前へ次へ
64/90

66.わたしは普通じゃないかもしれないけれど

 次の日の昼。「組織」の近くにあるいつもの公園。

 すっかり常連になってしまったな、としみじみ思いつつ、私は美由美とまたここにやってきた。

 別に大した理由があったわけではない。

 ただ、なんとなくここでいっしょに時間を過ごそう、という空気になった。


「あの、柾木くん。さっきからずっとそわそわしてますけど……」

 私のとなりに座った美由美が、こっちを顔色を伺いながらそんなことを話してきた。

 ……そうだよね。バレバレだよね。

 私は諦めて、すでに用意していたことをここで渡そうと思った。

「その、今度はこんなことを作ってみたわけだが」

 と言いながら、私は懐にあった「それ」を美由美に渡す。つぶれてしまったらどうしよう、とさっきからずっと気をつけていたやつだ。

「えっ? これって……」

「ああ、その、マカロンを作ってみたんだ。あと、これはついでに作ったクッキーだが、気負わずに口にしてみてくれ」

「す、すごい。マカロンって作れるものなんですね」

「まあ、難しいとは思うが」

 実は家の冷蔵庫には、美智琉と美由美の兄弟たちの分も用意してある。

 いつも美由美にばかりあげてしまうと遠慮してしまうから、今度はそのようなやり方で伝えようと思ったんだ。

 ……それに、そうすると美智琉の拗ねた顔もきっと見られるんだろうし。


「柾木くんってすごいですよね。わたし、こんなお菓子なんかまったく作れないのに」

 少し羨ましそうに、美由美はこっちをじっと見上げた。

「普通の女子より女の子らしいっていうか、そういうところ、憧れます」

「いや、べ、別にそれほどでも」

 この場合、私はどのような反応を返せばいいんだろう。

 喜ぶべきか。恥ずかしがるべきか。この姿でそういう話を聞いたことに困るべきか。

 そもそも美由美って、私の「別の姿」なんて、まったく知らないのに。

 それなのに、なぜだろう。そういう話を聞いたことが、少し嬉しかった。

「以前、柾木くんが言ったことありますよね。自分が女の子だったらどうするか、って話」

「あ、ああ……そうだな」

 あの時のことを、美由美から良い出すとは思わなかった。

 私としては未だに複雑な気持ちだけど……美由美って、あのこと、まだ覚えてたんだ。

「わたし、やっぱりうまく想像することはできませんが……きっと、どんな姿だったとしても、柾木くんとは親しくなれたと思います」

「そうか」

「はい。柾木くんっていつも優しくて、いっしょにいると落ちつきますから。それは変わらないかな、と」

「……そうか」

 ――嬉しい。

 今、すごく嬉しくて、空にでも飛んでいきそうな気持ちだ。

 恥ずかしいから、美由美にはバレないようにしよう。

 こんなことバレちゃうと、もう美由美の前では顔すら上げられなくなってしまう。


「そういや最近、美智琉とよく会ってるって聞きました」

「ああ、そうだな」

 たぶん、美智琉本人から直接聞いたんだろう。

 なんか照れくさくなって、私は思わず美由美から視線を逸らした。

「勝手にわたしとの会話をバラしたって一人で悔しがってましたね。別にわたしはあんまり構わないんですけど」

「ごめん、ただ自分の話をしようとしただけなのに、美由美まで巻き込んでしまって」

「いいえ、柾木くんは今もこうしてわたしと話してくれてますし、大丈夫です」

 そう言いながら、美由美はいたずらっぽく笑ってみせる。

 ちょっと、いつもの美由美と違ったからドキドキしてしまった。

「美智琉もああ見えて、けっこうお節介さんですよ。いつもめんどくさいと言いながら、わたしのこと、けっこう心配してくれます」

「まあ……そうだろうな」

 あの子、だいぶこっちに似ているから。

 それもある程度、予想していたことだった。

「美智琉って優しいところもあるんですけど、あんまりわかってもらえないんですね」

