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十五歳①

 また二年の月日が流れた。

 俺は十五歳に、ジゼルは十三歳になった。


 前世の年齢まで、あと二年である。

 黒魔術研究部のあの二人は、もう三十前後になっているのだろうか。

 それともあちらの世界とは時間の流れ方から違ったりするのだろうか。


 いーちゃんや山さんは元気だろうか。

 特にいーちゃんは、俺が目前で死んだときのショックを長々と引き摺っていなければいいのだが。


 いや、よそう。

 そんなこと、考えたって仕方のないことだ。

 月を見ていると、ついつい前世のことを考えてしまう。


 正確にはここは地球でない以上、空に月などあるはずがない。

 だが前世と似た夜景を毎夜見せてくれる大きな星のことを、俺は月と呼ぶことにしている。

 集落の人達や書物はディンと呼び、神話やら仮説をあれやこれやと出しているようだったが。


「どうしたんですか、そんなぼうっと空なんて見上げて」


 シビィはオーテムを彫っていた手を止め、俺を見る。


 二年前、森奥でグレーターベアと出くわしたあの日から、シビィがちょくちょくと俺の許を訪れるようになっていた。

 オーテムの彫り方を指南して欲しいというので大喜びして引き受けたのだが、それにしては身が入っていない。

 半端なところで作業を止めるし、指南を求めていた割にはあまり口出しするとげんなりとした表情を浮かべることが多い。

 俺が細かいところであれやこれやと言い過ぎなのかもしれないが……。


「兄様は、昔からディンを眺めるのが好きなのです」


 ジゼルはにこりと笑ってそう言う。

 いつもシビィがいなくなってから『二人っきりがいいです』とか『今度からまた結界を張りましょう』などと真顔で進言してくるジゼルと同一人物とは思えない。


「私はディンを眺めている兄様を眺めるの、好きですよ! 勿論普段の兄様も好きなのですが、なんだかいつもと違ってちょっと遠くを見るような、寂しそうな顔をしているのが……私としては、こう、ぐっと来ると言いますか」


 ジゼルは喋っている内に興奮してきたのか、顔を仄かに赤らめ、早口になってくる。

 お、おう。

 よく見ていらっしゃる。


 ジゼルの様子を見ていると、たまに不安になるときがある。

 好かれているのは嬉しいのだが、ジゼルのブラコンっぷりは視野の狭さゆえのものであると、そう感じる時があるのだ。

 俺が今までサボっていた祭りなどの儀式にジゼルを連れて顔を出すようになったのも、それを改善したいというのが一因にある。

 いや、父の顔をあまり潰すわけにはいかないという気持ちも勿論あるのだが。


「へ、へぇ、そうなんだ! 俺ももっと、アベルさんの話聞きたいなぁ、すごく聞きたいなぁ。できれば、ジゼルちゃんの口から!」


「は、はぁ……」


 ジゼルは若干表情を強張らせ、身体を仰け反らせる。

 ジゼルが引いた分だけシビィが前傾する。

 ……なんだ、この三竦みの構図。


 ひょっとしたらシビィの奴、最初からジゼル狙いで俺にオーテム彫りの弟子入りを申し出てきたのではなかろうか。

 だとしたら、ジゼルがあまりよく思っていないのであれば、一度シビィにがつんと言ってやった方がいいかもしれない。


 とはいえジゼルは家族以外との接触が極端に少ない。

 祭りなどに顔を出して積極的に他の人と交流を取るようにはしているのだが、ジゼルが消極的なこともあり、その場限りの話相手で終わることが多い。

 シビィが頻繁に来てくれるのなら、ジゼルにとってもいい経験になるはずだ。

 ジゼルがあまり好きではなさそうだからとぽんぽん遠ざけてばかりでは、それもそれで駄目なのかもしれない。


 ……本来ならこういったことは、父や母がもうちょっと考えてくれるべき点だと思うんだけどな。

 どうにも、さして問題視していないような気がする。

 純マーレン族と元日本人の価値観の差異なのだろうか。

 前世で培った固定観念のせいか、未だにマーレン族の文化や風習に馴染みきれない部分が多い。


 マーレン族では、十六歳になると成人として認められるらしい。

 儀式の準備など、集落における役割も増える。

 今まで通り魔術修行に明け暮れるわけにもいかないだろうし、父に色々と訊いて価値観の差異を埋めておいた方がいいかもしれない。


「ジゼルちゃん、料理ができるんだぁ。食べてみたいなぁ、俺、すごく食べてみたいなぁ。ほら、俺って食べるの好きだし。ほら、体型見てわかるだろうけど。なんちゃって!」


 シビィが声を高くしながら言う。

 自虐ネタを微妙に挟んでいるところが痛い。

 ジゼルは困ったように愛想笑いを浮かべていた。


「……シビィ、そろそろ、手を動かしたらどうだ?」


 休憩を兼ねてではあるが、魔術修行の時間を割いてシビィのオーテム彫りを見てやっているのだ。

 その動機がどこにあるのかは知らないが、あまりサボって妹を口説かれていては俺としても面白くない。

 魔術と妹に関しては俺は神経質だ。

 ちょっと俺は苛立っていた。


「とと、すいませんお義兄さん」


 シビィは言ってから、しまったというふうに顔を青褪めさせる。


「だ、誰がお義兄さんだぁっ!!」


「違います! ちょっと口が滑っただけで、そんなつもりじゃ……」


 何の弁解にもなっていない。

 俺は立ち上がり、シビィの背後に回り込んで両側頭部に拳を捻じ込む。


「すいませんすいません! 痛っ痛い! ……あれ、あんまり痛くない?」


 ……俺の虚弱体質は、相変わらずであった。

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