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十五歳②

 ゴン、ゴン、ゴン。

 木を抱えたオーテムが、集落の道を進んでいく。


 このオーテムはちょっとデカくてごついため人目を引くが、魔力容量が高いため重宝している。

 力自慢が売りの俺のお気に入りのオーテムである。

 二年前に父を運んでから森浅くに放棄した大型オーテムを、後日回収して時間を掛けて彫り直したものである。


 俺はそのオーテムの後ろを、ジゼルと二人でゆっくりと追いかけていた。


 村人達が怪訝そうな顔でオーテムを見てからちらりと俺へ目をやり、その後、なんだアベルかといったふうにすぐ何事もなかったかのように通り過ぎていく。


 オーテムに重いものを運ばせるには、それだけ魔力を消耗する。

 普通の人からしてみれば、オーテムを運ぶより自分で運んだ方が手っ取り早いらしい。

 毎日オーテムを引き連れて集落を歩くのは、俺くらいのものであった。


 オーテムが抱えているのは、フーテルと呼ばれている木である。

 森浅くに多く魔力も高いため、オーテム作りに最適だと人気が高い。


 まだ若いため細く、さして長さもない。

 二メートルのものを、上の方をばっさりと切り取って一メートルにしたものである。

 このサイズだと、芽が出てから四年目程度だ。


 フーテルは、五年目以降から幹がどんどんと太くなっていく。

 俺が今回欲しかったのは、正にこの、幹が太くなる直前のフーテルなのだ。


 根……というより、土ごと残っている。

 道中に、ぱらぱらと土の道筋を残していく。 

 ちょっとした目的があり、俺はこのフーテルを庭に植えようとしているのだ。


 と、道脇から一人の女が出てきて、オーテムの進路を遮る。


 手入れの行き届いた厚みのある白髪が、彼女の動きに合わせて揺れる。

 例によって吊り目がちな目で俺を見ながら、わざとらしく呆れたふうに腕を組む。

 フィロであった。


「まったく、ドンドンドン煩い音がすると思ったら、やっぱりキミか。今度は何をやらかすつもり……」


 まずい、オーテムには周囲を感知して障害物を避ける機能も付加している。

 付加しているのだが、あんな急に飛び出されては、反応しきれない。

 元々、機敏な動きができるようには仕込んでいないのだ。


「とっ、止まれ!」


 俺は叫んでオーテムに指示を出す。

 オーテムは減速するが、すぐには止まらない。


「えっ?」


 フィロが素っ頓狂な声を上げ、立ち止まる。


「い、いや、お前に言ったんじゃなくて! お前は退いて! あ、お、おいっ! そこ危な……」


 ごんっと鈍い音が鳴り、フィロとオーテムが衝突した。


「うぶっ!?」


 それなりに重量の乗った一撃を身体で受けたフィロは、地面にうつ伏せに倒れる。

 オーテムは、フィロを突き飛ばしてから何事もなかったかのように制止する。


「この前は……止まったのに……」


 フィロが掠れ声で言いながら、憎らし気にオーテムを睨む。

 思えばフィロは、前回もすれすれで飛び出してきてオーテムを急停止させた前科があった。

 お前は車の前を駆け抜けたがる猫か。


「お、おい、大丈夫か?」


「……手が、折れた。きっと折れた」


 そこまで腕に負荷が掛かっていたようには見えなかったのだが。


「い、いや、多分せいぜい捻挫だと思うぞ」


 腕を見てみようとしゃがむと、フィロは顔を背けた。


「……泣いてるのか?」


「そ、そんなわけないだろうがっ!」


 涙声だった。

 多分捻挫だとは思うのだが、それなりに痛かったのだろう。


 俺はフィロの右の手を取り、小杖を取り出してフィロの手首へと向ける。

 地面についたのは、こっちの方の手だったはずだ。

 小さな魔法陣が、すっと浮かび上がった。


ব্যথা(痛みよ) উবা(去れ)


 杖先から出た光が、すぅっとフィロの手首へと入り込んでいく。

 一時的に痛覚を和らげた。

 折れているかどうかは、今からゆっくりと確かめればいい。


 フィロがわずかに顔を上げ、涙の滲んだ目を向けてくる。

 やっぱり泣いていたのか。

 二秒ほどそのまま静止した後、フィロが我に返ったようにばっと手を引く。


「ボ、ボクの手をべたべたと触るな! ま、まったく……これだから……。まぁ、一応礼を言ってやっても……」

 