 そんな妹のことを話せるのが嬉しいのか、美由美の口調が妙に弾んでいる。やはりこの姉妹、仲がいいんだろうな。

「美智琉って思ってることをそのまま口にするから、やっぱり苦手な人もいるみたいです。それは仕方ないかもね、と本人も言ってました」

「そうか」

 たしか、美智琉みたいな性格なら敵も多いんだろう。目立たないように生きてきた美由美とは正反対みたいなものだ。

「でも、他の人から見れば、存在感なんてこれっぽっちもないわたしより、印象が強い美智琉の方がいいのかもしれない」

「……」

「あの子って、確かに好き嫌いは別れると思いますけど、間違いなくいい子ですから」


 しばらく、そのまま時間が流れてゆく。

 さっきのあの話は、美智琉がいい子って話でもあったけど、美由美が「存在感のない」自分を責める話でもあったんだろう。

「わたし、小学校の頃に、お母さんが家を出ていってしまったんです。だからその頃からは、ずっと妹や弟たちに構いっきりだった」

「……」

 美由美の口調は、淡々としている。

 誰かを恨むことも、羨むこともないような声だった。

「元々人見知りだというのに、友だちがだんだんできなくなって。みんなのことを気にかけなきゃいけなかったから、自分のことなんか、すっかり忘れちゃいましたし」

「そうだったのか」

「クラスのみんなにはわかってもらえなかったんですけどね。いろいろ言われたり、嫌われたりもしました。だから友だちがなかなか作れなかったって事情もあります」

「……」

「仕方ないです。今振り返ると、子どもって無知だけど、だからこそ残酷なところもあるな、って感じですよね」

「……そうだな」

 それは本当に、そうだと思う。

 何も知らないし、何も知ろうとしない。わかってないから、知らないからこその残酷って、実はいちばん怖いものじゃないかな、と思う時もある。

「だからわたし、気がつけば、やはり普通の子とは少し違うかな、って感じになりました」

 苦笑いを浮かべながらも、美由美は話を続ける。

「だって、みんなが好きなオシャレとか、自分とはやはり合わないな、と思ってしまうんです。化粧とかも苦手で、クラスで盛り上がってることを見ると、少し寂しくなりますし」

「わかる、その気持ちは」

 だって、私も化粧とか、好きじゃない。

 どっちがよくてどっちが悪いって話じゃないけど、やはり自分みたいな人間はマイナーだろう。

「誰かに自分をさらけ出すのが怖い。嫌われるなら、いっそ存在感がない方が安心する」

 いつの間にか、美由美はこっちから視線を逸らしていた。あまり聞かれたくないことを話しているように。

「卑怯で、どうしようもないくらいくだらない考えだってこと、わかってます。でも、気がつけばやはり、そうしてしまってるんです」

 美由美の気持ちは、よくわかる。

 自分を出した方がいいと思うのに、他の人のことを考えて、やはり「普通」に落ちついてしまう。

 目立つのが怖くて、思わず体を引く。

 誰かに「普通じゃない人」と見られるのが、怖い。そう見える可能性があるだけで、怯えてしまう。

 その感情には、見に覚えがあるんだ。

 美由美が信じてくれるかどうかは、自分でもわからないんだけど。


「ひょっとしたら、これこそがわたしの思い込みかもしれない。普通じゃないとか、変人かもしれないとか、こんな悩みなんて、いらないかもしれません。でも、わたし、そこまで確信が持てない。みんなが思う『普通』ってなんなのか、よくわからなくなってしまいましたから」

 美由美はずっと、兄弟たちの世話をすることに精一杯だった。

 周りから当たり前とされるものとか、どうやって自分を出していけばいいのかとか、自信がないことも、おかしなわけじゃない。

「本当のことを言うと、やっぱり辛いんです。我慢してばかりじゃいられない。でも、子供の頃からお父さんとお母さんがケンカすること、ずっと見てたから……。自分さえ黙ってれば平和だな、なんて思うようになって」

