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二十一話 森奥に潜むモノ②

 さぁっと生暖かい風が吹く。

 風は木々の合間を潜り、葉を撫でる。


 森にはねっとりと纏わりつくような、生暖かい瘴気が漂っていた。

 それが歩く度、余計に体力を浪費させているような気がする。

 森を歩き始め、どれくらい時間が経ったのかもわからなくなってくる。


 今回森に来たのは、森で続いているおかしな出来事の正体を掴むことが目的だ。

 想定通りの影響力がある魔獣か悪魔ならば、かなりの大物のはずだ。

 借金を大幅に返すことのできる額が入ってくるだろうし、不満が募っているガストンを満足させられるだけの功績も上げられるだろう。


 ……しかし、怪しげな魔力の感知のために杖の先に魔力を溜めながら掲げているのだが、上げている腕がぷるぷると震えてきた。限界が近い。

 なんかもう苦しい。

 俺は思わず腕を降ろし、足を止める。

 仄かに発光していた杖先の光が途切れた。


「……そろそろ休みますか、アベル? なんだかしんどそうですけど」


 横を歩いていたメアが、心配そうに声を掛けてくる。


「いや……多分、大丈夫。多分」


「顔が死んでますけど……」


 正直、ここまで歩くことになるとは思っていなかった。

 汗が凄い。

 感知には繊細な魔力制御が必要になる。この悪環境で長時間。

 肉体疲労、不快な空気、魔力の感知、この三つが合わさって俺を殺しに来ている。


「なんかもう、本気でしんどくなってきた。感知はオーテムを使うか……」


 俺は杖を握り、振るう。

 地面が光り、魔法陣が現れる。


হন(運べ)


 詠唱が終わると、魔法陣の中央に世界樹のオーテムが現れた。

 もう一度杖を振る。

 世界樹のオーテムが指定した種類の魔力の発生源へと向かうように魔法陣を描く。


পুতুল(人形よ) লিড(導け)


