18.恥ずかしいことは恥ずかしい
次の日の朝。
「……なんだ?」
朝の日差しで目が覚めた私は、目の前の風景を見て、自分の目を疑った。秀樹がすぐとなりで、自分をじっと見下ろしていたからだ。
ひょっとして、寝顔を見られた?
急に恥ずかしくなる私だったが、よく考えると、問題はそれだけじゃない。
最近はだんだん暑くなっているから、私は昨日の夜、上半身裸で眠りについた。もちろん、元の姿では絶対にこうしないけど、慎治たちといっしょに過ごした現場担当の時代に、ああいう癖がついてしまった……はただの言いわけである。
いや、問題はそれじゃなくて!!
「そ、そんなに朝から、じっと見つめないでほしい……んだが」
「へー」
「だから、み、見るな!!」
まるで惚れ込んだように人の体をジロジロと眺める秀樹に、結局私は大声を出してしまった。
とはいえ、別に怒っているわけではない。私だって、秀樹の着替えを見てしまったという負い目があるし。
……これが元の姿だったのなら、こうには行かなかったと思うけど。
「ふむふむ、柾木の裸って、こんな感じなんだね」
「いや、だから……」
どうしよう、布団から出ることができない。
今は元の姿でもないから、見て減るものなんか何もないけど、その……。
「お前、野郎の裸とか、見ていて楽しいのか?」
「だって、柾木の裸は別だもん」
「別だもん、って……」
そんなことを言いながら、秀樹は瞳まで輝かせている。これって、ただの変態ではないのだろうか。確か、今の私は「別の姿」だけど、自分の姿であるのは変わりないし……。
ともかく、私はいったいどうすればいいんだろう。秀樹のやつ、なかなかどいてくれそうにない。
「そういや、今の柾木の裸をじっと見ておけば、元の姿の方もわかるのでは……いたっ!」
「そこまでしてくれないか。こっちも、は……恥ずかしいからな」
冗談じゃない。本当に恥ずかしくて、頭から熱が出そうだ。
今はなんとか誤魔化しているけど、そういう視線で裸を見られると、布団から出られるどころか、秀樹と視線すら合わせられないのかもしれない。
っていうか、もう、限界だ。
「ま、柾木?! なんで布団で視線隠してんの?」
「聞くな。言うまでもないだろ」
やっぱり、こんな姿に胸板だとは言え、秀樹に裸を見られるのは我慢できない。
まあ、秀樹から見ると、野郎がこんなふうに視線を逸している方が身に堪えないかもしれないけど……。
そこまでジロジロ見られると、こっちとしてはどうてい外には出られない。
だから、これは全部、秀樹のせいだ。
「でもね、柾木?」
「……なんだ?」
「俺、今ちょっとびっくりした。柾木が寝る時に裸とか、考えてなかったよ」
「ああ、そうだろうな」
相変わらず、布団で視線を隠してから、私は答える。
まあ、これも慎治たちに毒された結果なんだけど……さすがに、真夏は暑すぎた。
元から暑いのは苦手だし、現場時代に、みんなも夏にはこうして裸になって寝ていたんだ。
もちろん、初めては私も、恥ずかしいところか、破廉恥だと思って、目にも入らないように気をつけたけど……。
やっぱりと言うべきか、暑い現実には勝てなかった。
それに、自分だけ脱がずに我慢していたら、みんなからは「なんでお前は服なんか着てるんだ?」って眼差しで見られて、それはそれでとてもつらい。
まあ、私の「元の姿」なんか、誰も信じてくれなかったわけだし。
初めてはすごく覚悟して「脱いだ」つもりだけど、時間が経つに連れて、私もだんだん慣れてしまった。
……こう思い出してみると、ほんとうに笑えない事情だな。これ。
「へーそうなんだ」
私の話を聞くと、秀樹は感心したような口調になった。なんで感心しているのかはよくわからないが。
「じゃ、ちょっと触ってみてもいい?」
「なんでだ?!」
「だって、どっちにせよ柾木の裸――」
「お、俺は洗いに行くからな」
「に、逃げた?!」
もう恥ずかしくて我慢ができなくなった私は、結局、そのままトイレに向かって逃げていった。
寝顔をバレただけでも十分恥ずかしいと言うのに、これ以上ひどいことになったらもう耐えられない。
上手く逃げられて、本当によかった。
……でも、あとにここから出て行った時に、どんな顔で秀樹と向き合えばいいんだろう。
「おっ、おかえりー」
私が身支度を終わらせてトイレから出ると、秀樹がそんなことを口にして迎えてくれた。
いや、別に、迎えてくれる必要まではないけど。恥ずかしいし……。
って、秀樹がまだ、私のことをジロジロ見ているような気がするんだけど。
「そういや、柾木って体がぎっしりしてたな。筋肉質でー」
「だから、そこまでしとけ、と言ったんだろ?!」
「わわ、わわわ!!」
結局、私は全力でそこまで走り、秀樹の口を塞いだ。
だから、一言多いって。まったく……。
時間が経って、場が落ちついてから。
私と秀樹は、しばらくこの執務室で時間を過ごした。
「ふあ~ねむっ」
秀樹は暇なのか、時折あくびをしたり、足をパタパタしたりしている。
それが地味にかわいくて、私はじっと、その仕草を眺めていた。
私の視線にも気がつかず、秀樹はのんびりと、端末などを弄りながら時間を過ごしている。
……平和だな。
こことはあまり似合わないようで、妙にしっくりと来る言葉だった。
「ここはクーラーが効いてて、涼しいなぁ」
そんなことを思っていたら、急に秀樹が、こっちに話しかけてくる。
「そうだろうな」
「もうね、外の感覚とか、忘れちゃったみたい」
「昨日だって出かけたんだろ」
「まあね。でも、ここで過ごした時間の方が多いんだから」
まあ、今の秀樹には、それも間違った話じゃない。
まだ、秀樹の「元の姿」の構造は、解析されてないからだ。
「そういや、昨日はとても嬉しかったんだよね。柾木とデートだなんて」
「……そ、そうか」
「うん。それもね、なんと柾木から誘ってくれたじゃん! 超嬉しかった」
「よ、よかったな、それは」
そういや、昨日はデートのことで頭がいっぱいだったから忘れていたが、あのデートは、自分から誘ったのだった。
……自分から考えてみても、ものすごく無茶苦茶である。
一週間前に、「もう話しかけないで」とか言っていたやつが、自分からデートに誘うだなんて。
いや、付き合っているわけでもないし、デートはちょっと違う、とは思うけど……。
ダメだ。考えるだけで、こっちが照れそうになってくる。
遠くから見ると、私が秀樹のことを好きだとか、惚れたとか、そのように思われるのだろうか。
いや、だから、それは……。
でも、こんなふうに秀樹とじゃれ合っていると、どんどん男っていうものが、よくわからなくなる。
「別の姿」になってからは、以前より偏見もなくなり、詳しくなった方だと思っていたが、やっぱり本当の男ではない自分には、どうしてもわからないところが出てしまう。
男って、いったいなんだろう。
相変わらず能天気な秀樹を見ながら、私はふと、そんなことを思った。