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35.少し勇気を出して

「お、お前、ズルいぞ!」

「……あ?」

 お姉ちゃんと深く話し合った次の日。

 私はいきなりこっちまでやってきた慎治から、だいぶ雑に問い詰めにされた。どうしてこんなことになったのかは、もはや考えるまでもない。

「い、いったいいつから橘さんと付き合ったんだ? 柾木、お前には綾観さんがいるんだろ!」

「ああ、今まで話せなくて悪かった。だが、それは……」

「なにが『それは』だ。お前、女の子二人と二股をかけるくらいお尻の軽い男だったのか?」

「いや、だからそれにも事情が……」

「それはいったいどんな事情なんだ! 婚約者までいるという羨ましい環境なのに、二股をかけなきゃいけない事情って、新手のギャグか何かか?!」

 ダメだ。まるっきり話にならない。

 はっきり言って、私の「元の姿」すらまったく信じていない慎治に、この事情を説明したとしても、とうてい納得しそうに思えない。

 ……頭が痛い。どうしよう、私。

 こいつ、放っておくとまた、どういう誤解をしてしまうのやら……。

「ま、柾木。お前、根は真面目だと信じていたのに、こう裏切るとは……」

「いや、だから、こっちの話も聞いてくれ」

 ともかく、なんとかしなきゃいけない。

 どうすればいいのかは、自分にもまだわからないけれど。


「柾木、どうしよう」

「……何がだ」

 それに、慎治が去っていった後には、秀樹がこっちにやってきて、突然こんなことを話してくる。

「だって、俺、未だにあいつ……茨城に、異性として見られてるんだぞ?」

「ま、まあ、そう……だろうな」

 まあ、秀樹の心情が複雑なんだろう、ということはよくわかる。

 秀樹って女の子が好きだというのに、男にそんな目で見られたら、やっぱり迷惑なのだろう。相手は秀樹のことを、本気で「女の子」だと思いこんでいるわけだから。

 ……今の時点では、それも間違ってないわけだが、ともかく、秀樹はもともと男の子だ。

 辛い気持ちになることも、無理ではない。

「最悪だよ……あいつに女扱いって、何の罰ゲームなんだって感じ」

「それ、慎治が聞くとずいぶんがっくりするんだろうな」

「でもさ、こっちもいたたまれないんだよ? うーん、なんとかできないかな」

「……まあ、できないわけでもないが」

「ほんと?」

 ある「可能性」のことを考えながら、私は頷く。まあ、ちょっと複雑にはなるけれど、できないわけではない。

 できない、わけでは。

 その代わり、その、私の方が勇気を出さないといけないんだろうけど……。


「……やっちゃったな」

 慎治と「端末」で約束を交わしてから、私は思わずそうつぶやく。

 いつかはこんな日が来ると思っていた。覚悟はしていたつもりだったが、まさか、それがここまで早くなるとは思わなかった。

 慎治とは、土曜日の午後に、近くの公園で会おう、と話している。慎治は「なんでわざわざ外なんだ、まったく」と呆れたが、今度だけは、「外」じゃないといけない。

 だって、その日、私は。

 ――慎治に、自分の「元の姿」を、見せるつもりなんだから。


「ようやく、やってきたか……」

 そして、ついにやってきた土曜日の午後。

 私は家から服を着替えて、慎治と約束した公園へと向かう。

 ――今なら、まだ引き返せる。

 あそこに自動運転車で向かいながら、私は心の中で、ずっとそんなことを考えていた。


 この決定を、後悔しないと言えば、嘘になる。

 慎治と私の、「同性としての」親友関係は、とても心地よく、頼りになるものだった。私も、「別の姿」になって、大変な目にあったことはたくさんあったが、その度に、慎治には助けてもらった。