 世界樹のオーテムの目の奥に光が灯る。

 オーテムはどん、どん、と飛び跳ねながら先へと進む。

 速度は休憩がてらかなりゆっくりに設定しておいたので、まず見失うことはない。

 まぁ、見失っても手元に転移させればそれでいいんだが。


「よし、あの後を追うぞ……」


 俺は額の汗を拭い、顔を上げる。


「本当にあのオーテム、便利なんですね……」


「ああ。重量がないから肉弾戦させるのはちょっと厳しいかもしれないけど、だいたいのことならできるぞ」


「重量があったら魔獣と肉弾戦させられるんですね……」


 オーテムに不可能はない。

 世界樹の木の枝も、出した額の価値は充分にあったはずだ。俺はそう信じている。


 きっちりと機能を与えて魔法陣を組めば、オーテムにオーテムを彫らせることだってできる。

 もっと上手くやればオーテムにオーテムを彫らせて出来上がったオーテムにオーテムを彫らせることだって可能なはずだ。

 魔力を効率的に供給し続けることができて、いい感じの木が沢山生えている森さえ見つけることができれば無限にオーテムを量産することができる。


 オーテムにオーテムを彫らせるのに長く見て三十分掛かるとしても、最初の一体を彫ってから一時間で四体に増え、二時間で十六体、四時間で二百五十六体の計算になる。

 理論上十時間放置すればその数は約百万体まで跳ね上がり、丸一日掛ければ三百兆体近くにも登る。

 さすがにそんな数の木が生えているところはないし、俺の魔力も絶対に足りないだろうが。


 一度試してみたいが、うっかり実験したら多分そのまま世界が滅びるだろう。

 しかし、もしもどれだけオーテムを彫っても迷惑にならないところがあるのならば、何体まで一日に彫れるか挑戦してみたいものだ。


「……メア、水頼む」


「ちょっと待ってください」


 メアは荷物から俺のヒョットル(瓢箪のような実を用いて作った水筒)を取り出し、手渡ししてくれた。


 俺はヒョットルを上を向け、水を飲む。

 いくらか気分がマシになった。

 袖で口の周りを拭っていると、メアがばっと俺の前に飛び出して弓を構えた。


「ア、アベル!」


 俺はメアの声を聞き、ヒョットルを持つ手を下げ、前を見る。

 緑の肌を持つ醜悪な子鬼、ゴブリンが三体、道を塞いでいた。

 顔は痩せ細っており、鷲鼻で切れ目だ。耳は尖っており、エルフに近い。


「ガフッ! ガフッ! ガフッ」


 ゴブリン達は気味の悪い笑みを浮かべ、棍棒を振りかぶる。


 と、そのとき、先行して道案内してくれている世界樹のオーテムの目の光の色が赤へと変わる。

 急激に速度を上げ、先陣を切るゴブリンへと突進する。

 予め組んでおいた対応動作である。

 起動中に敵意を持って攻撃されそうになったとき、魔獣に対して自動で反撃するように魔法陣で設定している。


 世界樹のオーテムは、ゴブリンの胸部へと身体をめり込ませる。

 ごきり、ごきごきごき。胸骨の砕け散る音がした。


「ガポウッ!?」


 奇妙な断末魔の悲鳴を上げ、ゴブリンの血肉が散った。

 ぐったりとまるで折り畳まれたような形になり、動かなくなった。


「「……ガフ?」」


 切り込み隊長の凄惨な最期を目にし、後方にいる二体のゴブリンが足をぴたりと止め、棍棒をその場に落とした。

 世界樹のオーテムはぶるりと身体を震わせ、血を辺りへ飛ばす。

 呆然と立ち尽くすゴブリン達の身体に赤い飛沫が掛かった。

 飛ばせる血を飛ばした後、世界樹のオーテムは二体のゴブリンへと視線をやる。


「「ガファアアアッ!!」」


 ゴブリン達は森奥へと駆けて行き、すぐに見えなくなった。

 俺はその背を見届けてから、弓を構える姿勢で固まっているメアへと声を掛ける。


「さっき俺の名前呼んでたけど、何かあったか?」


「い、いえ……なんでもないです。いえ、なんでもなくなりました」


 メアは少し恥ずかしそうに、そそくさと弓を降ろした。

 世界樹のオーテムは俺の方をじっと見ていたが、俺が歩き始めると前を向き直し、またドンッドンッと音を立てながら誘導を始めた。


「しかし、妙な空気だな」


 歩けば歩くほど空気が重くなっていくのを感じる。

 本当に何か厄介な奴がいるのかもしれない。


「あ、人が倒れてますよ!」


 メアは前方を指差してから走り出し、オーテムを追い越して先へと進む。


「ちょっと勝手に進んだら危ないって!」


 言いながら、メアの指差した方向へと目をやる。

 木越しに、見覚えのある青い服が目についた。

 血と泥に汚れているが、間違いない。領主の調査隊の着ていた服だ。


 追いついて木の反対側を見る。

 十人の見覚えのある男がいた。

 ゼシュム遺跡で会った調査隊の顔触れに間違いない。

 木に凭れている金髪の男は名前も覚えている。確か、アレンといったはずだ。


 アレンは肩に包帯を巻いているが、怪我が相当深いらしく、包帯はすでに滲んだ血によって汚れていた。

 遺跡で会ったときは活き活きとした精力的な目をしていたが、今はその面影もない。何かに脅えるように、おどおどとしていた。

 他の者達も似たようなものだった。

 大きかれ小さかれ、なんらかの外傷を負っている。


「き、君は……遺跡で会った、魔術師の……」


 アレンは俺に目を向け、力なくそう言った。


「ど、どうも、お久しぶりです。えっと、どういう状態で?」


「……実は冒険者から化け物の存在を示唆する森に関する報告があって、森奥の調査に乗り出したところだったのですが……返り討ちに遭い、このザマです」


 げっ、俺がガストンのレポートに書き加えた奴か。

 なんだか申し訳ない。


「早く森を出たかったのですが……僕を含め、怪我が酷く上手く歩けない者もいまして。とりあえず比較的怪我の浅かった者を伝令として街に走らせ、ここに待機しているところです」


 悔し気に言い、周囲の他の調査隊員を見回す。

 それから俺へと目線を戻す。


「君達も、早く逃げた方がいい。化け物の様子を見るに、何か意図があって俺達は生かされたみたいだけど……そうじゃなかったら、皆殺しにされていたはずだ。虫を弄んで気紛れで逃がすような、そんな感じだった。あれは、人の手に負えるものじゃない」


 言って、ぶるりと身体を震わせる。


 そんなにとんでもない化け物がいるのか。

 話を聞いている限り、それなりに知能もありそうだ。


「どんな外見をしていましたか?」


「木です。木が、動いて……笑って……そう、そうです! 念で言葉を送ってきたんです! 精霊語だったので意味はほとんどわかりませんでしたが……」


 精霊語を喋る……木の、化け物?

 あれ、ひょっとしてオーテムの絶好の材料じゃないのか?


 半ば諦めていた魔力のある木。

 それがこんなあっさりと手にする機会が舞い込んでくるとは思わなかった。


 なかなかオーテムが彫れずにうずうずしていた俺の指が、自然と動き出す。

 心がソワソワして来た。


 俺の様子を見て、アレンは目線を落とし、自分の肩を抱く。


「聞いているだけでも恐ろしいですよね。自分も、思い出しただけで震えが……」


「そ、そうですね。うん」


 すいません、武者震いです。

 いかんいかん、気を落ち着かせないと。


「えっと、それで、どっちに? どっちの方に、その資源はあるんですか? あっちの方向であってますか?」


「えっ」


「い、いや、確実に避けて帰りたいんで……他意はありませんから」


「そ、そうですよね。少し聞き間違えたようです。ええ、あちらの奥を進んだ先です。死に物狂いで逃げてきたので、距離がどのくらいだったかはわかりませんが……」


 よし、なるほど。

 あっちの先に俺の新しいオーテムがあるんだな。

 本格的な戦闘特化のオーテムが作れそうだ。腕は六本で行くか。

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