 フィロは頬を赤く染めながら言い、腰を上げる。

 それから逆の手の袖で涙を拭おうとして……ぴたりと、急に動きを止める。


「あれ、どうした?」


「こ、こっち……ぐねったの、こっちだった……」


 フィロは再び、地面に突っ伏した。

 目から涙が零れ落ちる。


「いや、今さっき平気そうにしてたじゃん!」


「握られてる方の手に意識がいってたから……麻痺していた。べ、別にそんな、キミなんかに手を握られて緊張していたとかじゃないからな!」


「わかった! わかったから、逆の手を出せ! ああっ! なんで引くんだ!」


 なぜかフィロは、突き出していた左手をさっと自らの腹の下へと隠す。


「ボ、ボクは手を握って欲しいとか、心配して欲しいとか、そんな思惑で言っているんじゃないからな! 本当に痛いんだからな! 本当だからな! これだけは、これだけははっきりさせておかないと……!」


「わかった、本当にわかってる! 俺が手握りたいだけだから! ちょっと貸してみろって、な?」


 フィロの声と肩が震えている。

 演技ではないだろう。

 きっと地面に手をついたときではなく、オーテムと衝突したときに手首を捻っていたのだ。


 俺はフィロが身体の下に隠そうとしている手をなんとか掴み、先ほど同様に痛み止めの魔術を掛ける。


 落ち着いてから確かめてみたが、やはりなんともなさそうだった。

 完全にただの捻挫だったようだ。

 大袈裟な。


 俺もつい先週、また風邪を引いて『今度こそ死にます。先立つ不孝をお許しください』と母妹相手に泣きついていたところだったので、人のことは言えないが。


「……れ、礼は言わないぞ。キミがボクの手を握りたかっただけだからな! キミがそう言ったんだからな!」


「お、おう……もう、それでいいよ。撥ねたのは俺のオーテムだし」


「い、いや、それについてはどうせ止まるだろうと飛び込んだボクも反省してるけど……。にしてもあのオーテム、ちょっと鈍くないかい?」


 恐らく、フィロはそういうつもりではなかったのだろう。

 だがその言い方に、つい俺のオーテム彫師としてのプライドが反応した。


「重いオーテムほど動かすのに魔力がいるんだ。動かすのに多めに魔力がいるってことは、当然停止させるときにもそれだけ魔力がいるってことだ。重いオーテムを動かすのに使っていた魔力を、打ち消さなきゃいけないわけだからな。

 ただ供給を止めるだけじゃなくて、一気にぶつきりに止めた後、動かそうとするのに使われている残留魔力を逃がしたり空消費させる必要があるってことだ。おまけに、重量に比例した慣性力の分、逆向きの力を加えなくちゃいけない。

 今回俺がこのオーテムに組み込んである魔法陣の命令では、急停止はそういう働きになっている。だから軽いオーテムに比べて、どうしても完全に停止するまでのラグが大きくなる」


「あ……ああ、そうかい」


 とはいえ、あの重量のオーテムをぽんぽん動かせるのはこの集落では俺か族長くらいなので、普通の人は気にしなくてもいいとは思うが。


「構造次第で改善はできるが、コストとリターンが見合わないから後回しにしていた。今度からは動く物への反応速度を引き上げ、さっきとは別のアプローチで停止させるアプローチを組み込んで、ブレーキが早めに効くようにしておく。これからは安心して飛び込んで来てくれ。俺のプライドに掛けて、絶対に止まるようにしておく」


「……い、いや、安心してくれ、もう多分、二度としない」


「いや、もう、むしろオーテムに飛びかかるくらいで来てもらっても大丈夫にしておく。さっと華麗に受け止めてやる。次は絶対に『鈍い』とは言わせない」


「そこか!? 妙に口数が増えたと思ったら、キミはそこを気にしていたのか!? 癇に障ったのなら謝るから、遠慮させてくれ!」


 フィロは自分の左の手首を庇うように右の手で覆い、さっと半歩下がった。

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