 正直に言うと、今、私は怖くて仕方がなかった。

 ぶっちゃけると、できる限り、私は慎治と、ずっと今までの関係でいたかった。

 別に告白するわけでもないけど、今までの関係が変わる、というのは恐ろしい。それが良い方でも悪い方でも、「このままではいられない」というのは、とても怖いものだ。

 だから、私はここまでたどり着くことに、正直、迷った。

 だって、私が何もしなければ、「元の姿」を明かさなければ、自分はこのまま、悩まずに済むはずなのだから。自分の恥ずかしいところも、「他の人とは違う」ところも、このまま、バレずにいられるから。

 でも、やはり今の私は、慎治にすべてを明かそう、と思っている。

 もちろん、それは秀樹のためでもある。私のことを明かすと、慎治も秀樹のことを信じてくれるはずだ。これは私のせいだから、秀樹が苦しむのはあまり見たくない。

 だが、これは「私のため」でもある。

 私が、そろそろ、明かしたほうが良い、と思っているからだ。


「はあ」

 そんなことを思いながら、ようやく私は、公園にたどり着く。

 遠かった。

 そこまで家と離れているわけでもないはずなのに、なぜか、とてつもなく遠く感じられた。

「慎治のやつ、まだ来てないか……」

 今の私は、当たり前だけど「元の姿」。

 今日はあいつと約束した土曜日だから、言うまでもない話である。

 あいつ、いつも約束した時間、ちゃんと守らないから。

 今度はいったい、こっちを見てどんな顔をするのやら――

 ちなみに、今の私はジーンズにシャツという、すごく簡素な服装。

 さすがに秀樹とのデートのように味気ないやつではないけれど、自分の私服なんて、いつもこんなもんだ。

 ……いったん、あいつとは初めて「元の姿」で会うわけなのだから、髪型はツインテにしておいたけど。


 公園は、とても平和だった。

 あまり人はいなかったけれど、今日はそこまで暑くもないし、とても風が心地良い。向こうには、3~4羽くらいの鳥たちが地上に群れている。きっと、ここの木陰が涼しいから、しばらく羽を休ませるつもりなんだろう。

 そんな風景をぼうっと見ながら、私は、体が軽く震えるのを感じた。

 ――ものすごく、緊張するな。

 だって、「別の姿」しか知らない人に「元の姿」を見せるのは、かなり勇気がいる。

 今まで、その人と「別の姿」で関係を結んでいたら、なおさらだ。

 慎治とは、まるで同性の友だちのような、そんな関係を続けていた。そもそも、あいつのこと、恋愛対象とか、そういう目で見るのは無理である。現場時代に「別の姿」であらゆるセクハラをされ(まあ、「同性の友だち」としてはおかしくなかったかもしれないが)、恥ずかしい姿を何度も見られ見せられたというのに、そんな感情が湧く訳がない。

