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71.ついに、八月

このグランドルートは、秀樹・雫・美由美ルートを全部こなし、共通ルートの「12.自分自身のこと」で新しくできた選択肢である「謎のメッセージに応じる」を選んだことを前提としています。

(つまり、秀樹ルート(6月)→雫・美由美ルート(7月)→グランドルート(8月・現在)という時間軸)

 秀樹と恋人同士になって、雫と美由美との問題も無事に解決されてから。

 気がつけば、もう八月になっていた。


「柾木、柾木っ!」

 だんだん周りが暑くなっていくことを感しつつ、クーラーの効いた実務室で今日も朝から作業に夢中だった時。

 誰かが……っていうか、秀樹がすごい勢いでこっちのことを呼びながら走ってきた。

 ……一応防音はばっちりである実務室だが、さすがに走りながらドアをドカンと開けてくる場合にはどうしようもない。


「なんだ、どうした?」

 こっちが呆れた顔でそう聞くと、秀樹は目を輝かせながら、私に顔を近づけてくる。

 ち、近い。

 秀樹って、時折こんなふうにグイグイ来るんだけど、こっちとしては照れくさいっていうか、反応に困ってしまう。

「柾木柾木、もう蝉の声が聞こえるよ?」

「まあ……そうだろうな」

 もう八月だし、蝉が鳴くのは当たり前だ。

 最近はあまりにもいろいろありすぎて、もう八月なんだ、の方の気持ちが強いけど。

「もう夏だねぇ~……」

「そうだな」

 私が適当に相槌を打つと、秀樹はぶぅ、って感じでほっぺたを膨らませる。それがまたかわいいけど、さすがにこそばゆいから口にはしない。

「柾木、反応が適当すぎ」

「ここは室内だから、蝉の鳴き声なんか聞こえてこないに決まってるんだろ」

「まあ、そうだけどさー」

 やはり秀樹は、今の私の態度が不満であるようだった。あんまり味気ないのはこっちも自覚してるけど、これ以上どう返事したらいいのかになると、さすがに困る。

 あんまりそういうのに慣れてないんだ、私。

 そもそも、そこまで喋るのが得意なわけでもないし。

「大変だなぁ、学園生の身分で会社に通う『彼女』がいるってことは」

「俺も同じ学園生が彼氏がいたらここまで大変なのか、って今気づいたばかりだが」

 そんなやりとりをして、私たちはまた照れくさくなり、そっと視線を逸らす。

 ……本当に秀樹と彼氏彼女な関係になっちゃったんだ、私。

 こういうふうに実感されると、やはり恥ずかしくて死にそうになってしまう。


「おお、柾木さん照れてる」

 どうやってそれに気づいたか、秀樹がニヤニヤしながらこっちをじっと眺めていた。

「やめろ。恥ずかしいから」

「また出たね~。柾木のその口癖」

「……そこまで頻繁に口にしてたか?」

 いちおう、自覚はある。だが、秀樹に覚えてもらえるレベルだったとは思わなかった。

「さて、それはどうでしょうか~」

「お前な……」

 私って、一生かけても秀樹には勝てなさそうな気がするんだけど。

 いつもこっちの心の中をすぐ気づかれるのは悔しいけど、嫌な気持ちではない。

 ……そういうところも含めて、好きだから。

 これじゃ、どんどん私だけ損してるような気がしなくもない。


「最近の柾木って、なんか心が軽くなってる気がするんだよね」

「……そうか?」

 秀樹の話に、私は思わず首を傾げたくなってしまう。

 さすがにこんな「別の姿」で、そんなマネはしないけど。

「うん、やはりいろんなことが解決したからかな」

「そうかもな」

 たしかに、今年の夏はいろいろと忙しかった。

 秀樹のことも、雫のことも、そして美由美のことも、みんな大変だったけれど。

 ……こうしてなんとかなって、本当によかったと思っている。

「でも、やっぱり柾木って、まだ俺に話してないこと、あるんだろ?」

「まあな」

 それは間違ってない。

 私にはまだ、秀樹に明かしてないことがいっぱいある。

 たとえば、6月の「あの時」の謎のメッセージ。

