思ったところで、後ろに下がりながら手を叩く。
「埋めてくれ」
声に反応しオーテムが動き出す。
抱えているフーテルの木を、根の方から穴へと入れる。
フーテルの木が穴の中に入ってから、俺はさっき作った土で穴と木の隙間を埋めていく。
よし、最後に仕上げだ。
俺は小杖を土へと向ける。
「
杖先から水が溢れ、木の根へ降り注いだ。
水をやることにより、根を土に馴染ませたのだ。
これで植え替えが終わった。
俺はフーテルの木を手で触りながら、間引いていい枝、残すべき枝を考える。
「ジゼル、渡してあった奴をくれ」
「はいっ!」
ジゼルは、手に抱えていた紙束を俺へと渡す。
重い。ずっと持っていたら、腕が駄目になりそうだ。
俺は紙束の半分をジゼルへとそっと返した。
これは族長が大昔に族長の祖父から受けた教えを纏めたものの一部で、植物として生かしたままオーテムを作る方法について記述したものである。
族長から許可を得て、俺があちこちに書き込みを加えている。
生きたオーテムについては、実は族長よりも詳しい人がいる。
マーレン族の中には、生きたオーテム作りを生業にしているカルコ家・リエッタ家がある。
しかし、彼らにとってオーテムは商売道具である。俺にそれを教えてくれるとは思えない。
生きたオーテムは、魔力を帯びた土でなければ、すぐに枯れてしまうのだ。
それがあの土を作った理由のもう半分である。
生きたオーテムからは、特殊な葉が採れる。
薬品の材料にもなるが、何が一番の用途かといえば、ぶっちゃけ煙草である。
葉を乾燥させて刻み、キセルに入れて火で炙って出てきた煙を吸う、マーレン族の嗜好品だ。
ここマーレン族では
吸っていると匂いが移るため、香水的な用途としても用いられている。
こっちの世界では年齢制限はないらしいが、子供の玩具としてはなかなか高価なものであり、慣れるまで時間が掛かるので子供が吸っているところはあまりみない。
せいぜいオヤジのものを悪戯心でちょいとくすねて、試しに吸ってみてゲボゲボやって元の位置に戻すのが関の山である。
その後残量でばれて、遊びで吸うものではないと説教をもらうのだ。
五年前の俺である。シビィもまったく同じ経験があるといっていた。
二度と吸うまいと思っていたが、男が十六歳になるのを祝うとき、儀式の一環として長時間に渡って香煙葉を吸わなければならないらしい。
俺は嫌だと言ったのだが、父は例によって『大事な儀式なのだぞ』と言って突っぱねられた。
村人を
マーレン族にきっちりとした貨幣制度はない。
広場での物々交換が主である。
族長が魔術で印をつけた魔金属が硬貨代わりに使われることもあるのだが、これを認めてくれない人もいるらしい。
その代わり、軽くて持ち運びが便利で価値が安定しているものとして、
それくらい
俺としては、あまり面白くない。
ただでさえ父の
そこへ俺も
カルコ家の息子は、狩りにも行かず親から継いだ方法でたまに
きっと空いた時間をずっと家に籠って、魔術の研究に充てているに違いない。許せん。
そんなわけで俺は
煙草擬きなんぞに興味はなかったが、どうしても吸わなければならないのならば、自分で作る。
あの二家に金は落としてやらん。
そうと決めたらその翌日から族長の家を漁らせてもらい、生きているオーテムについて書かれた資料を、片っ端から俺の家に運び出させてもらった。
族長はカルコ家に恨みがあったため、過去に半ば嫌がらせ目的で独自で作って量産しようとしたことがあったらしい。
ああ見えてなかなかファンキーなところがある。若気の至りだと本人は言っていたが。
しかし、どうしても不味い
族長の家に残っているのは、あくまでも生きるオーテムの資料だけであった。
何代にも渡り改良を重ねている例の二家には、追いつけなかったのだろう。
しかし俺は、オーテム作りならマーレン族ナンバーワンを自負している。
族長の失敗談を参考にオーテムの最適な形状、土に必要なものについて、いくつもの仮説を立てた。
実際に作るのは今回が初であるが、自信はある。
元より誕生日までそう長くないのだし、いくつも試している時間はない。
何種も条件を変えて試していたらキリがない。
俺とて、一度作ってみたかったという好奇心が大きい。そこまで本格的に作るつもりはないのだ。
それにあまり量産したら、カルコ家から目をつけられて嫌がらせをくらいかねない。あの家の人間は、横暴で陰湿だと有名だ。
最悪クソ不味いものが出来あがったら、それは俺の知識、技術が及ばなかったということだ。
臥薪嘗胆。俺の成人祝いの間はずっとそれを吸ってやる。
成功したら成功したで自分で作り続ければいいだけなので、そのときも狩り地獄は避けられる。
なんなら父の分も賄える。
俺は紙束をジゼルへ返し、木彫ナイフを取り出す。
フーテルの木の枝を叩き落としていき、鼻と腕に見立てる枝を三本だけ残す。
この腕の部分に葉をつけさせるのだ。鼻は飾りのようなものだが。
俺は鼻、幹周りの皮を削ぎ、形を作っていく。
顔を彫ってから、魔獣の毛で作った筆で木皮の残っている腕以外の部分へと塗料を塗りたくる。
最後に治療魔術を掛けて、弱った生命力を回復させる。
よし、これでいい。
後は二週間、毎日魔力をやれば立派な
生きるオーテムは枝も葉も少ないため光合成がほとんど行えず、生きるための栄養素を自身で補うことができないため、外部からの魔力を要する。
二週間ならば、俺の成人の儀には余裕で間に合う。