 だが、だからこそ、私はここにやってきた未だに、もうやめようか、と思っていた。

 今までの関係が変わるかもしれないってことは、とても怖い。

 私の「元の姿」なんか、まったく見てない人に、自らそれをバラすのは、とても、とても恐ろしい。

 だけど、やっぱり私はここにいる。

 今の私は、「この道」を自分の判断で選んだのだから――


「おーい、どこにいるんだよ、柾木……?」

 その時、後ろの方から、聞き慣れた声が届いた。

 もちろん、その正体は、確認するまでもなく、慎治である。

 やっと、来たか。

 私は息を整えて、自分を落ちつかせる。

 大丈夫だ。

 私は、すでに覚悟していたのだから。

「なんだ、ずいぶん遅かったじゃないか」

 そうして、改めて覚悟を決めた私は、いつもとは少し低い声を意識して、慎治に話しかけた。

「え? え、えっと、誰? 俺のこと、呼ん……だ?」

「はあ、もう親友の顔すら忘れたか。今日、ここで会うことにしたんだろ? 何トボケてるんだ」

「い、いや、でも、君、いったい誰……」

 当たり前だが、慎治はものすごく困った口調である。まだ顔すら見せてないのに、この様子だった。

 ……まあ、このままではいられないよね。

 結局、私はまだ息を整えて、慎治の方に振り向く。


「……えっと、その、なんだ」

 やっぱりと言うべきか、そこにはいつものような姿の慎治が、ぼうっとした顔でこっちをじっと見つめていた。

「え、その、あの……どちらさん?」

「まあ、そうなるよな」

 すでにそんなこと、想定済みだった。むしろひと目でわかった方がおかしい。

「無理でもない。そもそも、お前と『元の姿』で、出会ったこと自体がないわけだから」

「い、いや、だから、俺と知り合い……なのかな? お、俺、君みたいな女の子、知らないけど……」

 今、慎治は猛烈に戸惑っている。それはここでもよく読み取れた。それもまた、当たり前である。まるで自分の親友のように話しかける、初めて見た「女の子」なのだから、自然な反応だ。

「もう、そろそろ察しろ」

 だから、思わずため息を漏らした私は、慎治の目をじっと見ながら、こう話す。

「俺だ。お前が親友だと思ってるかもしれない、高坂柾木」

「え――?!」

 ――パッ!

 その時。

 慎治の大きな悲鳴に驚いたからか、近くに群れていた鳥たちが、一斉に空の向こうへと飛んでゆく。

 しばらく、私たちはそのまま、何も話さなかった。

 とても静かで、重くて、なんとも言えない空間。

 今、この公園は、正しくそんな感じである。


「あ、あはは、あはは」

 しばらくしてから、慎治は虚しく笑った。あまりにも魂が抜けた笑いだったから、私は急に、こいつが心配になってしまったくらいだ。

「そ、そんなわけないだろ。これはありえない。ほ、ほら、俺が知ってる柾木は男だぞ?」

「だから、以前からずっと言ってきたんだろ。実は女の子だ、って」

「い、いや! だからそれがありえないんだよ。あいつは男だ。間違いない。俺が何度もトイレとか、浴場などで見てきたんだからさ――」

「それも言ったんだろ。信じられないのはわかるが、特別な『機械』があって、それでああいう『別の姿』に変わったって、何度もな」

「い、いやいやいや、だからさー?!」

「もう許可済みだ」

「は?」

 慎治がまた現実を否定する前に、私は先手を打つ。

「すでに幹部から、許可はもらっている。あの機械について、慎治、お前になら話してもいいって、許可を得ておいた。もっと難航するかと思ったが、すんなり通ってほっとしたな」

「お、俺は、君が何を言ってるのか、よくわからんが……」

 慎治の現実逃避は、当たり前だ。すでに予想していたものだったため、何の驚きもなかった。

 だって、あいつ、何年もそれを否定し続けたのだから。それに、証拠も何も出せないのに、この荒唐無稽なことを信じてくれ、という方がどうにかしている。

 だから、今日は「証拠」を持ってきた。

 「私」と言う、何よりも確かな、揺るがない証を。

「さあ、これは俺のIDカードだ。もしもの事態に備えるために、『組織』の人間なら誰でもこれが物理的にもらえる、というのはお前も知ってるんだろ?」

「えっと、ど、どれどれ……あ、たしかにあいつのものだ。俺のものと仕組みも同じだし、どうやら偽物ではないようだな」

「当たり前だろ、何でこんなものをわざわざ作らなやならないんだ」

 ようやくこっちに近づいた慎治を見ながら、私は頭を抱える。そもそも、私が「あの」高坂柾木のふりをしていると仮定したって、何の意味もない。メリットになりえるものが、一つもないのだ。