 秀樹とも関係のあることだというのに、私はずっと、その事実を隠していた。


 ――あなたに話がある。応じるつもりがあるのなら、このアドレスに返信してほしい。

 あの時、匿名で送られた謎のメッセージ。

 私はそれを見て、しばらくどう対応したらいいのか、一人で悩んだ。

 あの時、メッセージのことを無視していたら、たぶん、今頃はこうして悩んでないんだろう。

 そもそも胡散臭いメッセージだったし、ある意味、無視するのが一番正しい反応だったかもしれない。


 だが、どうしても私はそれに返事、ないしは何かのアクションを起こすべきじゃないんだろうか、と思えて仕方がなかった。

 なぜそう思ったのか、うまく説明するのは難しい。

 でも、ここで動かないと、行動しないといけない、って感情が湧いたのは、今でもはっきりと覚えている。

 これはきっと、何らかのきっかけになる。

 何の確信もなかったというのに、私はなぜか、そんなことを感じていた。


 とは言え、私一人で出来ることには限界がある。

 これは自分に宛てられたものだけど、私の役職のことを顧みて送られたメッセージでもあるからだ。

 だから、どうしても会社、つまり「組織」の上層部に話を通しておく必要がある。

 たぶん、向こうは「反軍」絡みだと思われるが……。自分のことをまったく明かしてないし、そもそも、何の意図で私に連絡を取ってきたのかもよくわからない。

 ならば、もしものことを考えて、少なくともこっちが動いてからは「組織」の上層に連絡をしておくべきだ。


 だから、私が選んだことは。

 ――どういうつもりなのかは知らないが、ふざけたマネをするのはやめてほしい。この件は上層に報告するつもりだ。

 そう返事してから、次の日、自分の上司でもある父に報告することだった。

 やはり、これは自分だけの話じゃないと思うし、上層部に報告しておいた方がいい。とはいえ、向こうがどんな目的でこんなメッセージを送ってきたのかはわからないため、あまり急ぐ必要まではないかな、と思った。

 上層部もこのメッセージのことは知らなかったらしく、急いでこっちに送られたメッセージを調べたが、得られた情報は何もなかった。

『仕方ない。とりあえず、様子を見たほうがよさそうだな』

 あの時、父はそんなことを話していたわけだが、それには私も同感だった。

 もし、これから何か動きがあったら、その時に改めて考えても遅くない。

 結局、「組織」からはそういう結論が出たんだった。


 そして今まで、メッセージを送ってきた側からは何の動きもない。

 あの時以来、あちらから再び連絡が来ることはなかった。もちろん「組織」でもメッセージを送ってきたところを解析し続けていたわけだが、あまり成果は出ていないらしい。

 結局、あのメッセージは何だったんだろう。

 本当に「反軍」からの連絡だったんだろうか。それじゃないと、別の何かだったんだろうか。

 そもそも、目的はいったい何だったんだろう。

 ……私に、いったい何の話があったんだろうか。


「あれ、柾木?」

 そんなことを思っていたら、秀樹が心配そうな表情で、こっちの顔をじっと見ていた。

 どうやらずっと考え込んでばかりだったから、気を使わせてしまったらしい。

「あ、ごめん、心配したか?」

「そりゃそうだろ。ずっと何か考えてたようだし……悩みでもあるの?」

「いや、そういう類じゃないけど……」

 やはり、秀樹に心配とか、そういうのはあまりかけたくない。

 これからは気をつけた方がいいかな。変にバレちゃうとこうやって気遣いされるし。

「まあ、今度はその話、信じてあげましょう。ただし、辛いことがあったらすぐ言うこと。わかった?」

「ああ」

 私は秀樹に向かって、そう頷いてみせた。

 これからはあまり、心配はかけないようにしよう。私のことで秀樹を巻き込むのは、もういやだ。

 それに、きっと大丈夫。

 もう私には、みんながいるんだから――

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