「……だろうな」

 美由美はそうやって、ずっと自分のことを殺して生きてきた。

 きっと自分が大きな声を出すと父に怒られるから、我慢して、なんでもないフリをした。

「きっと自分のことを前に出したら、誰かに咎められるんだろうな、なんて思ってしまう。お父さんだって、いつもわたしが大人しくしてるからまだこのくらいであるわけで、わたしが嫌って言い出したら――」

「だが、そのままじゃ美由美が生きていられないんだろ」

「やはり、そうでしょうか」

 こっちを見上げながら、美由美はそう聞いてくる。

 自分を棚に上げるような気がして、ちょっと言いづらいけど……。でも、やはり美由美には、心の底から幸せになってほしい。

 私が、そんな美由美の顔を見たいから。

「ああ、美由美はたぶん、他の人に迷惑をかけるのが嫌なんだろうが、そのままじゃ、いちばん大事な自分の命すら失ってしまう」

「ですよね、わたし、自分のことが好きになれませんから」

「その、自分に自信を持てないってところも、勇気を出して一歩づつ前に進んでみると、変わるかもしれない」

 こんなこと、自分に言い聞かせたいくらいなのに。

 心の中で苦笑いしつつ、私は美由美に、そう話しかける。

「たしかにそうですよね。でも、そうしてしまったら、自分の汚いところが他の人にバレちゃいそうな気がして、怖いんです」

 私の話を聞いた美由美は、しばらくしてから、こんなことを言い出した。

「わかってます。こんなことしたって、無駄だってことは。でも、軽滅の視線とか、思い浮かぶだけで辛くて」

 美由美の話は、おかしなことじゃない。

 ある意味、考え過ぎだと言えなくもないけど、「自分らしく生きてゆく」っていうのは、きっとそういうことでもある。

 自分の恥ずかしいところだって、外に出していくことになるわけだから。

 今まで他人に視線をずっと気にして生きてきた美由美には、すごく怖くて、未知なる恐怖なんだろう。  

「自分の暗いところや恥ずかしいところなんか、このままずっと、誰にも明かされなかったらいい」

 ボソボソと、美由美は話を続ける。

 今、美由美は私から、そっと視線を逸らしていた。

「みんなはあそこまで完全無欠なのに、自分だけ汚い気がして。そういうところはきっと受け入れられないハズだと思うんです。だから、前に踏み出すことが――」


「それは違うと思う」

 気がつけば、私は美由美にそう話しかけていた。

 だって、他でもない自分が、ここまで「普通じゃない」んだから。

「以前にも言ったけど、誰にもバレたくないところや秘密なんか、一つくらいはあると思うんだ」

「えっ、柾木くんにもそういうの、あるんですか?」

「……ああ」

 そりゃある。自分にとってはどうしても隠したくなる「アレ」のことだ。

 これだけは誰にも話せる気はないので、絶対にバレないとは思うが。

 ……秀樹にも言えないんだからね。こういうのは。

 美由美にこんなことバレたら、絶対に幻滅される。

「きっとみんなにも、そういう弱いところは、他の人の受け入れられない、なんて思ってるんじゃないんだろうか」

「そう、ですよね」

 今、初めてそれに気がついたって顔で、美由美がそうつぶやく。

 きっと、みんなだってそういうところはあると思う。私は声を大きくして言い切ることまではできないけど……。

 少なくとも、美由美の前にいる私はそういう存在なんだから。

「あの、柾木くん」

 そんなことを思っていたら、ふと、美由美がそう声をかけてきた。

 あまりにも優しい声だったので、しばらくどう返事すればいいのか、まったくわからなかった。

「どうした?」

「えっと、いつもわたしの相談に応じてくださって、本当にありがとうございます。ですから、今度はこっちから恩返しさせてください」

「い、いや、恩返しとか、そういうのを求めてやったわけじゃ――」

「いえ、些細なものですけど、恩返しできたら嬉しいです。その、……膝枕とか、いかがですか?」