「ついでに、これも俺の端末だ。いつもの画面なんだから、お前もすぐわかるだろ?」

「あ、ああ、たしかに柾木のUIそのものだな。だ、だが、ひょっとして、君がハックしたとか、そういうオチは……」

 私が「端末」の画面を見せると、慎治は必死に目をそらす。こいつとはいっしょに過ごして長いため、普段はあまり他人に見せないお互いの画面も見慣れたものだった。

 普段ならば、「端末」の画面はプライバシー保護のため自分だけ見えるように設定するのがセオリーなので、相手の端末の画面を見たことが多いってことは、それだけ親しい関係、という話にもなる。

「はあ、まったく、面倒させやがって」

 結局、私はため息をつきながら、声で「端末」を操作する。当たり前だが、「端末」はその持ち主の声でないと操作できない。私の端末は、「別の姿」と「元の姿」の声を共に登録しておいたため、どの姿だとしても自由に動かせた。

「え、う、動く? あ、あはは、これは夢かな?!」

「お前はいったい、いつまで現実から目をそらすつもりだ?!」

 ここまで来ると、こっちも我慢できない。いい加減信じろ。私だって、今猛烈に恥ずかしんだから。

「考えてもみろ。いったい私が、いや、今は俺が、高坂柾木のマネをして何の得があるんだ? まったくないに決まってるんだろ。それも、こんなところで、こんな口調で話すことになるとなおさらだ」

「え、えっと、君……高坂さん?!」

「言っておくが、別にこれはいつもの口調じゃない。『別の姿』に合わせた口調だ。元通りに話すとお前が信じてくれないことに決まってるから、今はなんとかそう話しているだけなんだ。はっきり言って、今、ものすごく恥ずかしい。だって、周りが見てるんだぞ? 何の罰ゲームだ、これって」

「な、なんだ。そ、それはその……」

 私はもう、こいつから視線をそらしたくて仕方がなかった。言っておくけれど、ここにいるのは私たちだけじゃない。あまり人はいないところだけど、ちゃんと行き交う人はいるし、ゆっくりと散歩を楽しんでいる人だってもちろんいた。

 その中で、今の私は、いつもと違って「男言葉」で話している。

 元ならそんなキャラならともかくとして、今の私は、こんなふうに話すことなんて、できる限り遠慮したかった。

 自分みたいな童顔で、ツインテの女の子が、それもこんな高い声で。

 なんで他の人の視線までいっぱい浴びながら、男言葉で喋らなければいけないんだろう。

「なんなら、あの機械のことをお前に見せたり、あそこで『別の姿』になることもできる。お前がそこまで信じられないのならな。お前の親友である高坂柾木が、今すぐ見られるんだ。こっちはもう勘弁してほしいが」

「そ、そ、それが~……」

「で、いつまでこうしていたらいいんだ? 恥ずかしいことだけが問題じゃない。今、ものすごく喉が痛いんだ。そりゃ、似合わない口調で、しかも低い声で話してるわけだから当たり前だが……ともかく、早く答えろ。俺のこと、お前の親友である、高坂柾木だと認めてくれるのか?」

「そ、その、そのぉ……」

 そこまで話すと、慎治はぶるぶると震えながら視線を落とす。どうやら、今、ものすごく猛烈に後悔しているようだった。

 そして、しばらくしてから。

 慎治は、急にその場に崩れて、私に向けて土下座する。

「す、す、すみませんでしたぁ~~!!!」

 とても晴れた、土曜の午後だった。

 行き交う様々な人たちが、まるで面白いものでも見ているような顔で、私たちの痴態をちらりと見る。

 ……恥ずかしい。

 どうすれば、今すぐここから過ぎ去ることができるんだろう。


「ははは、ははは、あはははは……」

 それから少し時間が経った後。

 私と慎治は、近くのベンチで腰を掛けていた。いつまでもあんな痴態を周りに見せつけるのは止めたかったからだ。

 まわりは鳥の声やら、自然の音で満たされている。私と、慎治の複雑な気持ちをなんとか落ちつかせようとするように。

「そんなわけないって、そんなのありえないって、信じてたのに……」

「とんだ災難だったな、慎治」

「それじゃない!!」

 慎治は、まるで魂が抜けかけたような顔で、こっちに突っ込む。だが、いつものような元気はまったくなかった。まあ、自分だってこんな真実を聞かされると、ああなると思う。

「ま、まあ、だんだんおかしいって思えてきたんだ。だって、目の前にいる女の子が、あまりにも俺の知ってる柾木のように喋るからさ。だけど、その、否定したい現実って、誰にでもあるんだろ?」

