十三歳①
また二年の月日が経った。
俺はもう十三歳であり、ジゼルも十一歳である。
毎日毎日魔術修行の繰り返しで変化のない生活を送っているせいか、時間が経つのが速く感じる。
この調子だと、気が付いたら前世の年齢など越えていそうだ。
ふっと息を吐き、オーテムについている木屑を飛ばす。
今日も俺は庭でオーテムを彫っていた。
今俺が作っているのは、四つ腕オーテムだ。
球体関節を用いており、がしゃんがしゃんと腕が動くタイプのオーテムである。
完成すれば多分、中型の魔獣くらいなら殴り勝てる。
オーテムには無限の可能性があると俺は信じている。
傍らにはいつもと変わらず、ジゼルがいる。
数か月前からジゼルも本格的にオーテム作りを開始した。
兄ちゃん的には、ナイフで手を切らないかどうか不安で仕方ない。
勿論、妹の成長がちょっと嬉しくもあるのだけれど。
ただ最近、ちょっとまずいかなと思い始めていることがある。
ずっと引き籠って修行の日々を送っているせいか、集落でちょっと浮き始めているような気がするのだ。
家族以外で俺が喋るのは、族長一家くらいである。
なんとなく、前世の記憶がよみがえる。
あの頃も黒魔術に没頭していたせいでぼっちだったのだが、まさか魔法のある世界でも同じ理由でこうなるとは思っていなかった。
とはいえ俺は自他共認める魔術キチなので、世間様から白い目で見られるくらい問題はない。
不安なのは、俺にぴったりとくっ付いているせいで同年代の子供と遊べないジゼルのことである。
ジゼルは未だに俺が添い寝しなければ満足に眠ることもできない。
ずっとこんな調子では、この先困るだろう。
俺はオーテムを彫る手を止め、ジゼルを見る。
ジゼルの年齢も、日本でいえば小学校をそろそろ卒業する時期だ。
兄離れの時期ではないのだろうか。
いや、遅すぎるくらいだ。
「どうなさいましたか、兄様? 急にそう……顔を見つめられると、少し照れてしまいます」
「ああ、悪いな。また久々にお前をモデルにオーテムを彫ろうかと……」
適当に軽口で誤魔化そう。
本人に話すようなことではない。
俺が陰で心掛け、そうなるようにジゼルを誘導すればいいだけだ。
「そ、それはちょっと……」
ジゼルは眉を寄せ、苦笑した。
昔は喜んでいたものだが、オーテムのモデルにされるのは嫌らしい。
それもそうか。
オーテムは、結構不細工な顔をしたものが多い。
なんというか、そういう文化のようだ。
まぁ、この円柱人形を美形にしたらそっちの方が不気味なので妥当ではあるが。
「昔はお前、同じこと言ったら大はしゃぎしてたぜ」
俺がそうからかうと、ジゼルはくすりと笑った。
あのときジゼルは二歳だったので覚えてはいまいと思っていたが、この様子だと記憶にあるらしかった。
「違いますよ、兄様」
「うん?」
ジゼルは椅子状のオーテムから立ち上がり、覗き込むように俺の顔を見てくる。
「……モデルにするんだったら、私のことを見てくれるだろうって、そう思ったのですよ。確か、あの頃の私は」
これは一本取られた。
まさか、二歳児に出し抜かれていたとは。
ジゼルは賢い子だな。将来が楽しみだ。
「あのときの兄様、本当にオーテム以外には興味がないって調子でしたから」
「今ではマシになったか?」
ジゼルは口許に手を当てて首を傾げ、数秒ほど考える様子を見せた後、相好を崩した。
「悪化していますね。でも、私のことは見てくれるようになりましたから。私としては、それだけで十分です」
転生のせいで両親に愛着が薄いせいか、前世でまともな家族関係を築けなかったからなのか、俺は両親や妹に対しても、一線引いて接してきたような気がする。
ただジゼルとは接触の機会が多いため、すぐに深く打ち解けたが……父や母に対しては、未だにこそこそと隠れ、場合によっては避けているのではないだろうか。
……いや、それはほとんど魔術のせいか。
「……久し振りに、明日は父の狩りに付いて行こうかな」
歯向かってばかりではいけない。
今世では間違いなく、ゼレルートが俺の父なのだから。
十三歳にもなってロクに狩りも行かずただ出された飯を食っている男は、この集落では俺くらいだ。
もっとも農作業はオーテムを使って手伝っているし……狩りにオーテムの使用を許してくれれば、結構貢献できると思うのだが……まぁ、そのことは言うまい。
ただの気紛れかもしれないが、明日は狩りへ行こう。
「えぇ……せっかく、ようやく父様も諦め始めてくれていたのに……そんなの、兄様らしくありませんよ?」
ジゼルが頬を膨らせる。
置いてけぼりにされるのが嫌で、拗ねているのだろう。
まったく、可愛らしい妹だ。
「いいじゃないですか、狩りなんて。私、魔術に没頭している兄様が好きですよ。昔はちょっと、オーテムなんかに嫉妬しちゃったこともありますけど」
ジゼルは言いながら、太ももの上に乗せて抱えている彫りかけのオーテムをナイフの先で小突く。
こらこら、そんなこと言われたら気持ちが揺らいじゃうじゃないか。
せっかくの決心をぶれさせないでくれ。
ジゼルの持つナイフが、オーテムの彫りかけだった目の部分にまともに刺さった。
メキッと音を立て、目の部分が剥がれる。
オーテムに嫉妬していたのは、昔のことなんだよな?
「兄様、この間測ったとき、筋力4でしたよね? 今更狩りなんてしたって、仕方ありませんよ。ええ、でもそれでいいんです。そんな野蛮なもの、兄様には必要ありません。ずっと兄様を見てきた私が言うから、間違いありませんよ」
ずいっとジゼルが顔を近づけてくる。
鼻先がわずかに触れた。
ペロリと、ジゼルが悪戯っぽく舌を出す。
「あ、ああ……うん、そうかもしれないな」
俺が生返事をすると、ジゼルは満足したように俺から顔を離す。
「ちょっと彫りすぎちゃいました。難しいですね。また削って、顔を彫り直さないといけません」
ジゼルは言いながら、自分の持つオーテムの目の部分を親指で擦る。
……やっぱりジゼルには、兄離れが必要だ。
今ので強く再認識した。
とりあえず明日は狩りに行って、ジゼルに久々に留守番をさせよう。
俺は抱えていたオーテムを地面に置き、代わりに小杖を拾う。
俺は小杖を、庭端にある赤いオーテムへと向けて振るう。
赤いオーテムが小さく発光し、こてんと倒れた。
それと同時に、ぐにゃりと周囲の空間が揺らぐ。
あの赤オーテムは、結界用の特殊オーテムだ。
俺は修行中、結界用のオーテムを庭の四隅へと配置し、認識阻害の結界を展開している。
父が俺の更生を諦めたのは、この認識阻害の結界の存在が大きい。