「へ?」

 情けなくも、私はそんなことを口にしてしまう。

 美由美に膝枕だなんて、今までそんなこと、思うことすらできなかった。

「そ、それはちょっと、こそばゆいっていうか、なんていうか……」

「でも、わたしがここで柾木くんにしてあげられること、それしか思い浮かばなくて」

「……そうか」

 このままずっと好意を断り続けるのも、美由美に対しては失礼だろう。

 今日は素直に、美由美の気持ちを受け入れたいと思った。

「じゃ、頼む」

「ありがとうございますっ」

 とはいえ、いざ膝枕たるものをしようと思ったら、どこからどうやって始めたらいいのか、見当がつかない。

 こ、このまま美由美の膝の上で横になればいいのかな?

 こういうのって、みんなどうやってやってるんだろう……。

「あ、あの、そのまま楽になって、わたしの膝の上にくつろげばいいと思うんですけど」

「そ、そうだな。それじゃ、遠慮なく……」

 とか言いながら、私は美由美の膝に頭を置く形で、ベンチで横になる。

 こ、これで本当にいいのかな。

 私、何か間違ったりしてないかな?


「これって、せっかく美由美からしてもらってると言うのに、その、すごく照れくさいな」

 できる限り美由美と視線を合わせないように気をつけながら、私はそんなことを口にする。

 ……恥ずかしいんだ。

 今、このベンチの横を過ぎ去る人たちは、いったいこの風景をどのような目で見てるんだろう。

「そうですね。わたしも誰かに膝枕をしてあげるのは、今度が初めてで……」

「本当に、このままで大丈夫か?」

「はい。大丈夫です。これも柾木くんのためですから」

 美由美のその声は、どこかすごく優しくて。

 私はこのままでもいいんだろうな、と素直に思うことができた。

 木陰の下で、涼しい風が私たちをすり抜けてゆく。

 そろそろ蝉の声がうるさい7月の昼下がり。

 すぐ近くにある美由美の匂いが、この短い髪をくすぐる風が、ただただ気持ちよかった。

 ……どうしよう。今すぐにでも、このまま眠ってしまいそう。

 この瞬間にも、美由美は私のことを「異性」として見ているのかな。

 もしそうだったら、私は……。


「……くん、柾木くん」

 声が聞こえる。

 どうやら、誰かが私を呼んでいるようだ。

 そういや私って、美由美に膝枕をされて、公園で昼寝してたっけ。

 えっと、今、どれくらい経ったんだろう……?

「あの、そろそろ起きたほうが……」

 美由美の声が、私を呼んでいる。

 まだまだこうしていたいけど、このままじゃダメなんだな、とすぐ悟った。

「ごめん。どうやらぐっすり寝ていた……ようだな」

 情けない顔で目をこすりながら、私はゆっくりと体を起こす。

 ここまでずっと寝るつもりはなかったのに、恥ずかしながら熟眠してしまった。

 夢すら見ずに、ぐっすりと。

 ある意味、私としては珍しいかもしれない。


「あ、もうずいぶん暗くなってるな」

 気がつけば、そろそろ日が沈む時間だった。7月ももう後半たというのに、ここまで暗くなったということはあまりよくない。

「時間は……まずい、もう八時か」

 思わず腕時計に視線を落とした私は、辛うじて読めた盤面を見てやっちゃったって気持ちになる。ここまで遅く、美由美といっしょにいるつもりはなかった。

 だって、今日の美由美は、久しぶりに家で家族と時間を過ごすことになっているんだ。

 それを自分が邪魔したような気がして、少し申し訳なくなってしまう。

「あの、柾木くん」

「うん?」

 思わずそう答えると、美由美は不思議な眼差しでこっちをじっと見ていた。

「その、なんで『端末』があるというのに、腕時計で時間を確認するんですか?」

「ああ、これは……ちょっと、癖みたいなものだな」

 ぶっちゃけ、ここまで暗くなっている時は「端末」の方がわかりやすいことに決まっている。この腕時計は電子じゃないから光ってもくれないし、今になっては確かに古いものだ。