「だから、もうそろそろ受け入れろ。っていうか受け入れて、慎治」

「え、え、ええっ?!」

 私がようやく口調を元に戻すと、慎治は目が飛び出しそうな勢いでこっちを見る。何をそこまで驚いてるんだろう。いまさら、驚くことも何もないだろうに。

「言ったんでしょ? あの口調は、あんたを納得させるためだって。普段の自分なんて、いつもこんな感じ」

「そ、そんなわけ、俺の知ってる柾木が、このような喋り方をするだなんて」

「だから、現実を受け入れろって言ったんじゃない、慎治。こっちだって、もう疲れたの」

「い、いや、嫌だ。こんな現実……」

 慎治はもう、こっちから必死に視線をそらしている。どうやら、私の口調が変わったのがかなりショックだったようだ。まあ、いきなり情報過多っていうか、衝撃の事実が強すぎて疲れてしまうのはよくわかるけど。

「お、俺の柾木はこうじゃない……俺の柾木はこんなこと言わない……」

「どこの行き過ぎたファンみたいなこと言ってるの、あんた。まあ、しばらく時間は必要だと思ってたけど」

「あ、あはは、あはは……」

 相変わらず抜け殻である慎治だが、もう、私のことをそこまで否定してはいない。たぶん、認めるのは時間の問題だろう。

 人間、そういうものだ。

 私だって、かつてはそうだったのだから。


「だ、だがしかし。ちょっと考えてみてくれ。こんなことありえるか? 柾木って、たしかそこそこガタイもいいし、どうも女の子だとは……」

「だからこその『機械』でしょ? 世の中、そういうものだから、もう諦めなさい」

 まあ、我ながら、この答えはかなり不条理すぎると思う。そもそも、なんでこんな技術が成立しているのか、こっちにだって、納得できるように説明するのは難しい。私は、専門家でも何もないのだから。

 だが、なんだかんだ言って、今の私はここにいる。10年前には誰も知らなかった「端末」を、今では誰でも使いこなしているように。

 はっきり言って、私たちが使っている「端末」だって、謎なところは多い。たとえば、雨が降る時だって、新型の「端末」は何の構いもなく使える。ある意味、不条理ところか魔法のように思えるが、もちろんこれも、ずっと発展し続けてきた技術のおかげで可能になっているはずだ。

 まあ、この「機械」には、落とし穴と言うべきか、ちょっとアレなところもあるわけだけど……それをわざわざ、今語る必要はないだろう。

「そんなことできるか! そ、それじゃ、仮にそういうことだとしたら、俺らって異性関係ってことだから、そういう感情は……」

「まったくなかったけど、何?」

「え、なかったの?」

 ここまで来ると、慎治は目が丸くなって、こっちをじっと見つめている。だが、私にとっては、まったく「意外」なことではなかった。

「当たり前じゃない。あんた、今まで私と何をやっていた? いつもトイレに行くと、みんなといっしょにアソコのサイズがなんだかんだ――」

「わ、わ、わーっ!!」

「それだけじゃない。女の子とアレがしたいコレがしたい、なんてことも赤裸々に話してたじゃない。私があそこまで嫌がったというのに、変にレスリングとか始めるし、あと裸で――」

「わ、わかった! 止めてください。俺が悪うございました~~」

 ああ、まったくもう。

 なんで私は、ここまで静かな公園で、こんな恥ずかしいことを自分の口から話してるんだろ――


「その、俺って今、猛烈に後悔してるんだけど」

 しばらくしてから。

 まるで独り言のように、慎治はそうつぶやく。

「俺さ、今までこんなに可愛い女の子になにやってきたんだろうって、泣きたくなって……すまん……俺が悪かった」

「だから、人の話はちゃんと聞きなさいって言うんでしょ? まったく」

 とは言え、私もその心情はよくわかる。何せよ、私だって以前、お姉ちゃんにはひどい態度を取っていたのだから。

「それに君、さっきにああいうこと話してた時、だいぶ照れてたし……いや、それもぐっと来たのは事実だけど……ともかく、これが俺のせいだというのは、よくわかったよ」

「別にわかってくれたらいいよ。私も、そろそろ明かした方がいいと思っただけだから」

 慎治にはあまり見せないようにしていたが、あの時、私はとても恥ずかしかった。まあ、ちょっと口に出しちゃったけど……。こんな姿で男言葉とか、本当に勘弁してほしい。視線すら上手く合わせられないくらい大変だった。

 ――まあ、それはともかくとして。

 これで慎治には、隠していることなんか、一つもなくなったわけだ。それを思うと、非常に清々しい気分である。

「あ、あのさ、柾木」

「何?」

 私がそう聞くと、慎治はしばらくじっとしてから、こんなことを口にした。

「き、君……いや、お前がそうだとしたら、その、ひょっとして、橘さんも……そうなの?」

 まあ、こうなるよね。

 そもそも、ここにやってきたのも「それ」をなんとかするためだったわけだし。

「そうなんだけど」

「な、なんだって――!!」

 私が頷くと、慎治はこの世の絶望を味わったような顔で、がくりと頭を落とす。はっきり言って、私の時よりも今の方が、遥かに落ち込んでいるような気がした。

「あ、あはは、ははは……」

 まるで周りが見えてないような顔で、慎治はしばらく、一人で虚しく笑っていた。まあ、あいつのことだし、かなりがっかりしたはずだから、今は放っておくのがいいのだろう。

 そして、ある程度時間が過ぎてから。

 慎治は空に向かって、突然、こう叫ぶ。

「ちくしょーちくしょード畜生――!!」

 まあ、今の慎治には、しばらく安寧が必要だ。

 頭を抱えて、必死に首を振りながら、自らの黒歴史に悶える慎治を見ながら、私はそんなことを思った。


 その日の夜。

 私はお仕事のこともあったため、早く「別の姿」で「組織」へ戻り、晩ごはんを取るために食堂へとやってきた。

 そこで、慎治とパッタリと出会う。

「……」

 当たり前だが、慎治は何も言わなかった。いや、何か言いたげではあったが、どうやって話しかければいいのかわからないように、口をパクパクさせている。

「あ、あのさ、柾木」

「なんだ」

 いつものように、私は軽く答える。まあ、こんな時には平然としているのがいちばん良い、と思ってるからだ。

「俺、昼におかしな夢を見たけどな、なんとお前がツインテのかわいい女子に……それも、俺と同じ学園生ってのが信じられないくらい童顔の……そんなわけないよな。あはは、あはは……」

「だから言ったんだろ、早く現実を受け入れろって」

「……夢じゃなかった、のか?」

「ああ」

 私がそう言い切ると、慎治は急に顔が暗くなった。どうやら、それが一縷の望みだったらしい。

「そ、そんなわけない。これは夢だ。絶対に夢なんだ」

「もう終わりだ。そろそろこっちに戻ってこい、慎治」

「だけどな、こんなのないよ。あるわけねえだろ、こんなの。誰がこんなふざけたこと思うのかよ。お前が実は女の子で、めっちゃ女の子らしい喋り方するだなんて、どう信じろと……」

 あーあ、可哀想に。

 どうやら、慎治がこの歪んだ現実を受け入れるには、かなり時間が必要になりそうだ。

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