 だが、未だにビジネスの世界で、この腕時計は現役である。

 今になってはほぼ礼儀っていうか、ネクタイのように「つけること自体」に意味があるだけのものだけど、それでも「組織」で働く人の中で、成人の男性はほぼ腕時計をつけていた。もちろん、それで時間を確認することは滅多にない。アナログなものがだんだん消えてゆくこの時代に、不思議なことにこの腕時計だけはずっと現場に残っている。

 私がこの腕時計をつけることになったのは、忘れもない、「作戦部長」として「組織」で働くことに決まったあの日から。

 誰でもないお父さんが、直々時計屋まで私を連れて行って、ご自身で選んだものである。

『時計、ですか?』

『ああ、腕時計だ。お前も社会で出ることになったから、これがなくてはならないんだろう』

『でも、俺は――』

『たしか、まだお前は成人としては非常に足りない存在だ。だが、形だけでもスーツを着て働くことになったからには、これをつけなくては話にならない』

『……そうですか』

 私が言いたかったのは、別に腕時計をつけることではなく、「実は女の子」である自分が、それをつける必要があるのか、って話だったんだが――

 それから初めて腕時計をつけて、ネクタイを締めてから「別の姿」で鏡の前に立った時。

 私は、本当にこれでよかったんだろうか、と何度も考え込むことになった。


 ……って、今はそんなことを思ってるところじゃなかった。

「迷惑をかけてしまったな、ごめん」

「い、いえ。柾木くんの寝顔が近くで見られて、こっちも嬉しかったんです」

「そ、そうか」

 そう言われると、こっちはかなり照れくさい。

 なんか、さっき思っていた「アレ」よりも重大な秘密がバレたような気がして、目を合わせることすら恥ずかしくなってしまいそうだった。

 寝顔くらい、「アレ」に比べると可愛らしいものなのに。

「それじゃ、行こうか」

「あ、今日は送ってくださるって話でしたよね」

「ああ、時間もこんなに遅くなったし、せめてそれくらいはやらせてくれ」

 そんなことを口にしながら、私はゆっくりとベンチから立ち上がる。

 そろそろ急がないと、美由美を真夜中に送ることになってしまいそうだった。


 そんなことを思いながら、私たちは公園を去り、美由美の家へと足を運ぶ。

「そういやですね」

「うん?」

「誰かといっしょに家に戻るの、今度が初めてなんです」

「家族じゃない人と、か」

「はい。なぜか今が、とても心地よくて」

「なら、よかった」

 そこから、また会話が途切れる。でも不思議なことに、それが心地よかった。たぶん、美由美も似たような気持ちなんだろう。

「あの、柾木くん」

「ん?」

 しばらくじっとしていた美由美は、暗い夜の中で、こっちに視線を向けてから口を開く。

「わたし、やはり勇気っていうもの、出してみようと思います」

「そうか」

 その声に籠もった感情から、これが美由美の本心だということを知る。

 私がその決意を、応援しないわけがなかった。

「大変だろうと思うが、一度やってみると、きっと楽になるはずだ」

「だったらいいですね。わたし、やはり小心者ですから」

「大丈夫だ。美由美ならできる」

「ありがとうございます。まだまだ怖いんですが、それでも、やってみます」

 そんなことを話し合いながら、美由美の家の前までやってきた。やっぱり暗いからか、周りが上手く見えなくて、少し不気味に思える。

「あれ?」

 急に、美由美が立ち止まる。

 私もつられて、いっしょに足を止めた。

「どうした?」

「えっと、その、わたしの見間違いじゃなかったらですか……」

 少し間をおいてから、美由美はこっちから視線を逸らして、こんなことを口にする。


「お父さん……が、家の前に立っているみたいです」

前へ次へ目次